キリシタンとは何ぞや?長崎の教会群を巡る旅【②五島市 奈留島】 ― ころすけの旅日記(五島&長崎編)その4

「なぜ、この奈留島のツアーにご参加されようと思われたんですか?」
ジャンボタクシーに揺られるなか、観光ガイドさんに質問されたリンくんはこう応じた。
「憧れの江上天主堂を、ひと目見てみたかったんです。」
と。
うっす!こんにちわーに!
旅グマことツキノワグマのころすけでっす。
先月(2026年2月)に5泊6日で訪れた五島と長崎の旅記録を綴る、「ころすけの旅日記(五島&長崎編)」。
4つめのエピソードは、「キリシタンとは何ぞや?長崎の教会群を巡る旅」をお送りします。
旅の舞台は、五島列島の奈留島(なるしま)。
おれらが滞在していたホテルのある福江島からは、フェリーで片道約45分という場所だよ。
離島から離島へ、日帰りで行ってきたぞ。
では、レッツゴー!
目 次
「キリシタンとは何ぞや?長崎の教会群を巡る旅」
【②五島市 奈留島(なるしま)】
【③長崎市内】
- 大浦天主堂(おおうらてんしゅどう) ※世界遺産構成資産
- キリシタン博物館
- 浦上天主堂(うらかみてんしゅどう)
フェリーで45分の旅 いざ奈留島(なるしま)へ!

「よう来なはったな」
そう手招きをして出迎えてくれたのはアタマの上に赤い椿の花を咲かせた白いネコだった。
ココは五島列島でいちばん大きな島、福江島の中心地にして、人やモノの往来を担う、福江港ターミナルだ。
おれらは、一昨日からこの福江港を眼下に見下ろすホテルに滞在している。来島したときは飛行機移動だったしそのまま観光タクシーで移動していたため、3日目にしてようやく、福江港のど真ん中に足を踏み入れた。



今日はこれから、半日の観光ツアーに参加するんだ。
その名も「五島列島キリシタン物語 奈留島編」。
「物語」だなんてちょっとロマンチックなネーミングだよな!
五島市観光協会が運営している定期観光ツアーで、個人手配ではなかなか訪れにくい奈留島の教会に連れて行ってくれるそうだ。
「えーっと・・・福江港ターミナルのなかの、五島市観光協会売店前で待ち合わせっと・・・。」
ターミナルの建物内は意外と広くて、お土産モノを売る店がいくつもある。すぐにわかるかと思ってタカをくくっていたら大間違いだ。
今の時刻は昼の12時半をまわったところ。大きな荷物を持った旅行客はもちろん、ビジネスマンらしき人、高校生たち、それから出迎えらしき待ち人などがソファベンチに腰かけて船の到着を待っている。
「あ、あれだ!」
五島市観光協会のデスクと売店を見つけると、リンくんは受付のおニーさんに告げた。
「本日の奈留島ツアーに申し込んでます、リンです。」
「こんにちはー。どうぞよろしくお願いします。コチラの参加証を着けて、お待ちくださいね。」
参加証はパチンと挟めるタイプになっていて、そこには「世界文化遺産 長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」との文字と教会の絵がプリントされていた。
「今日は他にも参加者いらっしゃるんですか?」
リンくんはそう質問すると、受付のおニーさんではなく、その隣にいた黄色い上着の小柄なマダムが反応した。
「本日、ご参加者全部で5名です。リンさんはどちらから?」
「あ、わたしはチーバからです。」
「まぁ遠いところから、ようこそいらっしゃいました。今日のご参加者、みなさん関東からですねぇ。あ、集合時間までもう少しありますので、お手洗いなど済ませてお戻り下さいね。」
黄色の上着のマダムは、まさに今日お世話になる観光ガイドさんだった。赤茶色のショートカットが似合う、よく通る声の持ち主で、とても感じのよい方でホッとした。

ここで、おれらが参加する「五島列島キリシタン物語 奈留島編」についてカンタンに説明しておくね。
このツアーでは、世界文化遺産に登録されている場所、奈留島の江上集落(えがみしゅうらく)という場所を案内をしてくれるんだ。その江上集落にある教会堂が、「江上天主堂」(えがみてんしゅどう)。
そう、リンくんが冒頭で「憧れの」と言っていた建物だ。
さすがは世界遺産、事前予約が必要で個人でふらりと行って入れる場所ではないんだ。神聖な祈りの場でもあるから、観光客がおじゃまさせてもらうにはこういった正式なツアーを利用して行くのが良いんだって。
メインの江上天主堂以外にももうひとつ教会をまわってくれるんだそうだ。楽しみだね!


