朝霧のかかる朝霧高原で富士山を眺める
てぃんてぃらとん、てぃんてぃらとん、てぃんてぃらとん・・・
てぃんてぃらとん、てぃんてぃらとん、てぃんてぃらとん・・・
朝4時55分。
リンくんのスマホのアラーム音が聞こえた。機種変してまだ間もないから、なんだかまだ耳に馴染みがなくて、朝というよりは夕方の町のチャイムに似た、妙に穏やかな音色だ。
「ふぅ。」
すぐにその音が止まったかと思うと、にゅうっと何かが伸びてきておれの背中に当たった。
「あ。ボブお、おはーに。」
「ン?あ?おはーに。」
リンくんの声がして、おれは目を開ける。リンくんが伸びをしたときにおれにぶつかったようだった。
暗がりの小さな箱部屋の窓の隙間から、すでに光が射しているのを感じた。
「おお。もう明るいんだぁ。」
ライオンのボブおです。
おれらは、ゴールデンウィークの初日の朝を、愛車モビスケの中で迎えた。通称モビスケナイト、いわゆる車中泊ってやつだ。
おれは寝床からカラダを起こした。と言っても、車内の天井に取り付けたハンモックにゆらゆらと揺られているものだから、ちょっとバランスを崩すと落ちてしまいそうになる。その下で、リンくんが後部座席を倒してフラットにしたところにコルクマットを敷いて、寝袋に入って横になっている。
ケンイツエンチョーは運転席を完全に倒して毛布にくるまり、まだ寝息を立てている。
モビスケはさほど大きくないバンだけど、それぞれの寝床はちゃんと確保されているから、ぐっすり眠れてしまうのだ。
リンくんがむくっとカラダを半分起こし、窓に取り付けている黒い目隠しシェードを少しだけ外して外を確認する。
「んー???車内からだと、外、晴れてるのかどうかわからないなぁ・・・。窓、汗かいちゃってるしさ。今朝は曇ってるのかな?どうなんだろ?」
「なぁなぁリンくん。富士山、見えるかな?おれら、富士山見に来たんだぞ?」
「さぁて、どうだろか・・・。曇ってるとしたらいくら近くても見えないかもしれないしね。」
そう。おれらは、富士山を見に来たのだ。
「早朝、日の出の頃に見る富士山の姿はきっとすごく感動するに違いないよ。でっかいものを見ると、ココロにいいんだぞ。」って、ケンイツエンチョーの発案でね。思い立ったが吉日、このゴールデンウィークの前日に出発して、はるばるチーバからやって来たんだ。
おれとリンくんが小声で話していると、他のみんなも起き出してきた。
「おはーに。」
「おはーに!」
みんな口々に、朝のご挨拶タイムだ。
最後は、エンチョーを起こしにかかる。今朝のご担当は、鈴之助だ。
「エンチョォォォォ!グリグリグリグリ・・・!キョーシュクでぇーす!起きて起きてー!」
「・・・おぉ・・・すず、おはようさん。おぉー朝か!」
「うん!起きよー!」
おれらが今いるのは、静岡県富士宮市の朝霧高原というところにある、”道の駅 あさぎり高原”だ。中央道の河口湖ICを降りてから、富士急ハイランドにあっさりバイバイをし、山梨県の富士五湖をスルスルと抜け、静岡県側の富士山のふもとにやってきたってわけだ。
「そぉれにしても、昨晩はまじでビビった・・・!ドキドキして血圧めっちゃ上がったわ・・・。」
リンくんがその話題を口にする。そう、おれらが昨日河口湖ICに到着したのは19時を過ぎた頃だったか。最近では日も長くなったとはいえ、すでに暗くなっていた。ここから”道の駅 あさぎり高原”までは、下道で25kmほど。一時間ちょっとの道のりだ。
国道139号線をひたすら走る。愛車モビスケのナビは2年前ほどに載せ替えたまぁまぁ新しい子なので、なんの疑いもなく案内に従って走っていた。
・・・すると。
「約300m先を、左折です。」
「え?ココ、左折?まぁ、いいか。」
気がついたときには、モビスケのやつ、おれらを乗せて、外灯のほとんどない暗いクネクネとした山道を走っていたのだった。
「・・・。」
黙るリンくん。
何かと思ったら、そのときにナビの画面に見えた文字はこうだった。
(青木ヶ原樹海)
ハンドルを握るケンイツエンチョーが思わず声を出す。
「おおっ!ここ青木ヶ原の樹海なのか!」
「・・・ふぅ、、、気がついてしまいましたね?わたし、一足先にナビ見て気がついて、言わないようにしてた・・・。アハッ・・・!」
力なく笑うリンくん。
そこからは、この暗い暗い山道に不釣り合いな佐野元春のシティーポップなシャウトで気を紛らわしたのだった。
「リンくん、ビビってんの?」
