ボジョレーでおにぎりを喰らうライオン
「・・・こんにちわーにっ!ライオンのボブぞといいますぅ。」
おでがドキドキしながらドアを開けると、そこには、人んちのニオイのするあったかいやさしい空間が待っていた。
「あっ、コッチはニンゲンのリンっていいます。」
リンくんに抱っこされたまま、おでがペコッとおじぎをしてごあいさつをしてみたら、ふわふわふわーっとその部屋の中の空気が白く変わって、キラキラとした光の粒が見えた。たくさんのオトモダチたちやオブジェたちが一斉にすぅと息を吸って、「ようこそー!」ととびきりの笑顔で呼びかけてくれたように感じた。
ここは、半年以上前に知ってからというもの、ずぅっと来てみたいと思っていた場所でね。”むぎかふぇ”っていうお店なんだ。うちのリンくん、ニンゲンのTwitterってやつで毎日のようにいろんなチェックをしていたんだけど、なかなかチャンスに恵まれなくて来られていなかった。今日だって、もともと来る予定で外出したわけじゃなかったんだけれど、おでと図書館での朝デート中に、思い立ったらしい。
「ねぇねぇボブぞ、今日さ、ついに、むぎかふぇ、行くチャンスじゃない?」
「ん?今日?また、ずいぶんと急だねぇ。別におではいいけど?」
「おっしゃ、善は急げ!予約できるか聞いてみる。」
そんなわけで、図書館から50分くらい、てくてくてくてくと歩いてやってきたのだった。
改めまして、ライオン三兄弟の末っ子、ボブぞです。
今日はおでのニーちゃんもネーちゃんもいない。我が家の他のオハナ(家族)のちびこーず(ちびっこたち)やコビンズ(子分たち)、誰もお供はなし。おでのソロ活、つまり、リンくんとふたりぼっちでおデートなの。
朝から晴れ間はときどき見えるものの、ひんやりと冷たい北風が吹き付ける師走最初のドヨービ。
おでらは、駅のコンコースを抜けて反対側のロータリーへ向かう。つい先日、駅直結のショッピングモールがリニューアルされたこともあって、ずいぶんと明るい印象になった。特急も停車するこの駅は、意外と乗降客も多く、人が行き交っている。
おでとリンくんとは、駅の階段を降りて、そのまま線路沿いの狭い路地に入る。目に入るのは黄色と赤の看板のチェーン焼き鳥屋、パチンコ屋、営業しているのかどうかわからないスナック。このあたりで最近増えているベトナム関係のお店に、オシャレな外装のラーメン店。おでらが住む町のなかでも、ここはほんの小さな歓楽街のようになっているのだ。
そんな中、昔っからあるであろう八百屋が、かご盛り野菜を店先に並べて活気を見せている。ちょっと行けば右には商工会議所、左には低層階の集合住宅があらわれて、ごちゃっとした通りは唐突に終わりを告げる。
“むぎかふぇ”はその一角の、ギリギリはずれの、そして、踏切のそばにあった。
広いガラス窓から見える白い棚には季節を感じさせるオブジェが配置されていて、ひとめでは雑貨屋にも見える。クリスマスの雰囲気が控えめに表現されていて、どうやらそれはリンくんの好みらしかった。
ドアを開けて一歩足を踏み入れただけで、ライオンの直感で、よぉくわかったんだ。
おで、ココ、好きだー!ねぇねぇリンくん、おで、ワクワクするよぉっ!ねぇねぇ、遊ぼうー!
そう思ってリンくんの顔を見上げてみたら、リンくん、耳の先っぽまでニコニコしてる。さっそく店主さんとひっきりなしにおしゃべりしてるし。
はやっ・・・!
あぁ、リンくんもか。リンくんも、ココ、好きなんだ。なぁんだ、おでら、結構気が合うじゃんね。フフン。
案内された席について、おれらはぐるりと部屋のなかを見回した。オープンと同時に入ったから、他にお客さんはおらず、貸切状態。リンくんと横並びになっているニンゲンのイスにおでも座ろうとしたら、店の主さんが、おでのために別のイスを用意してくれた。
・・・!!!