集合時間になると、本日の参加者、3組5名が揃った。
白髪交じりのシニア御夫婦、歴史好きっぽいおひとりさま男性、そして、リンくん母娘だ。「よろしくお願いします」と互いに挨拶を交わし、束の間の旅仲間となった。
最高齢はどう見てもリンママちゃん。杖をついて歩いているのもあってか、なにかと配慮をしてくださって、みなさん優しい人たちばかりで心強い。
「みなさん、五島市へようこそ!本日はツアーにご参加いただきありがとうございます。」
黄色い上着のガイドさん、やはり通りのいいハキハキとした声でツアーの概要をお話してくださった。五島列島の行政区分のこと、そのうちの五島市に属する2つの島(奈留島、久賀島)にそれぞれ世界遺産登録資産があるということなどをざっと口早に説明した。

そして、こう続けた。
「では、これからフェリーで奈留島へ移動します。乗船券をおひとりおひとりにお渡しします。半券は下船するときに回収しますので、それまで大事に持っていてくださいね。」
わ!ちょっとドキッとする。船内で居なくならないように・・・ってことか?おいおい、ビビらせないでおくれよー!

ガイドさんに先導されて、ツアーの面々は順番に乗船していく。
「席は自由です。定期船で他のお客様もたくさんいらっしゃいますので、ご案内はまた下船してからということで、どうぞおくつろぎください。」

ツアー単位でまとまって座る必要もないということなので、おれらは二人掛けの椅子席を確保した。フェリーらしくお座敷席もあって、ごろ寝したい人はそっちも楽しいかもしれないね。
離島から離島へ渡るフェリーって、ちょっと年季入っちゃった感じのやつ?だなんて思っていたのだけれど、乗船してみてその予想は大きく覆された。ちょうどおれらの目の前にはでっかいフレームレスの薄型テレビがあって、ミラノ・コルティナオリンピックのスキージャンプ競技が放映されている。
あとから聞くに、このOCEAN(オーシャン)、令和3年に進水したばかりの船体らしい。どおりでキレイなわけだ!
Wi-fiも当然あるし、使うことはなかったけれどトイレなどの水回りも清潔な感じ。エレベーターがついているなどバリアフリー化もされていて、短い運航とはいえ、とても快適な船旅となった。



あ。そうそう。ちゃんと切符の半券(「上陸券」)は係員さんに渡したからね!記念に取っておけないのが残念だけど写真には収めたからヨシ。
ちなみに、奈留港ターミナルに到着すると、こんな素敵な立て看板がお出迎えしてくれた(トイレ前の案内板なのだけどね・・・)。これから向かう江上天主堂をデザインした透かし彫り。趣があってとてもよい。

【奈留島世界遺産ガイダンスセンター】
(五島市 奈留島)
「これからクルマに乗っていただき、奈留島をご案内いたします。」
さて。
フェリーを下船して再集合したツアー一行は、笑顔が素敵な老齢の運転手さんが出迎える紺色のジャンボタクシーに乗り込んだ。
参加者5名のあとにガイドさんが乗ると、ドアが閉められた。
「最初にご案内するのは、奈留島世界遺産ガイダンスセンターです。港からすぐの距離なのでもう着いてしまうんですけれども・・・。」
そう話している間に、真新しいクリーム色の壁が印象的な建物の前に到着した。
「奈留島世界遺産ガイダンスセンター」、入口にはそう書いてあった。隣は五島市役所の奈留支所の建物なのだそうで、共に五島市が管理している施設のようだ。
「ようこそいらっしゃいました。」
ツアー一行が建物に入ると、ひとりの男性が出迎えてくれた。この施設内を解説してくれる案内員さんだそうだ。
「まず・・・。」
彼が口を開いたかと思うと、黄色い上着のツアーガイドマダムがその説明を遮った。
「あぁ、スミマセン。最初にお伝えしたくて。・・・あの、今日このあとみなさまが行かれる江上天主堂ですが、現在でも信徒の方々のためにある祈りの場ですので、堂内は土足厳禁、脱帽、それから撮影は禁止です。また、みなさまにお願いしたいのですが、床と椅子以外は絶対に触らないでいただきたいんです。どうか、よろしくお願いします。」
ガイドさんのほうが一番最初に釘を刺したカタチだ。リンくんも含め、参加者たちは、ウンウン、と頷いている。
「ご協力いただき、ありがとうございます。その代わりに・・・コチラをどうぞおさわりください」。
男性の案内員さんが指したのは、木製の柱のようなものだった。
説明板には、「江上天主堂 第二柱頭部および装飾体 部分模型(原寸大)」とある。つまり、江上天主堂の柱のレプリカだ。
この施設は令和3年に開館したとあって、まだ5年ほどしか経過しておらず、まだまだそこかしこに新しさがある。決して広くない展示室ではあるけれども、おそらく五島市が、奈留島を世界遺産のある島として全国また世界へ発信をするために、全力を注いで作り上げた施設なんだろうと思う。
その目玉が、コチラってわけだね。実際には触ることができない、貴重な柱のレプリカ。
「どうぞおさわりください」との掲示でデカデカとアピールしていた。


