家康オジサンのお導き
バルバルバルバル
上空でヘリコプターが低くうなるプロペラ音。
キィー・・・キィー・・・
児童公園のブランコがきしむ音。
シュゴーーードカンダンダンダンダンっ!
ガンガンガンガン・・・
池の端のビルの工事現場から響く、耳をつんざく金属音。
歩きゆくニンゲンの言語は、中国語に英語に、それからフランス語に・・・えぇっと、わからないコトバもある。
それから、コトバにならない、子どもたちのきゃあぁきゃあぁとはしゃぐ声。
ぴぴぃぴぴぃぴぴぃ
ヒヨドリたちが尾を揺らす独特な飛び方で、木々の間を行き来している。
ちゅん。ちゅん。
雑草をつついて歩く、あれは、スズメだね。
鳥の声を頼りにその姿を追いかけ求めて、何の気なしに木の下まで行ってみると。
「わっ!!!」
木陰のベンチを寝床にするモサモサのお髭のオジサンのお昼寝の邪魔をしてしまいそうになった。
・・・ふぅ。失礼しました。
ライオンのボブおです。
おれ、不忍池の周りを歩くのは、初めてだ。上野の街も初めてなんじゃないかなぁと思う。リンくんは、子供の頃、上野動物園に連れてきてもらっていたらしい。チーバから上野は比較的近いし交通の便もいいから、トーキョーの中ではわりと身近な街だったんだそうだ。
「みはしのアイス最中がなつかしい。店先で買ってもらってさ、すぐ溶けちゃうから、不忍池を眺めながら食べたなぁ。」
人が溢れ返る交差点で信号待ちをしながら、リンくんがぼそっとつぶやく。アメ横のあるあちら側に、みはし、と書かれた看板が見えた。
「せっかくだから、食べれば?」
「ううん、今日はいいや。」
あぁ、そう。いいんだ。リンくんはそういうところがあるのを、おれは知ってるから別に深追いはしなかった。
「ボブお、上野にはさ、家康オジサンがいるよね。会いに行こうか。」
「え、そうなの?へぇ。おれ、家康オジサン大好きだよ。会いたい。行こ!」
家康オジサン、というのは、もちろん徳川家康公のことだ。おれは別にね日本史に詳しいとか、戦国武将が好きとか、江戸時代に興味がある、だとか、さほどそういうことではないんだけども。歴史上の人物で誰が好き?と聞かれたら、徳川家康公を挙げる。
なんでかって?
理由はシンプル。徳川家康公 ― 改め、おれは親愛を込めて家康オジサンと呼んでいる ― は、とっても派手好きなんだよ。ホラ、おれもさ、たてがみが派手でしょう?まだ赤ちゃんの頃に、初めて日光東照宮にお参りに行ったときにね、妙にシンパシーを覚えたんだ。
「あ、おれ、ここ好き。おれ、派手な建物、好き。だから、家康オジサン、好き。」
それだけ?と言われそうだけど、うん、きっかけはそれだけ。
きっと家康オジサンも、おれのこと、好きだと思うんだよな。きっとさぁ、お参りしてるおれを見たらさ、
「おぉ!なんと輝かしい派手なたてがみを持った獅子であろうか!近う寄れ!近う近う!」
とか言ってわしゃわしゃ可愛がってくれそうだもの!
多分、家康オジサンとおれは、相思相愛。時代を超えて、ニンゲンと獅子の間柄を超えて、わかり合えるんだ。
ぼーんやりとそんな昔の日光での家康オジサンとの出会いを思い出しながら歩いていたら、リンくんが立ち止まった。大鳥居の前だ。
「ボブお、着いたよ。ここが上野東照宮の入口ね。大石鳥居だって。」
「おぉ。ココかぁ!思ってた以上に、立派!」
「ホントねー。上野公園の中にこんな立派な神社があるとは!じゃ、早速行きますか。」
「うっす。」
せーのっ。ペコッ
おれらは一旦足を止めて、揃って一礼をしてから、鳥居をくぐった。
そこから続くまっすぐの境内は、石灯籠がズラリと並んでいて圧巻だ。なかなかに年季の入った大きな代物で、本当に創建した頃からそのままあるんじゃないかという構えだ。
周りを見ると、日本人よりも外国人観光客のほうが目立つ印象だ。みんな楽しそうにおしゃべりをしながら記念撮影に興じている。露出の高い服を着た子、金ピカの腕時計をして人通りはばからずポーズを決めまくるエイジアンガイ。
かと思いきや、個人で雇ったのだろう日本人ガイドと素敵な老夫婦。聞こえてきたのはフランス語だった。日本旅行かぁ、絶対楽しいだろうなぁ。
一歩一歩、参道を歩むたびに、目の前に金ピカが見えてくる。おいおい、めっちゃくちゃ金ピカなのよ。
「ねぇねぇリンくん、日光よりも金ピカじゃない?」
「そぉかも!ホント、そぉかもね。金ぴっかー!」
手水舎でお清めをしてから、改めて金ピカの唐門に向き合う。無数の金箔で輝かしく彩られた圧巻の門だ。
「あれ、リンくん、見ないの?」
「いや、見るけど、せっかくだから、中に入ろう。門の中は有料だけど、社殿でお参りしよう。」
おれらは拝観入口に向かう。かなり最近に建て替えたのじゃないかな?現代的な建物にお守りの授与所と拝観入口が併設されていた。
「大人、ひとりです。」
「500円になります。このQRコードを自動ドアの横にかざしてお入りください。」
おぉ、ハイテク!拝観券にQRコードがついてるんだね。400年近く前のこの上野東照宮に現代の最新テクノロジーが導入されていて、さすがやっぱりトーキョー!って感じがしたの。
