大好きなアジサイの花とブルーな思い出

「これからまたイチネン、よろしくお願いします。」
受付窓口の係のマダムは、アクリル板越しに高い丁寧な声でそう言い、小さなカードを渡してくれた。リンくんは手元に差し出された油性ペンでそのカードに自分の名前を書く。
ペンとプラスチックがキュッキュとこすれる音がして、カチッとキャップを閉めると、「ちゃっちゃらー!」とおれのアタマのなかで効果音が鳴り響いた。
そう、リンくんは、新しい年間パスポートを手に入れた!
「ペン、ありがとうございます。ハイ、またイチネン、よろしくお願いします。」
「今はアジサイが見頃になってきてますよ。」
「そう、そうかなって思って、今日はアジサイを見にやってきたんです。」
ニコッと笑って窓口をあとにし、おれらはいつもの青いエントランスをくぐった。

こんにちわーに。おれ、ライオンのボブお。
我が家では毎度おなじみ、京成バラ園に来てます。
ちょうど年パスの更新時期でね、今月で4年目に突入したよ。
6月ももう半分が過ぎて、「あれ?バラの時期ってもう終わりじゃ?」と思われた人もいるかもしれないね。
いやいや、この京成バラ園、6月は見逃せないシーズンなんだよ。
それは、アジサイ!
ニッポンいろんな場所にアジサイの名所と言われるところはたくさんあって、そりゃあ行けるものなら箱根登山鉄道のアジサイとか、鎌倉のお寺とか、行ってみたいなぁとは思うんだ。でも、身近なところにもアジサイってたくさん植えられていて、それこそおれらの暮らす団地の植え込みにもあるし、ご近所のお庭やそれから高架下の遊歩道なんかでも咲いていて、ジメっとした梅雨時でも爽やかな色合いでおれらの目を楽しませてくれる。
京成バラ園のアジサイはね、さすが園芸のプロの作るお庭だけあって、さまざまな種類のアジサイを育てているんだよ。色も形もそのへんの道端じゃぁ見つけられないような変わったアジサイがたくさん咲いていて、いっぽんいっぽんの木を見るのがとても楽しいんだよ。
「ねぇねぇボブお、今日饒舌じゃない?」
ハッ・・・!
リンくんに話しかけられて気が付く。そう、おれさぁ、アジサイの花、好きなんだ。6月生まれのおれにとっては、おれの花、といってもいいと思う。
「ふふ。やっぱり、アジサイはボブおの花だね。うれしそう。」
うん、そう。アジサイはおれの花。だから、今日だって撮影を兼ねて、リンくんと一緒におさんぽしに来たのだからね。
「アハッ!そうだなぁ。うれしいもなにも・・・、なにせ、去年はリンくん、アジサイ見に連れてきてくれなかったもんな。だから、2年分な。」
「そーでした、そーでした。ゴメンねぇ・・・。アジサイの季節ど真ん中に入院しちゃったからね。」
「ホントだよ、まったく!」
昨年、2024年の6月といえば、我が家にとっては大変な月だったのだ。6月13日にリンくんが緊急入院をして、そこから2週間、おうちに帰ってこなかった。おれはその間に9才の誕生日を迎えたし、たった20分しか面会時間が許されていないのに、足繁くお見舞いにも行った。
そうかと思えば、そのリンくんが不在だった2週間のうちの半分は、”みどりキャンプ場”(団地の我が家のことをそう呼んでいる)ではお風呂場の老朽化対策のための防水工事が行われていて、シンナー臭い部屋の中で知らない作業員のオジサンたちから身を隠してただただつまらない時間を潰していたのだった。
(お風呂工事のお話はコチラ → 「6日間と10分とアワ – リンくんが入院した その7」)
「思い出したくもないけれど、思い出すよ。アジサイを見るとね。」
おれは、こんなにも大好きなアジサイが、ちょっとブルーな思い出と共に語られるのがちょっと残念だけれど、事実、一年前に経験したことなのだから、忘れられようもない。
「そうなんだよね。アジサイを見るとね、どうしても入院してた部屋を思い出すんだよね。」
リンくんも同調する。
「へ?なんでだっけ?アジサイ、去年は見に行けなかったのに?」
「そう、リアルには見に行けなかったけど、入院してた部屋の洗面台の横にかかってたカレンダーの写真が、アジサイだったの。秩父の美の山公園のね、すごい立派なアジサイ並木みたいな。歯を磨くたびに、あと何日で退院できるかなぁ・・・って考えてたから、忘れもしないよ。」

