ゴゥ!ウェーストっ!大作戦
雨の朝。
しかも、冷たくて、ナナメに降りしきる、強い雨だ。
おれは起き抜けに窓から外を眺めて、ワクワクと高揚したところへバケツで氷水をぶっかけられたようなそんな気持ちにならざるを得なかった。
ライオンのボブおです。
今日は、我がボブ家の小旅行の出発の日なのだ。
もう新幹線は予約してある。エンチョーは一足先に移動しているから、おれらの頼みの綱のニンゲンは、リンくんしか、いない。
やばい・・・。これ、絶対やばいやつ・・・。
なにせ、ニンゲンひとりに対して、ライオンが三人、ウサギがひとり、アザラシひとり、ネコをかぶったペンギンひとり、というわけで、総勢7名様(+ネコ)という大所帯での移動なのだ。
それなのに、この大雨・・・。いちばんの難所が最初に待っている。我がみどりキャンプの団地から最寄りの駅までは、晴れていても徒歩で約25分の道のりだ。
やばい・・・。これ、絶対やばいやつ・・・。
おれはもう一度つぶやいたあとに、覚悟を決めた。
おっし。おれはやってやる。ボブ家の民族大移動、おれが号令かけるんだ。名付けて、”ゴゥ!ウェーストっ!大作戦”!
「みんなー!起きてー!レッツ・・・ゴゥ!ウェーストっ!!!」
“プリシラ”という映画を知ってるだろうか?
リンくんが好きな映画のひとつなのだという。細かいことは省くが、おれはその映画のサウンドトラックにも使われているかの有名な“Go West”という曲を頭のなかでガンガンにかけて、テンションを上げた。
「さぁ、いざ、名古屋。いざ、お伊勢参り。2泊3日の小旅行に出発進行だよ!ゴゥ!ウェーストっ!!!」
先に言っておくけれどね、写真を撮る余裕なんてまったくなかったんだよ。
家を出てからというもの、雨粒が傘に当たる音、トラックが水しぶきを豪快に上げながら通りすがる風圧、リンくんの若干息切れ気味の呼吸を感じながら、おれらはジィっとトートバッグの中で目を閉じていることしかできなかった。湿度100%のその中は、外の様子はまったくわからないし、光もほとんど届かない。ギュウギュウになったおれらオハナ(家族)は、トートバックごとビニール袋にグルグルにされて、まるでお荷物かのように運ばれることになった。
頼みの綱の、なのに、俄然頼りのないニンゲンのカタチをしたリンくんは、小さなそれは小さな軽量タイプの折り畳み傘をブルブルとさせながら、お気に入りの真っ白いスニーカーをぐっちゃぐちゃのビッショビショに汚していた。それでもどうにか、駅までおれらを守ってくれた様子だった。
おれがそのことに気がついたのは、駅に到着して、リンくんが、ポケットに突っ込んでいたてぬぐいで全身を拭きながら、おれらのトートバッグのビニール袋を外してくれたあとだった。
「あぁーーー。・・・。みぃんなぁーーー!無事だった?無事っぽいね。あぁ良かった・・・。」
「おう、おれらは無事。リンくんは、ダイジョブなの?」
本当のところ、おれらはたてがみ一本濡れることなく、ここまでやってこれたのだった。いつもは不用心で不注意この上ないリンくんのくせに、今朝ばかりは頑張ってくれたことがわかった。
「あぅーーー。いやぁ、ひどい雨だった。ていうか、うわっ・・・。洗ったばっかりのスニーカー・・・買ったばっかりの、通したばっかりの白い紐・・・もう汚れてる。」
「この雨じゃ、仕方ないでしょ?なんで、はいてきたの?」
「だって、この旅行にはいていくためにイチニチかけて洗って干してさ、新しい紐も買ったんだよ。きれいな靴でお伊勢さんお参りしたかったんだもん・・・。」
「うん、、、そっか。融通きかないヤツだなぁ、リンくんは。」
とりあえず、全身の水滴をふいて、びしょ濡れの折り畳み傘をビニール袋にグルグル巻きにする。
改札に入って、構内の自動販売機で思わずペットボトルの温かいお茶を買う。
冷えた手を暖めたリンくん、その表情は、すでに安堵感に浸っていた。
「おぅいー。ねぇリンくーん。今日の目的地は名古屋でしょ。まだ、最寄り駅なんですけど?ここからまだあと2時間半以上かかるんだけど?惚けてないで、ちゃんとして。おれらのこと、ちゃんと連れてってよ?」
「あぃ、わかってます。電車乗って、東京駅行って、新幹線乗り換え、ね。うむ。ダイジョブ。がんばる。」