有料エリアを入るとすぐに目に入るのは、立派な東屋。立派な東屋、というのはちぐはぐな表現かもしれないけれど、やはりそうとしか言えない。心を静める所と書いて「静心所」と呼ぶらしい。靴を脱いで、立派な板張りの上がり間に上った。そうか、目の前にあるのは、まさに御神木。樹齢600年以上にもなる大楠だそうだ。そして、この「静心所」は、もともと境内にあった大銀杏が老朽化して倒木の危険性が懸念されたときにその木を木材として作った祈りの場なのだそうだ。
スゥ・・・フゥー
スゥ・・・フゥー
スゥ・・・フゥー
おれとリンくんはただただ深呼吸をして、御神木が醸し出すこの神聖な空気をめいっぱいに吸い込んだ。いつもならば、コトバが大事と言うおれだけれども、この場では、正直、コトバはいらないなぁと感じる。自然とニンゲンの歴史を、おれは小さなカラダでもって感じ取るんだ。
しめ縄に護られた御神木の大楠、そして、向こうには金ピカの社殿がアタマをのぞかせていた。ここにはトーキョーのど真ん中の上野とは到底思えない、静かな空間が創り上げられていた。
スゥ・・・フゥー
もひとつ深呼吸をしたところで、拝観入口の方から声がした。さっきのフランス語だった。外国の人にこの空気感をどうやって説明するのだろう、コトバがどうやってここで役に立つのだろう。がんばれ日本人のガイドさん。おれにはこの瞬間をコトバにする力がない。史実やそのエピソードを伝えることができても、同じ神聖な気持ちを味わってもらうにはどうしたらいいのだろう、そんなことを考えてしまった。
「さ、ボブお、次のお客さん来たから、我々も進もうかね。」
よいしょ、とリンくんは靴を履くとトントンとかかとを合わせて、それから、おれらは連れ立って社殿の方へと進んだ。
唐門が正面なのだから、そして、唐門は常にしまっているのだから、社殿を臨むのは実は横からになる。社殿の左側の塀をくぐると、神々しい、それは神々しい、金ピカの家康オジサンの社殿が現れた。
「おぉ!ホントに金ピカ!家康おじさん、やるなぁ・・・!」
透塀(すきべい)と言って、社殿をぐるりと囲む塀には様々な彫り物がしてある。おれの大好きな花、雪下というアジサイの絵柄が彫ってあって、おれはやっぱり家康オジサンに愛されてるなぁとひしひしと感じた。
いくつかの透塀のデザインを見て回って、社殿の正面までやってきた。先客は数組。唐門を挟んで向こう側にははしゃぐ外国人観光客がたくさんだったが、この中は静けさが保たれていて、まるで結界に護られているようだ。
シャリン
ペコッペコッ・・・
パンッパンッ・・・
ペコッ
二礼二拍手一礼をして、家康オジサンに思いをはせる。
黒と金色、そして、極彩色で塗り彩られた社殿は、その名の通り、金色殿と呼ばれているそうだ。社殿の屋根の下、柱には様々の彫り物の装飾がされていて、そこには、おれのたてがみに負けないくらいのカラフルな獅子がニィッと笑っていた。
「家康オジサンはやっぱり派手な獅子が好きだよなぁ・・・!」
「ウフフ、ほんっとにね。ボブおも負けないくらい派手だよ。」
「フハッ!まぁな。」
ぐるりと社殿を右側の奥に回ってみると、一本の木が不思議な花を咲かせようとしていた。白くて、まだつぼみがちなので、実際の花弁はわからないけれど。
リンくんが、看板をフムフムと読んでいる。
「ねぇ、ボブお。これ、”きささげの木”っていうらしいんだけどね。社殿を雷から守ってくれる木なんだって。雷除け。ボブお、ぴったりじゃない。」
「お?おお!そうなんだ。そんな木があるんだね。おれ、カミナリさま苦手だからなぁ・・・。」
「だね。きささげの木、覚えておこう。きっとカミナリさまから護ってくれるんだよ。」
「おれ、やっぱり家康オジサンにお導きされてるんだなぁ!派手な獅子、おれの好きなアジサイ、それから、雷除けの木。いつだって、やっぱりどこかで家康オジサンと繋がってるって、思うんだよな。」
「今日、来られて良かったよね。」
「うん、ホント。上野東照宮も、日光東照宮と同じくらいに気に入ったぞ。」
静かな、静かな、東照宮。
キンキラ、キンキラ、東照宮。
家康オジサンのお導きで、おれはここにやってきた。
これからも派手な獅子でいようと思うし、何百年前のニンゲンの営みを思って静かにお参りする気持ち、それから、御神木や生まれ変わった大銀杏、それから雷よけのきささげの木。おれにとってココロの琴線に触れる、たくさんのステキなものに出会った。それから、なんだかよくわからないけど、金ピカなものってやっぱりワクワクするのなぁ!
あぁ、家康オジサンに会えて、おれ、うれしかったの。
「家康オジサン、また、会いに来ます。」
そう思いを込めて、帰りの大石鳥居をくぐってから、一礼をした。
ずっと横手に見えていた五重塔の足元まで行こうとしてみたのだけれど、もしかして動物園の敷地の中なのかな?、行き止まりで行けなかったんだ。
「動物園は、また今度。ホラ、すずがハシビロコウ見たいって言ってたしね。」
「そうだな、また上野、来ようぜ。」
「その時には、みはしの最中アイス、みんなで一緒にほおばろうか。」
おれはリンくんに抱っこされたまま陶器市の人混みをかきわけて、上野公園の噴水横を抜け、帰途へと着いた。
アジサイがあちらこちらで色づき始めていた。
もう、梅雨はすぐそこだ。
ボブお
おまけ↓↓↓
さすがは上野!パンダの郵便ポスト発見!
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