「フゥん・・・そりゃぁブルーな思い出だわ。」
はぁー。
ふぅー。
おれらは京成バラ園の奥のエリアにある”あじさいガーデン”を目指してぐんぐん歩きながら、そんな話をぽつりぽつりとする。
園内は春バラもまだ色とりどり美しく咲いていて、バラ目当てのお客さんもたくさんいた。アジサイはバラとは少し離れた、奥まった噴水のある広場の斜面に植えられているのだ。



“あじさいガーデン”に到着すると、さすが、いろんな種類のアジサイが咲き始めていた。アジサイ目当ての人たちも結構いて、あれやこれやとおしゃべりしながら、みんな撮影をして楽しんでいる。
ついさっき、ぱらりとだけ降った雨粒がほんのりと湿り気を与えていて、アジサイの鑑賞にはもってこいの日だ。
「明日から大雨で、そのあとは猛暑らしいよ?へんな梅雨だよね。アジサイ、日焼けしちゃうかもしれないから、今日来られてよかったね。」
リンくんはのんびりとそんなことを言っている。かと思えば、カメラを片手に、撮影スポットを探し始めていた。
「ねぇねぇボブお、ココ立ってみて?」
「うん?あー。うん。ココ?」
「そうそう。いいね。いいね。えっと、横向いてみて?」
カシャッカシャッ
リンくんがシャッターを押す音がおれの耳に届く。


「アジサイって、ニオイしないよなーぁ?」
「そうだねー、アジサイの香りって聞いたことないもんね。」
クンクン、クンクン
おれは曲がりなりにもライオンでどうぶつなのだから鼻は効くはずなんだけど、どうやってもアジサイからはニオイを感じとることはできなかった。


不思議な顔をしている様子をリンくんに横から激写され、そこからはもうしばらくはモデル状態だった。
珍しい種類のアジサイを見つけては近づく。クンクンしても反応をしないアジサイは、なんだか素朴で繊細で、そして、なによりも自然な植物だと思った。植物に自然っていうのも変だけどさ、バラみたいに艶やかで手のかかる(と言われている)花に比べれば、とても控えめだ。多分、葉っぱの緑色のみずみずしさもそう思わせてくれるのかもしれないし、ときどき出会う小さな虫やその虫食い跡を見ると微笑まずにはいられない。




おれはやっぱりアジサイが好きなんだ、そう思い返して、うんうん、とひとりうなづいた。
ブルーな思い出はココロの奥にそっとしまって、今年は健康なリンくんと一緒に、2年ぶりにアジサイを見に来られたことを純粋に楽しもう。
そして、来年はまた、ひとつひとつのアジサイの木々に、ただいま、と言ってご挨拶できるように、しっかりと目に焼き付けておこう。





ありがとう。アジサイの花たち。
出会えて良かったよ。
秩父の美の山公園みたいに一面のアジサイ畑ってわけじゃぁないけれど、おれはここの、この京成バラ園の”あじさいガーデン”が気に入ってるんだ。
「これからまたイチネン、よろしくお願いします。」ね!
ボブお





京成バラ園 公式ホームページ
https://www.keiseirose.co.jp/garden/
▼過去のアジサイのお話 アーカイブはコチラ▼
「ひと月遅れのアジサイ」
https://bobingreen.com/2024/07/24/9884/
「おれと相合い傘、する?」
https://bobingreen.com/2023/06/27/5428/
「家康オジサンのお導き」
https://bobingreen.com/2023/06/06/5169/
「ボブおの好きな花」
https://bobingreen.com/2022/06/26/2207/