ゲージュツガクブ 夏の遠足
プシュぅー
カラフルなラッピングをほどこした、小さなバス。
扉が閉まったかと思うと、すぐに発車した。
ココは京成佐倉駅、朝の8時50分。送迎バスの始発なの。
車内には、3組だけ。
おひとりさまの、ちょっとオシャレな格好をした手ぶらのオニーサン。
これまたおひとりさまの、アウトドアハットをかぶってリュックを背負ったオジイサン。
それから、わたしたち。すずちゃんと一緒にトートバッグに入って引率のリンくんとケンイツエンチョーと一緒に、乗り込んだの。
こんにちわーに!アザラシのフクだよ。
今日はね、オハナ学園ゲージュツガクブ(芸術学部)のプチ遠足なんだよ。
オハナ学園っていうのは、ケンイツエンチョーが園長を務める、我がオハナ(家族)のための学校だよ。オハナ学園では、ニッポンの義務教育なんて関係なくってね。毎日の遊び、生活が、ぜぇんぶ授業なんだ。ちゃんと給食もあるしね、お昼寝の時間もあるよ。それから、屋外学習がとっても楽しいんだ!例えば、野鳥や虫を探しに行ったり(理科)、社寺仏閣にお参りしたり(社会)、スポーツ観戦したり(体育)ね。
そぉんな野外学習のひとつ、今日は、ゲージュツガクブ(芸術学部)の授業で、隣町まで遠足に行くんだって!
「ねぇねぇ、リンくーん、ドコ向かってるの?」
すいているバスの車内、スルスルーっとリンくんの座席のお隣に座って、聞いてみる。
「美術館だよ。DIC川村記念美術館ってところ。」
「フーン?ディーアイシィー?の美術館?」
「DICっていう会社がやってる私設の美術館だよ。とってもキレイな庭園があるんだって。それから、有名な画家さんの絵を所蔵してるらしいよ。モネ、とか、ピカソ、とかシャガール、とか。レンブラント、とか。」
「フーン・・・?あ!ピカソは知ってるもん!フク、箱根で見たよ!ね?」
「あ、良かったぁ覚えてたね。そうそう、箱根彫刻の森美術館でピカソ館へ行ったよね。今日、お気に入りがひとつでも見つかるといいね。」
「うんっ!楽しみ!」
(箱根彫刻の森美術館へ遊びに行ったお話はコチラ → 「ゲージュツガクブの課外授業(前編)」)
JR佐倉駅のロータリーを経由すると、追加で数人乗り込んできた。ここから20分くらい、走るんだって。
駅前を離れ、だんだんと市街地から田舎町へと景色が変わってゆく。
窓の外にはノンビリとした空気が流れている。田んぼ、田んぼ、田んぼ。途中でシラサギが飛んでゆくのが見えた。
かと思えば、Qから始まるテレビ通販会社の大きな事務所が見えてきて、広大な駐車場にはクルマがたくさん停まっていて、ちょっとびっくりした。
バスの空調はしっかり効いているけれど、リンくんを見上げると汗が止まらない様子。ひとりでアチィアチィとパタパタやっているの。
国道51号、佐倉街道を鋭角に左折すると、細い道に入る。似つかわしくない大型車が対面からやってきて、カーブミラーをたたんで窮屈そうにすれ違っていった。
「DIC株式会社 総合研究所 / DIC川村記念美術館」と書かれた看板を右折すると、ものすごい巨大な施設のエントランスが見えてきた。
プシュぅー
「お待たせいたしました、到着しました。」
路線バスじゃないから、運転手さんは言葉少なめだ。無料送迎バスだから運賃を払うこともないのだけれど、アリガトウゴザイマシター、と運転手さんにお礼を言って、降りた。
美しく整備されたロータリーと丁寧に手入れされた植え込み。そこには、白い文字で「DIC川村記念美術館」とあった。
向こう側には広い駐車場があって、土曜日だというのに意外とクルマが停まっている。美術館のオープンは9時半、始発の送迎バスに乗ってきたわたしたちと同じくらいのタイミングでこんなにも人が来ているはずもないなぁ、と思ったら、すぐに理由がわかった。
ココ、DIC川村記念美術館は、DIC株式会社(旧・大日本インキ化学工業株式会社)の総合研究所に併設していて、きっと土曜日でも研究所へオシゴトに来ている人たちがいるのだろうと思う。そういえば、JR佐倉駅から乗ってきたオニーサンのひとりは、手慣れた感じでバスに乗り込み、コンビニのお弁当が入ったビニール袋をぶら下げていて、なんで美術館へ行くのにお弁当持ってるんだろう?って不思議に思ったんだ。だけれど、そういうことだったんだなぁって納得した。きっと研究者さんなんだね。
入口でチケットを買ってからまだオープンまで10分くらいあったから、美術館の周りをちょっと散策してみたんだ。とっても広いとは聞いていたけれど、ホントにおどろき!美しく刈られた青々としたフサフサの芝生の向こうにでぇっかい池が広がっている。まるでテレビで見る海外のゴルフ場みたいなのだ。
「アァー!!!鳥さん、発見!発見!」
すずちゃんがコーフンしてるの。
「ドコ?ドコ?フクも見たいぃ!」
「フクぅ、あそこだよ!ホラッ!ハクチョウさんが二羽。それから、アオサギさんもいるよっ!うわぁ!」
真夏の強い日差しがキラキラと降り注ぐ池では、ノンビリとカルガモたちが遊び、大きな日陰を作る木々の下では、アオサギがキョロキョロと周りを見回していた。
「すずちゃんは、鳥さんを見つけるのが上手なんだぁねー!」
わたしがすずちゃんにそう言うと、すずちゃんはとっても嬉しそうな顔で、お目めをクリクリさせて笑ってくれた。