なんとー!おでにぴったりジャストサイズ。白くペイントされていて、家具感ある木のやわらかい雰囲気もかわいい!やれやれ、ニンゲンのイスじゃ視界が低かったけど、これならしっかり空間をマンキツできるの。座り心地もよくって、おで、すっかり気に入ってしまった。
「おにぎりセット、一杯目のドリンクは・・・んーっとじゃぁ白ワインで!」
あぁ、リンくんが注文しとる。そういうことね。昼から堂々とひとり飲みできるカフェ、ありがたいよねぇ。おでは7才のライオンだけど、のんべえリンくんと赤ちゃんの頃から一緒に暮らしてるのだもの、昼飲みはだいすき!
リンくんは、店の主さんが手に持つアルコールのメニューをしばし眺めつつ、(おにぎりなら、当然同じ米の日本酒もいい・・・けど、・・・)という顔をしつつも、結局ワインに落ち着いた。
「帰りも歩くし、ね。」
誰にともなく、言い訳してたリンくん。ちょっとしたアルコール度数の差を気にしたらしかった。注文を終えると、スマホを手に持って部屋のなかをうろうろと歩き始めた。
「あっ、待って待ってー!おでも一緒に見て回りたいの。」
おでからリンくんに抱っこをせがむなんて、久しぶりのことだけど、仕方ない。我が家のように堂々とひとりで歩き回るわけにもいかないから、よそいきのおニーさんライオンを装って、リンくんの手におさまることにした。
店に入った瞬間から全体の景色とその空気感に圧倒されていたけれど、改めて、ひとつひとつのコーナーをよぉくよぉく眺めて回ると、それぞれがとてもおもしろかった。
ヒヨコさん?こんにちわーに。
クマ柄のクマさん。んークリスマスムードたっぷりで、お上品でカワイイのぉ!
ガリバーごっこぉ。うぉーーーー!もしくは、おで、ゴジラみたい?
ちゃららん・・・ちゃららん・・・ちゃららららららん・・・。
あーっ!このテント、ちびこーずたちがいたら我先にと入って遊んだだろうなぁー!おで・・・さすがにムリだな・・・。
カウンターにいる白いふわふわのコ。オレンジ色の傘がとってもオシャレね。
「ギター発見!よいこらせっと!
おでのあこがれのギタリスト、ホテイのまねー!べべべべべいべべいべべいべべいべべいべー!」
「。。。ボブぞ?かなりウクレレ感出てますけど?」
あぁうぅぅ・・・。
お部屋のなかでいろんなオトモダチやオブジェたちと遊んでいるうちに、おで、すっかりハラ減ったぁーーー!
いつもなら、「リーンくーーーーん、メシっ!ハラへったのー!!!」っていうところだけど、今日はなにせ、お外でカフェデートなのだ。しおらしく、リンくんの注文したおにぎりセットを待つ。
(お待たせしましたぁ。)
わぁいわぁい。おにぎりー!!!2個セットで、ひとつは”青さ塩胡麻鮭”、もうひとつは”たぬきおかか”。とりあえず、一杯目の白ワインに合わせて、”青さ塩胡麻鮭”から・・・。
「いっただっきまーーーーす!」
はむっ!もんぐもんぐむんぐむんぐ!・・・うまーい!
おで、おにぎりって大好き!とってもシアワセな食べ物だよね。くろぐろとした海苔が巻いてあって、その香りも最高なのです。あおさのりと白ワイン・・・サイコウでしょ!
くぴっくぴっ・・・!
「あっちょっとぉボブぞ食べ過ぎ!飲み過ぎ!待って待って私にもちょうだいよ。」
「だってぇ!おで、ライオンだよ。ライオンが、ハラ減ったんだよ。食べて、飲むでしょ。」
「あいや、もちろん良いんですけれどもね。ボブぞ、気に入ったんだね?」
「ウン。すっげー、うまい。(もっしゃもっしゃ・・・もっぐもっぐ)」
ライオンの口に合う、手作りおにぎりとひんやり白ワイン。おで、とっても気に入っちゃった!
「さぁて、ボブぞにグビグビ飲まれちゃったし、二杯目はどしよかなー?」
(ボージョレヴィラージュヌーボー、ありますよぉ!)
「・・・おわー!それっ!それで!今年はまだヌーボー飲んでないです。」
主さんのステキなささやきが、リンくんの耳をくすぐったようだ。
うっへへへ。主さん、アリガトなの。おでも実は気になってたのよ。ぐっふふ。まっさかおにぎりと一緒にボジョレーの新酒を飲むことになるとは思ってなかったけどさっ。すっげーステキなのなぁ。
(おまたせしましたー。)
うわぁおわぁ。いいなぁ、この特別感!おで、すっごくウレシーっ!