江上天主堂の設計者は、日本における教会建築の祖ともいうべき鉄川与助氏で、大正7年に完成したそうだ。鉄川与助氏の木造教会建築としては「最も完成された作品」だと言われている。(案内板より)
特に見どころは、木目のように見える模様。実はコレ、ホンモノの木目ではなく、手で描き足したものなのだそうだ。強い建築構造にするためにあえてマツ材とスギ材を併用した結果、木目が合わないために「木目掻き」という手法を用いて内装を仕上げたのだという。
「ほえぇーーー!手が込んでる!あ、ちゃんと触っておかなくっちゃ!」
おれとリンくんは、ゴシゴシゴシゴシ、とレプリカの柱に手をこすりつけながら、これから見に行くホンモノの天主堂に思いをはせた。
そうこうしている間にも、案内員さんの説明は駆け足どころか全力ダッシュで休む間もなく進んでいく。
そう、このガイダンスセンターでの滞在時間はたったの10分。とっても時間がないらしいのだ。
話題は潜伏キリシタンの歴史から、「潜伏キリシタン」と「かくれキリシタン」の定義と意味の違い、世界文化遺産に認定されるまでの経緯と苦労話まで・・・。
それから、「世界文化遺産 長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連資産」には構成要素が12あることやそれぞれの場所と歴史、特徴など。
短時間ながらも網羅的に説明してくれたことは、ある意味圧巻だった。


ピンポイントに少しだけ、おれから解説をしておくとね。
この「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連資産」は、2018年に世界文化遺産に認定された。
「潜伏キリシタン」とは、戦国時代末期~明治初期のキリスト教禁教期において、激しい弾圧が繰り広げられるなかで信仰を守り続けた人々(また信仰そのもの)のこと。そして、この世界遺産の価値とは、キリスト教信仰が、公には禁止されていた時代を乗り越え、日本古来の文化や慣習のなかで独自の変化を遂げ今もなお続いているという歴史とその軌跡が認められたものだといえる。
「『長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産』は2018年に世界文化遺産に登録された。その主な価値は、江戸時代の禁教期、2世紀にも渡ってキリスト教が密かに信じ守られ続けてきたということにある。」「国家権力によってキリスト教が禁じられたが、信徒が潜伏して2世紀以上にわたり信仰を続けたことは世界に類を見ない。」
(p.8)松尾潤『祈りの記憶 長崎と天草地方の潜伏キリシタンの世界』、批評社、2018年
「『長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連資産』は、キリスト教禁教による宣教師不在の中、神道や仏教などの日本の伝統的宗教や一般社会と関わりながら信仰を続けた潜伏キリシタンの伝統のあかりとなる遺産群である。」
(案内板より引用)
この世界遺産に認められている12ある構成資産のうちの多くは、信徒への弾圧による悲しい酷い記憶とともに語られる地域・集落が多い。しかし、今からおれたちが訪れる奈留島の江上集落では、厳しい弾圧はなかったらしい。
ではなぜ江上集落が世界遺産の構成資産に選定されたのかというと、禁教が解け文字通り「潜伏」が必要なくなった時代のキリシタンたちが、進んでカトリックの洗礼を受け、熱心に活動し共同体を維持しながら自らの教会を作り上げたという象徴なのだと言われている。
「江上天主堂は潜伏キリシタンからカトリックに復帰した人々が建てた教会の代表例」である
(p.21)松尾潤『祈りの記憶 長崎と天草地方の潜伏キリシタンの世界』、批評社、2018年
この奈留島世界遺産ガイダンスセンターで最後に案内された展示コーナーには、超貴重な品々が並べられていた。
それは、当時の信徒たちが実際に使用していたと思われる物品だ。
一見すると(仏教の)観音様のようにも見える手のひらに隠せるくらいのサイズの像は、実はマリア像(「マリア観音像」と呼ばれている)なのだという。また、聖書の代わりとなる「オラショ」というお祈りの言葉を記した書、信仰具としていたアワビの貝殻など・・・。禁教期のさなかに摘発を受け万が一見つかったとしても、仏教徒や神道の氏子を装えるようにしてあったのだそうだ。
本に小さく載っていた写真では見たことがあったけれど、まさに目の前のガラスケース越しにそれらが200年近くの時を経て残されていた。
(このコーナーは撮影NGと言われたので、わずかな滞在時間の中で目に焼き付けてきた。)
あぁー・・・、この「奈留島世界遺産ガイダンスセンター」、もしも時間制限がなかったなら、余裕で1時間はいられただろうなぁ・・・。きっとリンくん、案内員さんを質問攻めしただろうなぁ・・・!とちょっと心残りだったな。
でも、リンくんが旅行前に本やネットで調べてきておいたことを復習できる良い時間だった!超素晴らしい10分講義を、どうもありがとうございました!
奈留島世界遺産ガイダンスセンター 五島の島たび 五島市観光サイト
https://goto.nagasaki-tabinet.com/spot/80065
【奈留教会】なるきょうかい
(五島市 奈留島)

