ボブこ、フレンチに魅了される
「フレンチ?フレンチって、なぁに?」
わたし、ライオンのボブこよ。
“フレンチ”って、みんな、知ってるものなのかしら?
わたしね。「フレンチ食べに行くよ。」って言われて、実はなんのことかさっぱりわからなかったの。
8月は、わたしとわたしの双子の弟、ボブぞの誕生日月なの。
ケンイツエンチョーがね、今年の夏休みはどこへも遠出しない代わりにって、ちょっとおめかしして行ったことのないレストランへ連れて行ってくれるというの。そこで知ったのが、「フレンチ」というコトバだったというわけ。
「オハナ学園のみんなも、そろそろおニーさんおネーさんだからなぁ!テーブルマナーの授業がてら、フレンチレストラン、行ってみるか?」
「わぁぁぁぁぁっ!エッうれしぃーい!フレーンチッ!でも、どういう風の吹き回し・・・?」
ケンイツエンチョーの提案に対して、ソッコーで反応したリンくん。すっかり舞い上がっている様子。
「考えてみれば、ケンイツと一緒にフレンチって食べた記憶ないよね?うれしいなぁ、何着ていこうかなぁ!おデート!おデート!わくわく!」
わたしたちがまだやってくる前、ケンイツエンチョーとリンくんのニンゲンふたりきりでおデートしていた頃にも、”フレンチ”の経験はないという。
「ちょっちょっちょっと!ふたりで盛り上がってるけどね、”フレンチ”ってなぁに?ってば!教えてくださいな!」
わたしは横から口をはさむ。
「ボブこちゃんがきっと大好きなやつだよぉー!アワでカンパーイから始まって、コースで順番に料理が出てくるよ。」
「あら!アワがあるのね。イタリアンとは違うの?」
「そうだなぁ。イタリアンはイタリアって国の料理でしょ。フレンチはフランスの料理さぁ!ほら、サッカーW杯で見てフランスは知ってるでしょ?ソースが命の、美食の国って言われてるよ。」
「美食!わたし美しいものはなんでも好きよ!」
わたし、もともとイタリアンは大好き。我が家にとっていちばん身近なイタリアンといえばサイゼリヤ、そして最近知ったばかりのオリーブの丘。それに、おうちでイタリアン遊びもするし、お外のイタリアンレストランも何軒か連れて行ってもらったわ。ホラ、うちのツキノワグマのもっつの行きつけのお店もあるしね。
でも、フレンチって、これまで考えたこともなかったわ。うふふ。どんなお店かな?どんな料理かな?って、とっても楽しみにしていたの。
「よっしゃ、じゃぁ決まり。予約するねー!」
迎えた予約当日。その日は、わたしの瞳の青よりもずっと深い青の空。フクみたいなモクモクした雲が浮かび、白よりも強い白銀の鋭い光が刺してくる、ひとことで言えば、夏真っ盛りだった。
わたしは、去年買ってもらったお気に入りの夏用ワンピース。上半身は白とグレーのボーダーニット、スカート部分はピンクのレースと星柄のレイヤードになっているの。
「ボブこちゃん、そのお洋服、フレンチスリーブじゃない!」
リンくんに言われて、初めて知ったの。普通の半袖よりも短くて肩を少しカバーするような袖のスタイルのことをフレンチスリーブというらしいの。
「うふふ。フレンチ食べに行くからね!」
白い壁に書かれたCuisine Francaiseの文字。フランス料理、という意味なんだって。
そういうリンくんは、何年も前に買ったという一張羅のストライプのシャツワンピースを丁寧にアイロンがけして着てきた。年齢的に膝を出すのは似合わないからと言って下には同系色のレギンスをはいている。
「ちょっとキンチョーするぅ!さ、入ろう。」
ギィッ・・・
「いらっしゃいませ。」
「予約してます、リンです。」
店内に通されると、そこはあまりにきちんと整えられた空間が広がっていたの。薄いピンクのテーブルクロスにセットされたカトラリー。一輪挿しには生花が飾られている。少し視線を外すと薄いグレーの壁に白い窓枠があり、ワインボトルが並んでいる。
手書きボードのメニューからオードブル、肉料理、デザートをそれぞれ選ぶ。そして。
「アワを、グラスでふたつ。」
まだまだわたしの出番はない。ニンゲンふたりがちょっとよそ行きの声を出しながら、店員さんと会話している。大きな店では決してなく、他にお客さんは二組。すでに食事は進んでいる様子で、ゆったりとおしゃべりをしながらカチャカチャしている音が聞こえる。
「ボブこー。注文終わったよ。アワが来たら、出ておいで。」
リンくんの背中のうしろのトートバッグの中で待機していたわたし。
「ハァイ。いよいよね。」
