おじいさんとおばあさんの海
「おじいさん、海ですねぇ。」
「おばあさんや、海だねぇ。」
「いい景色ですねぇ。」
「そうだねぇ。いい景色だねぇ。」
ツキノワグマのもっつです。
ココはチーバは内房。窓の外に目を向けると、アジで有名な小さな漁港が見える。
朝6時前。自然と目が覚めた。なにせ昨日の夕方からずぅっと海を眺めてはウトウトしていたから。隣には”おばあさん”こと、ハチまるがいる。おれらはいつもはみどりキャンプ場(我が家のことだ)の居間のソファで番人をしているのだけれどね。今日は番人のオシゴトはお休み。リンくんやケンイツエンチョー、それから、ライオンのボブ家や仲間たちと一緒に、ここ、海辺の保養所にやってきてるんだ。
おれらはこの場所に来ると、必ず窓際のイスをひとつ陣取ることにしている。ソファの番人から解き放たれて、休息のひとときなのだ。
「おじいさん、キレイですねぇ。」
「おばあさんや、キレイだねぇ。」
普段は、ハチ、もっつ、と呼び合うのだけれど、ここでは、隠居したおじいさんとおばあさんごっこをして非日常を楽しむんだ。おれは”おじいさん”。ハチまるは性別は不詳だけど、まぁ、”おばあさん”ってことで。
ふぅ。説明するほどのことでもないかね。
ただただ、静かな場所で半日も海を眺めていると、日頃テレビにどれだけ毒されてるかってことがよくわかる。おれらが番人をしているソファはテレビの真ん前で、なんならリモコンを手に握ってチャンネルを変えたりボリュームを上げたり下げたり、そんな手伝いをすることもあるからね。
秋の空は、雲のカタチが刻一刻と変わっていくのがおもしろい。コレは鰯雲っていうのかなぁ?鯖雲と鰯雲の違いがあんまりわからないけれど、そんな感じだ。その真下の海ではアジが採れるのだから、鯵雲ってのがあってもおもしろいのにな。いや、そういうことじゃないのか。
ガラガラッ・・・
おっと、リンくんが起きてきた。寝ぼけ眼のまま、ベランダに出ると、カメラを構えた。
「トンビぃー!うーん、写真撮るの、むずかしいぃ・・・。」
ピーヒョロロロロロロロ・・・
「エーッ!鳥さーん?すずも見たーい!」
リンくんの後について、野鳥観察が大好きなウサギのすずもついていった。
リンくんとすずがふたりでキャッキャキャッキャと鳥たちを追い回している。
「おばあさん、いつも、ご苦労さまね。ありがとうなぁ。」
「おじいさん・・・、ニーッ!」
あれ?いつものハチまるに戻ってる。アハッ!ハチまるがニーッって笑ってる姿は、最高にいやされるんだ。
「おばあさん、っていうか、ハチ?ニーッ!」
おれもつられて口角を上げてみたのだけど。
ンー。これじゃまるで、ラグビー日本代表の例の笑わないオトコみたいな表情になっちまったな。
ふふ。
ベランダの窓ガラス越しに、まだ、すずとリンくんの声が聞こえている。
おれらは視界をさえぎられてしまったから、もう一度ウトウトすることにした。
こんなに穏やかな朝をありがとう。
おばあさんと一緒にこうやって海を見られることがおれの幸せだ。
おばあさん、いや、ハチまるの手を握って、おれはゆっくりと目を閉じた。
もっつ
金谷港 東京湾フェリー
https://www.tokyowanferry.com/doarding/kurihama_kanaya/