「奈留教会」までは奈留港からクルマで5分足らず。
「ココは”奈留の銀座”ですね、島で一番の中心部です。」
とはガイドさんのご案内。
『劇映画 孤独のグルメ』のロケでも使用されたという飲食店「みかんや食堂」をはじめ、商店やスナックが立ち並ぶ島の商店街を抜けた先右手に、白い鐘塔のある教会が見える。
ガイドさんによれば、奈留島の住民は約1,700人、かつて高度経済成長期には9,000人ほどが住んでいたこともあったそうだけれど、徐々に集団就職などで住民は流出していったという。
「Tさーん、今は子どもたちはどれくらいいます?」
ガイドさんが運転手さんに声をかけると、運転手さんが穏やかに返事を返す。コール&レスポンスがなかなか上手で、お話を聞いていてまったく飽きない。
「小中学生で40人くらい、高校生も20人くらいはおるよ。」
ちなみにこの観光コースでは最後に奈留高校の敷地へ立ち寄ってくれる。(「ユーミンの歌碑」という観光スポットがある)
小中高の一貫教育で、英語教育に特に力を入れていて、島外から交換留学のようなかたちで学生を受け入れる取り組みもしているそう。また、最近幼稚園も併設されたらしく、子どもたちを地域で育む体制が整っているんだって。
さて、奈留教会に話題を戻そう。
地図を見るとよくわかるのだけれど、奈留島は地形がとても複雑で、海岸線がものすごく長い。アチコチに小さな入り江があるこの地形は、江戸末期に大村藩から移住してきた潜伏キリシタンにとっては集落を形成しやすい土地だったのかもしれない。
特に奈留教会を知る上で切っても切り離せないのは、奈留島のお隣にある、葛島(かずらしま)集落の変遷だ。
現在の奈留島周辺地区には教会は2つ(江上天主堂と奈留教会)だが、かつては葛島教会という3つ目の教会があったそうだ。
禁教期、葛島には長崎の外海地区や三重県から潜伏キリシタンが移住してきたという。その祖先たちによって禁教が解かれた後に奈留教会よりも先んじて作られたのが、葛島教会だった。
葛島には最大300名ほど住んでいた時代もあったそうだが、1973年、生活の維持が困難になったという理由で葛島島民が集団移転をすることになった。その結果、信徒全員が奈留教会の所属になり、葛島教会は廃堂となった。
(ちなみに、現在の葛島は無人島なんだって。人はいないけれど野生の牛がいるという話で車内が盛り上がった。)
そんな歴史のある奈留教会は、かつての大村藩からの移住者の子孫である信徒たちによって、令和の今でも祈りを捧げられている場所。
奈留教会の発足は1926年、現存の建物は1961年に完成したものだそう。
なんと・・・!歴史の重みは底知れない。
「外の壁に見えます模様、お分かりになりますか?」
ガイドさんがいい声で質問を投げかけてくれる。
外壁に、アルファベットの「X」が連なったようなデザインが施されている。クロスとも違うし、なんだろね?
コレね、日本に初めてやってきた宣教師、フランシスコ・ザビエルを崇敬してのものらしい。ザビエルの頭文字の”X”なんだって!
ザビエル(Xavier)、つまり日本にキリスト教をもたらしたその人物を今でも大切にしている、この奈留教会の象徴だった。
晩冬・・・いや、もう早春の奈留島。
湿気を含んだ雲の合間にみせてくれた青空の下、美しくも歴史の重みを感じさせる奈留教会堂のすばらしい景色を胸に、おれは、かの時代に思いをはせたのだった。