「アハッ!だって、すず、野鳥レポーターだもぉん!」
「さっ、そろそろ行こっぜー!」
ケンイツエンチョーにうながされて、美術館の建物へ向かう。円柱状の建物の上に円すい型の屋根がポコンと乗ったような、かわいいカタチの建物。外にはいくつかの屋外彫刻があって、廃材を寄せ集めたようなフシギで無骨な作品の端で、透明な羽根をした小さなセミが擬態をしていた。
館内に入ると、美しいステンドグラスの窓が印象的だった。
「そういえば、箱根でもおっきなステンドグラスの塔に行ったよね?」
「フク、よく覚えてるねぇ!行ったね。あれとは違うけれど、キレイだねぇ。」
この美術館の館内では写真は撮れないから、しっかり目で見て、じっくり空間を味わうことに集中したの。
わたしはね、絵の描かれた詳しい時代背景や、、その画家さんの生い立ちや国のことは知らない。だけれど、これまでに知っているものをひとつひとつ思い出しながら、記憶と記憶をくっつけていくのはちょっと楽しいと思ったんだ。わたしにとって、初めての美術館は箱根彫刻の森美術館だったから、そのときに見たもの知ったことを思い出しながら、ワクワクしながら作品を眺めていった。
突然、リンくんが、アッ!と声を出した。
「わたし、この絵、見覚えがある!やっぱり、ココ来たことあったんだ。学生時代に来てね、この絵をとても気に入って、ポストカードを買って、当時の自分の部屋に飾ってたもん。」
その絵は、タテ1m以上もある、真っ白い背景の絵で、ウェーブがかった焦げ茶色のロングヘアーの女性がジィッとまっすぐ前を向いて立っている絵だった。両手は脱力してダラリと横におろし、その右手には赤いバラの花を持っている。ゴールドっぽいレース素材のドレスを着ているその描写が細かくて美しい。クールな表情に見えるけれども、もし音楽が奏でられれば、急に目に炎が宿って情熱的な踊りを踊りだしそうな、そういった雰囲気の女性だ。
「レオナール・フジタぁ!そうだった。そうだった。藤田嗣治、ほら、ネコちゃんの絵で有名な日本人だよ。」
「フーン?そうなんだね。リンくんが好きな絵なんだ?」
「そう。やっぱり好きだなぁ。再会できてよかった。多分20年ぶりとか。それくらい。」
「好きなものは、変わらないんだなぁ・・・。」
リンくんはそうつぶやきながら、わたしのことを抱っこし、フクも見てごらん、といって見せてくれた。
「フクは、好きなものをこれからひとつずつ見つけて、どんどん好きになっていけばいいからね。今はわからなくて大丈夫。人と同じものが好きじゃなくてもいいんだよ。フクの好きなものを探してね。」
「ウン。わかった。」
アンナという名のその女性に凝視されるものだから、わたしはちょっと恥ずかしくなって目をそらしてしまった。
展示室はいくつもあって、その度にいろいろな作品に出会った。リンくんが美術に詳しいわけではないけれど、知っている範囲でいろいろと教えてくれた。印象派の巨匠モネの睡蓮。シャガールの赤い太陽。後半には、幾何学模様だったり色遊びのような作品。ときどき立体作品や彫刻もあったりして、飽きずに楽しむことができたの。
常設展から企画展の最後まで全部見終えて、売店でアンナのポストカードを買って出ると、時計は11時をまわろうとしていた。帰りのバスは11時50分だから、それまでの間、再び庭園をお散歩することにした。
※参考
藤田嗣治(レオナール・フジタ)『アンナ・ド・ノアイユの肖像』、1926年
https://twitter.com/kawamura_dic/status/791202376896045056?lang=ja
8月初旬の空は、雲がモクモクと盛り上がっていて、濃厚な白の下に灰色の影を作り出しているようだった。
「あの雲、プクプクして、まるでフクみたぁーい!アハッ!」
すずちゃんはそういって、またニコッと笑った。
この真夏のひととき、わたしはあの雲みたいに、白く、まぁるく、自由に、どこへでも、どんなカタチにもなれる気がした。これから、好きなものを少しずつ知って、少しずつ自分に取り込んで、少しずつ大きくなっていくんだ。そして、それを必要としてくれるひとがいたら、そのひとのために、少しずつわけていこう。
バス待ちのラウンジのなかで、すずちゃんと今日の感想を話しながら涼んでいると、帰りのバスがやってきた。
「バス来たよー!」
「はーいっ!」
今日のゲージュツガクブの遠足は、ちょっと難しいところもあったけど、とっても楽しかったな!
DIC川村記念美術館は、ホントに施設がキレイだし贅沢な空間という感じで、ゆったりと非日常を味わうことができたよ。それからね、今日は行けなかったけれど、ステキなレストランもあったの。きっとおいしいごちそうがいっぱいあるんだろうなぁ・・・わたしは食べることが大好きなアザラシだから、次は行ってみたいな!(ヨダレ、ジュルリ。)
またいろんな美術館へ遊びに行って、ゲージュツのおベンキョーをするんだぁっ!
さぁて次はどんなところへ行けるかなぁ?楽しみ、楽しみ!
フク(鰒太郎)
DIC川村記念美術館
https://kawamura-museum.dic.co.jp/
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