千代に八千代に千本桜
「ねぇ・・・。ココはどこ?今、どこを歩いてるの?」
まだ3月だというのに、リンくんの黒いリュックの中は蒸し暑く、息苦しい。
少しだけ顔を出してみたら、そこにはだだっ広い、枯れた田んぼが広がっていた。
ライオンのボブこです。
わたし、今日は春のお散歩だって聞いたから、意気揚々としてついてきたのだけれど、正直なところ、もう1時間以上も歩きっぱなしなの。いつ、着くのかしら?
リンくんとケンイツエンチョーは、地図を見ることもなく、慣れた足取りで川沿いを進み、田んぼのあぜ道をぐんぐんと進んでいく。
「あのね、わたし、のどが渇いたの。飲み物ちょうだいな。」
「ハイな、ボブこさん。どーぞ。」
ゴクッゴクッ。ふぅ。
家でくんできた、ただの水道水。それでも十分おいしく感じるくらい、今日は汗ばむ気温なの。
「ダウンベスト、脱いできて正解ね。」
「ホントにね。もう春の衣替えだぁねぇ!今日、20度超えだって。」
わたしたちの暮らすチーバには、山がない。全くないといったら語弊があるのかもしれないけれど、まぁ、ざっくり言うと、標高の高い山はないのよね。遠くに美しい山並みを臨む、そういった景色とは縁がない。
だから、目の前に広がる景色は、ずいぶんとのっぺりしている。まっすぐのあぜ道、両脇の田んぼではまだ水さえ入っておらず、黒ぐろとした野焼きのあとが残っているばかり。空が青く、両手いっぱいに広い。左手は歴史を感じる大きな農家の家並み、右手には、巨大な団地を臨む。
足元を見れば、春を知らせる野草たちが強い生命力を輝かせている。オオイヌノフグリ、ナズナ、シロツメクサ、それからホトケノザ。小さな花をいっぱいに咲かせて、わたしたちを迎え入れてくれているみたいだ。
「ボブこさん、もうちょっと。あの団地のふもとが、千本桜の並木だからね。」
そう。今日の春のお散歩の目的地は、新川千本桜。河津桜が満開を迎えたと聞いたから、その並木道を歩きにやってきたってわけなの。
「うん。濃いピンク色の河津桜、楽しみね。」
穏やかな流れに身を任せる鴨たちを見やりながら、わたしたちは並木道の方へと向かう。
わたしたちと同じように、川のほとりを歩く人。ランニングするカップル、ピタピタのサイクルジャージに身を包み深い前傾姿勢で通り抜けていくサイクリスト。そして、のんびりと竿を垂らす釣り人たち。ここ新川には、ゆったりとした時間が流れている。
いよいよ会場の手前まで到着すると、キッチンカーたちがいい香りを放っていた。橋を向こう岸に渡れば、千本桜の並木道だ。
わたしは、リンくんの手に抱かれて、ゆっくりと橋を渡っていると、ご夫婦とすれ違った。御婦人のほうはワンちゃんをリードで歩かせ、殿方のほうは手にネコちゃんを抱っこしている。ネコちゃんがジィっとわたしのことをのぞきこんできて、不思議そうな顔をされてしまった。
「ふふ、きっとびっくりしたんだぁね。ボブこさんがあまりにカラフルで可愛らしいから。」
「そうね、そうね。いまのネコちゃん、わたしのこと見て、不思議そうにしてたよね。」
「そうさぁ。なんたって、ライオンさんだものね。」
うふふ。うふふ。
そんな話をしながらゆっくりと歩みを進めると、ついに目の前にピンクの景色が広がった。
「うわぁ!すごーい!!!」
実際のところ、満開を少し過ぎて、葉っぱが出始めている木々も多い印象だ。だけれども、ソメイヨシノにはない濃いピンク色と、瑞々しいグリーンの葉っぱが見事!
リンくんとケンイツエンチョーは、去年もここ新川千本桜を見にやってきたという。だけれども、並木の入口だけササッと見てその時は帰ってしまったんだって。
「こんなにちゃんと歩くのは初めてだなぁー。奥の方までちょっと行ってみようか?」
リンくんは、新しいカメラを右手に持ち、左手でわたしを抱っこしている。お願いだから、転ばないで・・・、そう願いながら、わたしたちはベストスポットを探して桜並木に沿って歩いた。
その時だ。
はらり。
「ボブこさん、ホラ、定番の、花びらはらり。ね?」
ケンイツエンチョーが風に散った花びらをつかまえて、わたしの鼻先へとはらり、してくれたの。
「うふふ。エンチョー、ぼんやり歩いてるのかと思ったら、ちゃんとわたしの撮影に付き合ってくれるのね。」
「そりゃあそうさぁ。ボブこさん、かわいいねぇ。桜が似合うねぇ。」
「エンチョ、アリガトなの。」
うふふ。うふふ。
そうやってわたしたちは、のんびりと河津桜の並木道をたっぷり堪能した。
千代に八千代に、新川の千本桜。
ずっと先まで続く、この河津桜、この先もずっと美しく健やかに育ちますように。
「うん、ボブこさんもね。美しく健やかに。千代に八千代に。」
八千代の新川千本桜で春のお散歩、とっても楽しかったよ!
ボブこ
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