「この丸い石はなんでしょう?」とツアー一行に問うガイドさん。「・・・ロザリオ?」と答えたのは、なんと、うちのリンママちゃん!
リンママちゃん、クリスチャンのお家(といってもプロテスタント)に育っただけあって、いろいろと身近に感じるみたい。

それから、ルルドの前には、平たい石にクロスが刻まれた碑のようなものがある。ガイドさんも詳しくはわからないとおっしゃっていたけれど、意味は理解できずともいまもなお信徒たちに大切に守られ続けている場所だということがわかる。


奈留教会 五島の島たび 五島市観光サイト
https://goto.nagasaki-tabinet.com/junrei/60473
「祈りとともにある島の教会」おらしょこころ旅
https://oratio.jp/p_column/shimanokyokai


【江上天主堂】えがみてんしゅどう
(五島市 奈留島)
※世界遺産「長崎と天草の潜伏キリシタン関連遺産」構成資産

「では、いよいよ江上天主堂へ向かいます。」
黄色い上着を羽織ったまま、ガイドさんはジャンボタクシーの車内で説明を始めた。
江上天主堂。
それは、五島列島の観光地を巡りたいと思ったときに必ず候補に上がる名所だと言ってもいい。
先ほど訪問してきた「奈留島世界遺産ガイダンスセンター」で説明を受けてきたように、潜伏キリシタンという文脈において、この土地、つまり、江上集落が世界遺産に認定されたということがどのような意味を持っているのかを理解したいと思う。
この江上集落、「五島崩れ」と呼ばれる強烈な弾圧の対象にはならなかったということ。それなのに、世界文化遺産の構成資産として認定されたこと。そのことに思いを巡らせたいと思うんだな。
奈留教会を見学したのち、いよいよ次はメインイベントの江上天主堂。そうわかっているから、我々ツアー一行は緊張の面持ちを隠せなかった。一方で、憧れの江上天主堂を体験できるそのことに興奮していたのも事実。
ドキドキ・・・。
ジャンボタクシーはクネクネと続く海岸線をひた走る。その道中、どうしてこんな辺鄙(言葉を選ばず申し訳ない)な場所に、教会なぞ出来上がったのだろう、と思った。
でも、できたのだ。なぜなら、辺鄙な狭い入り江の場所にこそ、命をつなぐという思いをつのらせたニンゲンたちが集まり、その生活圏として集落ができた。そして、自ずと信仰の場としての”家”が求められたからなんだと、おれは感じる。
「なぁなぁ・・・ホントに、ココ?」
おれはついついリンくんに聞いてしまった。かねてリンくんが江上天主堂を見てみたい、と言っていたけれど、本当にそれを目の当たりにしたとき、想像していたのと寸分違わず・・・いや、それ以上に、辺境な地形だったからだ。
「なぁるほど・・・。」
ついつい、おれはウン、ウン、と首を縦に振り、そして、納得してしまった。
「ココは、うってつけの場所かもしれない。」
と。
ジャンボタクシーの車窓からチラリと見えた江上天主堂。「タブノキ」という巨木に、隠れるようにひっそりと佇んでいた。