アミューズ、という食べ物があるということも初めて知った。アワが出てくると間を置かずに、透明のガラスの平皿に、小さなおちょぼ口サイズのおつまみが4種類、載せられて出てきた。
「では。初フレンチに、カンパーイ!それから、ボブこ、ボブぞ、おたんじょう日おめでとー!」
カンパイをしてからの2時間は、それはそれは気持ちの良いものだった。
甘くないシュークリーム・・・否、シュー生地にお肉のパテを挟んだシュークルト。
甘くないケーキ、ケークサレ。
キッシュロレーヌ。
「ねね、このイワシのマリネのね、玉ねぎ食べてみて?」
ケンイツエンチョーに言われて、口に運んでみる。
「・・・!おぉぉぉーーー!ビッグマックのピクルスを高貴にした味がする!」
「だろっ?だろっ?ビッグマックって、フレンチだったんだなぁー・・・。」
妙に感心するエンチョー。マックだって、フレンチレストランだって、おいしいものはおいしいのだ。
うふふ、うふふ、とひとくち食べるごとに笑みがもれる時間。
もう一品アミューズとして出されたのが、トウモロコシのスープだった。
驚愕の味わい!リンくんはおいしいおいしいと言って顔をほころばせながら、白ワインでスープを流し込むという妙技を見せた。
前菜、お魚、と順番に進んで、この後はいよいよお肉料理だ。
ケンイツエンチョーは牛や豚をパスして、仔羊のグリル。リンくんはというと、四つ脚のお肉はNGだから、鴨のコンフィだ。
「ボブこちゃーん、鴨、すごくない?立派!」
リンくんが、お肉を骨から切り離し、カタカタカタと切り分けてくれた。
「はい、アーン。」
もっぐもっぐもっぐもっぐ・・・
「・・・!鴨さん、おいしー!こんなに鴨っておいしいのねぇ!もっちり弾力があって、鶏よりも旨みが濃くて、皮も香ばしくて全然嫌じゃない!」
「フランスの鴨なんだって。ほぉーーー!すごいねぇ!」
色とりどりのひとくちをお皿の上の手元で作って、左手でフォークを口に運ぶ。イタリアンでもナイフとフォークを使うことはあるけれど、こんなにも徹底して使うことはないからちょっと新鮮だったの。
迷いのない曲線を描く優雅なグラスに注がれるワインを、ひとくちクピ。もうひとくち、クピ。
「ハァー!ほんっとおいしいの!」
「ボブこがこんなに気に入ってくれて良かったよぉ。だけど、サイゼリヤみたいに頻繁には連れてきてあげられないけどな!」
「エンチョ、どうもアリガトぉなの。とってもステキなおたんじょう日ね。8才にしてフレンチを知っているライオンになったわ!」
「そうだなぁ!ナイフとフォークでフレンチを食べるライオンってのも、我がボブ家以外にはいないかもなぁ!」
うふふ、うふふ。
周りを見回すと、どのテーブルからもとても穏やかで柔らかいオーラが出ていた。おいしいものって、人を幸せにするんだなぁ、大切な人と同じ空間で食事をして時間を分かち合うって、とてもいいことなんだなぁと思ったの。
「それこそが、フレンチの食事のいいところなんだろうね。ゆっくりおしゃべりしながら、お酒飲んでおいしいもの食べて、時間を共にするんだね。」
リンくんが知った口を聞いたけれど、そう、わたしもそう思ってたところだったもの。
フレンチスリーブに、店内の心地よい空調がぴったりだった。
デザートが出てくると、待ってましたとばかりに勘九郎がやってきた。
「カーン!スイーツ番長の出番ですカーン!」
「勘九郎、おまたせ。どぅぞ。」
カンカンカカーン!
桃のコンポートとチーズムースのを盛り合わせたもの。どこまでもおいしい。
最後のコーヒーを飲み終えるところまで、約2時間。とても良い旅をしたような充実した気持ちになったわ。
フレンチの不思議。フレンチの素晴らしさを知ってしまったわ!
「ごちそうさまでしたー!」
店を出たのはわたしたちが最後だった。シェフも挨拶に出てきてくれたから、できるだけおいしかったことを上手に伝えたかったのだけれども。リンくんが「トウモロコシがとってもおいしかったですぅ。」と言ったので、それ以上言えなくなってしまった。
「あぁ・・・!そっか!鴨を褒めるべきだった!」
店を出て三歩進んでから、気がついたらしい。
「いやいや、良かったよ。イワシのマリネ、ビッグマックの味がしておいしかったです、って言わなくて。」
「あはっ!あっはははははっ!ホンットだよね!」
店内では、うふふ、と笑って気取っていたくせに、一歩外へ出た瞬間から大口開けて雑に笑っちゃうんだから、空間の魔法ってすごいね。
「さぁー、おうち帰ろう。」
フレンチの特殊な魔力から開放されて、田舎町の駅へと向かったわたしたちでした。
はぁ。ごちそうさまでした!
また次、誰かの誕生日でフレンチ行けないかしらー?
アハッ!
ボブこ