定刻通り電車がやってきて、運良く席に座ることができた。大きなリュックがひとつと、おれらの入っている大きなトートバッグがひとつ。リンくんはそれを前にかかえて、なんとか落ち着いた様子だった。そんなリンくんにつられて、おれもちょっと眠気がやってきた。うっとりウトウトしながらリンくんのひざの上で電車の揺れを感じる。
年の瀬の平日の午前の上り電車、これから出勤して仕事納めに向けて邁進するであろう人たちが、無言でスマホをいじっている。リンくんはポケットからスマホを出す余裕もなく、ジィっと車内の広告を眺めていた。
どれくらいウトウトしていただろうか。おれが気がついたときには、もう新幹線の座席にいた。
クンクン。クンクン。
コーヒーのいい香りがする。
「あ。ボブお、起きたの?新幹線、出発したよ。」
「あ、そう。良かった。無事乗れたのね。」
「うん。なんとか。スマホで予約してたからさ、PASMOでピッで乗れたしさ。手がいっぱいでも、なんとか。」
「それで、コーヒー買えたってわけ?」
「そうそう。飲む?」
「うん。」
クンクン。クンクン。
おれはうなずいて、みどり色の人魚のマークのトールのカップに鼻を近づけた。
いつも家で飲むインスタントコーヒーひと瓶の値段とさほど変わらない一杯。新幹線の窓側の席で高速で移ろう景色を眺めて、寒い雨を降らせる雲から逃げるようにすするひとくち。
うまいに決まってる。
「あー。スタバ、うまい。」
このときばかりは、リンくんの両手が空いていたことに感謝だった。それでも、どこでどうしたかちょっとこぼした形跡があって、おかしいことに、リンくんの口元の、白いマスクの端っこに、コーヒーの茶色いしみがついていた。
「なぁなぁ、どうしてさ、コーヒーのしみが、マスクにつくわけ?だっせぇなぁ。」
「うわん、ばれてる。目立つ?あ、目立つよねぇ・・・?いやぁさ、カップのふたの飲み口のホラ、反対側のさ、ちっちゃいポチって穴あるじゃん?歩いてる間にさ、あそこからちょっとコーヒーがもれたのよ。それで、指に少しついたのをあわてて紙ナプキンでふこうとしたんだけど、その前についつい、その指でマスクさわっちゃったんだよね・・・。」
おれはそんな説明、ホンットにどうでもよかった。どうでもよかったんだけど、リンくんに、ニンゲンの話し相手がいまここにいない以上、おれが会話してあげないとちょっと寂しそうにするから、仕方なく、反応してやった。
「コーヒー、うまいから、いいんじゃない。マスクはほら、布のマスクも持ってるでしょ?あれを二重にしとけばバレないよ。オシャレさんでかつコロナっちゃん対策万全ですみたいな、アピールできるよ。」
「あっ、ボブお、あったまいぃー!そうしよっと。」
リンくんはそういってカバンからお気に入りのワインレッドの布マスクを出して、二重マスクにした。その口元は見えないけれど、多分ニヤついてたに違いない。
ハァーーー。
こんな調子で、新幹線で1時間40分ほど。名古屋駅に到着した。
おれは名古屋に来るのはもう何度目かは忘れたけれど、初めてではない。そして、約1年ぶりだ。今回、初めての子たちがいる。ウサギのすずと、アザラシのフクのふたりだ。
彼らは初めての新幹線、初めての名古屋、そして、初めてのお伊勢参り、ということになる。
「ねーねーココどっこー?」
すずとフクは新幹線を降りると、さっそくニコニコ顔ではしゃいでいる。
「あー!すず!フク!勝手に行っちゃダメよー!ちゃんと一緒にいてよー!」
「あーぃっ!」
地下鉄で栄駅へ。
地上に出てみると、彼らのココロの天気をあらわすかのように、名古屋の空は真っ青に晴れ渡っていた。すずに負けないくらいの姿勢の良さで、テレビ塔が我々を歓迎してくれた。
“NAGOYA”
その文字は、まだ雨上がりの様相を呈していた。
おれの”ゴゥ!ウェーストっ!大作戦”は、無事に任務を遂行し終えた。
とはいえ。
さぁ、旅は始まったばかりだよ。
このまま無事にエンチョーと合流して、おれはお伊勢参りに向けてジィっとココロを整えようじゃないか。
ボブお
“プリシラ” “The Adventures of Priscilla, Queen of the Desert”
https://eiga.com/movie/48893/
“Go West” Village People
https://www.universal-music.co.jp/village-people/products/uicy-77015/
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