いざ目の前にしてみると、世界遺産の構成資産に認められた江上天主堂たるものは、小さなひとつの家のように見えた。白木で組み上げられ、窓枠をパステルブルーで塗り取られたそのデザイン、屋根の下に掲げられた堂々たる「天主堂」の文字。この家が、江上集落の人々にとって、代々と命をつなぐ、文字通りの拠り所なのだ。
いざ入堂してみると、その歴史的価値や文化の重みをいやがおうにも感じざるを得なかった。
この旅を通じて、いくつもの教会堂のなかに足を踏み入れたけれども、江上天主堂ほどニンゲンの匂いを感じたお堂はなかったなぁと思う。
他のお堂・・・、福江島でいくつかまわってきた素晴らしい歴史的な教会堂でも、神さま=イエス・キリストやマリアさま、それからキリスト教の布教に貢献した宣教師などに対して敬う気持ちの片鱗を感じる要素はたくさんあった。歴史的建造物や芸術作品を見るような感覚に近い。
でもね。
うわぁ・・・!
江上天主堂の堂内へお邪魔させていただいたら、神さまの庇護を求めるニンゲンたちの切実な思いや祈りに共鳴させられるような気がした。生々しい匂い、生々しい祈り、ニンゲンがそこで生きようとする切実な思い。
世界遺産の江上天主堂は、ニンゲンの匂いがたくさん詰まった場所だった。
ぶるぶるぶるっ・・・
「やべぇ、おれ、いま身震いしてるよ。」
リンくんにそう言うと、リンくんから、こう返ってきたんだ。
ぶるっぶるぶるっ・・・
「うん。ころすけ、わたしもいま、身震いしちゃった。」
・・・やれやれ。



お写真は外観からしか撮れないから、内部の印象はもうご想像にお任せするしかないのだけれども・・・。
リンくんの感想としては、「神聖なる教室」だという。
「教室?」
おれがそう聞くと、リンくんはこう答えた。
「そう、教室。神さまから教えを請う、教室。お導きを受ける、教室。」
床と椅子以外触ってはいけません、とガイドさんから口酸っぱく言われていた、その堂内。「奈留島世界遺産ガイダンスセンター」でレプリカを見てきた木目を手書きされた柱はもちろんのこと、壁にはリアルな彫り跡が見て取れる。
彫り跡、と言っては聞こえがいいかもしれないが、子供の落書きのような、無邪気な文字群。名前?数字?なんだろう?
ガイドさんによれば、「教会の隣には小学校があったんです。その生徒たちの落書きかもしれませんね」と。
そう。
狭い、それは狭い江上の入り江に、タブノキの枝々に隠れるようにして建てられた木造の教会と、その隣には小学校が併設されていた。1908年に開校したという歴史ある江上小学校は集落のシンボルとして長らく存在していたけれども、少子化の影響を受け、江上小学校は廃校となりその建物も撤去されて久しいそうだ。




小学校跡地の近くには、世界文化遺産を記念する碑が建てられていた。



リンくんが憧れだと言っていた、歴史の詰まった江上天主堂。
本当に、この土地の空気を吸い、お堂の内側に蓄積された代々の信徒たちの思いを、少なからず受け止めることができた。
「ありがとうございました。」
そうおれは手を合わせて、目を閉じ、頭を垂れて、この江上天主堂と周辺集落の有する歴史の重みに、敬意を表したいと思った。
神さま、彼らを代々お守りくださり、ありがとうございます。
また、この令和の世において、わたしのような小さきクマと出会わせてくださり、ありがとうございます。
これまでのように・・・いやこれまで以上に、この江上集落の、いや、世界の人々の、祈りを見守り続ける家、そして教室であり続けて欲しい。
おれはこの江上天主堂に来てみて、ニンゲンたちにこんなにも寄り添い続けてくださる神さまに、心から御礼を言いたいと思った。
ありがとうございます。
江上天主堂 五島の島たび 五島市観光サイト
https://goto.nagasaki-tabinet.com/junrei/696
「⑪江上天主堂とその周辺(五島市) 奈留島の江上集落 ひそかな信仰の終焉」長崎新聞
https://www.nagasaki-np.co.jp/kijis/?kijiid=337040636045444193
福江島へトンボ返り