「なぁなぁなぁ。リンくん、カンパーイ!」
「あっあっ。ボブぞ、カンパーイ。もう酔った?」
「んあ?いんや酔ってないよ。おで、テイスティング係だもん。(・・・くぴ。)」
「全然飲んでるし。」
フハッ!
おでがグラスを置いたやいなや、リンくんが奪うように鼻先へ持っていった。そして、おでの鼻先をコスコスしながら、自分の手元のグラスを傾けて、口をつけた。
「ンー。あらぁ、おいしいね。」
ボジョレー新酒で2個目のおにぎり、”たぬきおかか”にとりかかる、ライオンのおでとニンゲンのリンくん。かつおぶしの芳醇な香りと、ぽんぽこたぬきさんのちょっとしたコクがとってもいい。
「わかってはいたけど、良い順番だった。”青さ塩胡麻鮭”は白で、”たぬきおかか”は赤で。ばっちりでしたなぁ、ボブぞくん?ね?」
コーコーチーヨーシーここちよし、ここちよし。コーコーチーヨーシー!
店内ではキッチンタイマーの音が鳴る。ふんわりとした甘い香りが充満していて、おではつい、クンクンと鼻を鳴らしてしまう。
時折、外の踏切の音が聞こえてくる。生活の音、温かみ。おでらが暮らす町にこんなにやさしい場所があって、勝手ながらとても誇らしく思う。
おではもう、すっかりいい心地で、ゆらゆらとお気に入りの白いイスの上で、ステキな時間を満喫した。
おでがぼんやりしてる間にも、リンくんはずぅっとひっきりなしにしゃべっていた。うちのリンくん、すべての社会性を置いてきぼりにしてカイシャインを辞めたくせに、今日は随分と饒舌だ。毎日おでに向かって話しかけているときとはちょっと違う顔になっていた。ニンゲンにはニンゲン同士でしかわからない何かが、きっとあるんだろうなぁ。店の主さんが、店の仕込みにずぅっと手を動かしながらも、こんなうちのリンくんの話し相手をしてくれたことを、おではとってもありがたく思ってるのよ。
午後3時前。店内には低く西陽が差し込み、床に星型を作り出していた。窓際の棚にあったクリスマス飾りが作り出した影だった。もしもここまで計算して展示してたらすごいなぁって感動しつつ、今日はもうココロもオナカもいっぱいになったのでおいとますることにしたの。
「ごちそうさまでしたぁー。」
リンくんがお会計を済ませると、茶色い紙袋を渡された。
中身はというと、焼き立てのワッフルとバナナココアシフォンケーキで、土日のランチではおみやげまでがセットになっているとのことだった。
「わぁ。おうちでお留守番してるみんなにおみや、できたじゃん。やったぁ!わぁいわぁい。」
「また遊びにきまぁす!楽しかったの!」
店を出ると、おではリンくんにこっそり質問した。
「ところで、今日行ったお店ってさ、どんなお店なわけ?ただのカフェっぽくはなかったけど・・・。」
「んー。”ぬい撮りカフェ”だよ。ぬいぐるみさんと写真いっぱい撮っていいよってお店。ねぇ、ボブぞ?それさぁ、今更、聞く?」
「!!!わぁぁぁん!リンくーん!!!おではライオンだもん!いい?おではぬいぐるみじゃないって、何度言ったら、わかるの?一人前のライオンとして扱って欲しいのよ。」
「あはっ、いいけどさ。ライオンが駅前歩いてたら、みんな驚いちゃうよ。ぬいぐるみのフリしてくれないと、もう一緒におでかけできないよ?」
「ノー!それもいやだーぁぁぁぁぁ!」
・・・フゥ。
おでは、毎日毎日、毎日毎日。そうやってニンゲンのリンくんと、楽しく暮らしている。
夕暮れの道をほろ酔いでテクテクと歩く。小一時間の道のりが、随分と短く感じた。ぬいぐるみのフリするのは、ちょっぴり疲れるな。
でへっ。
ボブぞ
ぬい撮りのできるカフェ「むぎかふぇ」 @千葉県八千代市(京成八千代台駅)↓↓↓
Twitter: @mugi_otohfu
https://twitter.com/mugi_otohfu
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