鈴之助の惨事

(あぁぁン?)

ある朝、今までに見たことのない形相で、鈴之助がそこに立っていた。

黒目がちなつぶらな瞳、小さくて薄いそのカラダの奥には、とてつもない感情が渦巻いているのだろう。

そもそも、ひとりじゃ立てないはずの鈴之助。それなのに、小さな白い手でまくらに寄りかかって、ジロリと何かを睨みつけている。よほど、怒っているのだろう、と思う。

“(あぁぁン?)”

・・・。
おではその強烈なオーラに圧倒されて、声をかけることができなかった。
まだ、おでは寝床の中にいる。

ライオンのボブぞです。
鈴之助は今年の春にボブ家に仲間入りしたウサギで、おでの大事なコビン(子分)だ。暗くてジメジメした物置の奥で何年何年も過ごし、まったく誰とも会ったことのなかった鈴之助。おでは、オヤビン(親分)として、ボブ家のことをいちから教えて、コトバを覚えられるようにいっぱいおしゃべりして遊ぶ、いわば教育係なのだ。鈴之助がこの家で毎日を楽しく暮らせるようにと寄り添っている。
鈴之助は、無邪気で、好奇心旺盛で、猜疑心のかけらもなくて、それで、ひとりぼっちと暗い場所が嫌い。すずちゃんって名前を呼ばれることが好きで、これダメあれダメっていわれるのが嫌い。好きな食べ物はキューリで、毎日一本を平らげる。
まんまるの黒目でジィっとまっすぐに目をそらさずに相手を見てお話する。長い耳をペタンとさせると、左耳だけがぴょこっと浮く。鈴之助自身はおヒゲとしっぽがないことを気にしているけど、唯一無二のその赤い立派な羽根で、パタパタと自由に宙を飛びまわるんだ。
「いつか、オヤビンみたいなライオンになれるかなぁ」って言ってくれる。これまで半年くらい一緒に暮らしてね、おでのかけがえのない、大事なコビンなんだ。
その鈴之助が、ものすごく、怒っているようだ。

鈴之助。すずのすけ。ねぇ、すず。ねぇ、すずってば。どうしちゃったの?
おでの見たことない顔、してるよ。

・・・。
やっぱり声に出せなくて、そぉっと薄目を開けて、その様子を見ていた。

その瞬間。カメラのシャッター音がした。

パシャッ。

鈴之助の視線の先を捉えたのはリンくんのスマホだった。

すーずちゃん。ほら。痛かったね、重かったね、ヨシヨシ。おなかスリスリ。

おでは全貌に気がつくことができなかったんだけど、鈴之助の視線の先には、ケンイツエンチョーの顔があった。ぐーすかぐーすかと気持ちよさそうに眠っている。

すずちゃん!すず!おうぃ!どした?まさか、リンくんに何かされたの?

ようやくおでも声を出すことができた。

うぅぅぅぅぅ。あぅぅぅぅ。
あのね、あのね。すずのね・・・、おなかの上でね、エンチョがね、ねてたの。エンチョのでっかいアタマがね、すずのおなかの上にあったの。すずね、とっても重かったの。ぺったんこのカラダがもっとぺったんこになっちゃうかと思ったの。
それでね、リンくんがそれに気がついてくれたから、すぐにすずのこと、助けてくれるかと思ったらね、スマホで写真撮りはじめてね、そのあいだも、すず、重かったの。苦しかったの。リンくん、ひどいの。すぐに助けてくれなかったの・・・。うぅぅぅ。すず、悲しぃ。

それでね、だから・・・だからね。すず、怒ったの。ブゥー!すず、怒ったもんね―ブゥー!ってね。
そしたら、リンくん喜んで、また写真撮るの。
ヒドイよねぇ・・・!ねぇ!オヤビン!そう思うでしょ!

ことの顛末はこういうことだった。
朝目が覚めたら、鈴之助のおなかをまくらにして、エンチョーが気持ちよく眠ってたと。先に起きてたリンくんはすぐにそれに気がついたのに、鈴之助を助けることもなく、むしろ嬉しそうに証拠写真を撮ってたと。それを見た鈴之助は悲しい気持ちになって、リンくんに怒ってた、ってわけだ。

それで、すっかり撮り終えてから、リンくんは鈴之助を救出して、それからようやくエンチョーを起こしたらしかった。

“ブゥー!リンくん、写真撮ってないで早く助けてよね”

おーい、エンチョー!起きてー!いま、すずのこと、まくらにしてたよ。

・・・あう?・・・おぉ、ボブぞ、おはーに。あぁそうなの・・・すず、ゴメンよぉぉぉ。

エンチョー!おはーに!すずのこと、抱っこ―ォしてぇー!

すっかりすずの目つきは戻って、いつものまっすぐな瞳が輝いていた。寝ぼけ眼のエンチョーの胸の上に飛び込んで、はしゃいでいた。

おわー!すず、いいな!おでもー!

おでらは一緒に抱っこされて、ヌクヌク幸せな朝を迎えることができた。鈴之助がいつものすずちゃんで、安心した。


だけどね。言いたいことがあるよ。

おーい、リンくん。写真ばっか撮ってんじゃないよ!もし今度リンくんがどっかにつまづいたり転んだりしてケガしても、心配してやらないからなーっ!遠くから見てクスクス笑ってやるからなっ、それでもいいのか?ひとが悲しむことしちゃいけないよ。おでらは大事なオハナ、大事な家族でしょ。
ちゃんとお互いがお互いを見守ってるんだぞ。リンくんは曲がりなりにもニンゲンなんだから、おでらのこと、ちゃんと守ってな。そうじゃなきゃ、おでら、どっか行っちゃうからな。
 

約束だよ。リンくん、反省しなさいよ。

ボブぞ

“証拠写真、ってリンくんはいうけどね、撮ってるヒマあったら助けてよ!”

「鈴之助、参上。」
https://bobingreen.com/2022/04/15/1808/

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Rin(リン)

ぬいぐるみブロガー、Rin(リン)です。 ライオンのボブ家と愉快な仲間たち、そしてニンゲンのケンイツ園長と一緒に、みどりキャンプ場で暮らしています。 ボブ家の日常を、彼らの視点でつづっていきます。

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