短い、それはそれは短い奈留島の旅も、もう終盤。最終便のフェリーで福江港に戻らなくてはならないのだ。
この「五島列島キリシタン物語 奈留島編」は3時間半ほどの短い半日日帰りツアーなのだけれど、あまりに内容が濃すぎて、めまぐるしくて、興奮しっぱなし。いや、消化しきれないほどだった。 往路復路のフェリーで計1時間半かかることを思えば、観光スポットを回るツアーとしては2時間ほど。正直、アッ・・・・!という間だった。
でもね。よくわかったこと。
「おれ、奈留島へまた来たいぞ!もっともっともーっと、ゆっくりと奈留島を見て回りたい!」
そういう確信を持つことができた。
ジャンボタクシーの運転手さんのTさんは、最後の最後まで、手を振って笑顔でツアー客一行をお見送りしてくださった。もしもまた奈留島に来ることができたら、Tさんをご指名して、島内をゆっくりと回ってもらおうと思う。

「バイバイ、奈留島。こんなにアッサリとお別れしたくないよ。おれ、もっとこの島のことを知りたい!」
そう思える、すばらしい土地だったんだ。奈留島に興味を持ったのは江上天主堂がきっかけだったけれども、それ以外にも素敵な場所がいくつもあるという。
「また来るぜ!」
おれはそう言い残して、大きく手を振った。
「まったなー!奈留島!」と。




たった半日の奈留島滞在。
駆け足ではあったけれど、それでもとても素敵な場所で、思い出深い経験をさせてもらったんだ。
「えっへん!おれ、世界遺産を見に行ってきたんだぜ!」というミーハー心もゼロではないにしてもね。
こうやって五島の教会群を巡ってみて、感じたこと。
それぞれの教会が建てられたその当時の人々、つまり今から遡れば、祖先の思いを受け継いで、現在でも祈りを捧げて大事に教会を守り続ける信徒のみなさんの気持ち。例えば、江上教会堂に所属する信徒は現在はたったひとり。また、専任の神父さんはおらず、奈留教会から月に一度、ミサをしに訪問しているらしい。
扉と扉のすき間からひと筋の光がうっすらと差し込むような、そのくらいの細々とした規模であっても、信仰の光は決して途絶えない。そういった、確固たる強さを感じることができた。
おれはたった半日くらい観光しただけで、わかったような口を聞くなと言われてしまうかも知れない。おこがましいと思われるかもしれないけれど、それでも、この土地が好きになってしまったから、少しでも理解をして、寄り添えるような、そんな思慮深いクマになりたいと思うんだ。
そのためにできること。
おれは、おれの日々を、大切に暮らしていこうと思う。
そしておれの周りにいてくれる仲間たち、ニンゲンたちに、怒りや悲しみではなく、笑顔で接しよう。
そう。ひとことでいえば・・・
平和。
平和、大事よ。
そう、ココロから思わせてくれる、素晴らしいイチニチだった。
奈留島、ありがとうございました。
必ず、また行くからな!
(その5に続く)
ころすけ
▼おれらが参加した奈留島ツアーはコチラ▼
「五島列島キリシタン物語 奈留島編」 五島市観光協会
https://goto.nagasaki-tabinet.com/tour/80092
福江島と奈留島の往復フェリー(定期船)と奈留島内でのクルマ移動(ツアー単位での貸切タクシー)、入館料やガイド代も全部含めて、半日のコースが12,000円(税込)/人(2026年2月時点)
福江島宿泊なら、身一つで半日で行って帰ってこられる。とても満足度は高いよ!
ちなみに、久賀島編もあります
また五島に行ける際にはぜひコチラも行ってみたい
▼「ころすけの旅日記(五島&長崎編)」その1~3 はコチラ▼
「離島に初上陸 福江島 — ころすけの旅日記(五島&長崎編)その1」
https://bobingreen.com/2026/03/01/19653/
「空海さんの足跡を訪ねて — ころすけの旅日記(五島&長崎編)その2」
https://bobingreen.com/2026/03/06/20064/
「キリシタンとは何ぞや?長崎の教会群を巡る旅【①五島市 福江島】 — ころすけの旅日記(五島&長崎編)その3」
https://bobingreen.com/2026/03/13/20261/
遠藤周作『沈黙』新潮社、1966年
https://www.shinchosha.co.jp/book/112315
おまけ。
ひろさちや先生(宗教哲学者)の本でとっても読みやすいものはコチラ
ひろさちや『世界の宗教がわかる本』PHP研究所、2003年
https://www.php.co.jp/books/detail.php?isbn=978-4-569-62497-6

0
1件のコメント