「いや、ほら、あそこ、軽自動車停まってる、なんで???」
ひぃぃぃ。
対向車もまばら、後続車もほとんどない中、前方に暗い色の軽自動車が一台、路肩に停車しているのが見えた。・・・と思ったら、おれらのクルマが来ることがわかってか、すぐに発車し、猛スピードで駆けていってしまった。
ひぃぃぃ。
リンくんのココロの叫びがもうひとつ聞こえた。
リンくんが妙に固まるものだから、おれらは暗がりの車内の中で、すっかり黙り込んでしまったのだった。
T字路にぶつかったときには、どれだけホッとしたか・・・!交通標識を見ると、「139」の文字。
うわぁ、ショートカットして、我々は国道139号線に戻ってきていたのだった。
「モビスケの冒険心にはホントヒヤヒヤしたよぉ。真っ暗闇の樹海の山道に連れて行かれるなんて・・・!『おらおら、おれが走りを見せてやるよー。もし事前に知ってたら、こんな道走りに来ないだろ?』とか威張って言ってそう。ホント、佐野元春のシャウトに救われたドライブだったよー。」
結局我々の前で急発進した軽自動車が何者だったのかはわからずじまいだったけど。
リンくんが昨晩のそんな肝試し話を蒸し返していると、ケンイツエンチョーが、ようやく寝床(運転席だ)からカラダを起こした。
「よし、見に行くか!早朝の富士山を見に来たんだからな!」
「行ーくぅうう!!!」
「待ってましたぁ―!れっつごー!」
スライドドアを開けると、目の前にバァっと景色が開けた。車中泊の朝はいつもそうだけれど、しばらく目が慣れるまで眩しさを感じて、目の奥がちょっとチカチカするのだ。
遠くにうっすら雲にかかった稜線が見える・・・気がする。いや、本当にうっすらなのだ。グングンと動き続ける雲に見え隠れするそれは、間違いなく富士山のものだ。だけれども、果たして頭頂部まではっきりとひと筆に繋げてくれるものだろうか?
せっかくチーバからはるばるドライブしてやってきたのだから、是非とも見たいものだけれど。おれは期待を胸に、リンくんの腕に抱っこされて、道の駅に隣接している、展望台のほうへと向かった。
時計を見ると、5時16分。日の出は4時57分だったらしいから、これからグングンと日が昇ってくるタイミングだ。展望台は、台というよりは広場のようになっていて、草原が広がっている。その向こうにドーンと見えるのが、富士山、のはずなのだけども。その姿は、今はまだほとんど雲の中に隠れていて、時折、チラリ、チラリ、と足元が見える程度だ。まるで、スリット入りのロングスカートをはいたその足元が風に揺られてふぅわりと脚の曲線を魅せる、そんなような感じだ。
「あうーん。雲間にすこぉしだけ見えるけどね。ちょっと待ってたら雲、切れるかなぁ?どうかな???」
カシャ、カシャ、カシャカシャ
リンくんは首からカメラを2台と、スマホを1台、ぶら下げている。まだ富士山の姿はハッキリと判別できないけれど、何度もシャッターを切っている。
「いまね、露出とかホワイトバランスとか、設定中。ンー。でもどんどん光の量も変わるから、難しぃ―!!!」
パシャ・・・パシャ!パシャパシャ
一生懸命リンくんがシャッターを押しまくってる後ろから、オジサマの声がした。振り向くと、おれらと同じように、早朝の富士山を見にやってきたらしいシニアカップルが目に入った。周囲には何組かのニンゲンたちが、同じようにカメラを構えて富士山の方向を向いている。
オジサマいわく。
「朝によく霧がかかるから、ココ、朝霧高原っていうんだよね。」
・・・ほぅ!
そっか。
妙におれは納得してしまった。そのオジサマの言うことの真偽はわからない。けれど、朝霧高原がその名の通りなのであれば、ここまでやってきて眺めている、今目の前のうっすらと雲のかかる富士山の姿は、十分にその様子を見せてくれているのかもしれない。
結局、リンくんは200枚以上の似たような写真を撮りまくった。
「ボブおと富士山、撮りたいんだもん。」
おれは辛抱強く、そのリクエストに答えるべく、ちょっと肌寒いなか、頑張って撮影のモデルを続け、富士山におしりを向け続けたのだった。
「おれだって、ちゃんと富士山眺めたいよ・・・。」
「うふふ、そうだよね。じゃ、最後は、一緒に富士山の方向いて、眺めようね。」
ふぅ。ジィー。
富士山はニッポンイチの山。これまでにもいろいろな場所から見たことはあったのだけれどね、富士山を眺めるためだけに出かけたのは、今回が初めてだった。
富士山のふもとの朝霧高原は、朝に霧がかるその雲間の富士山の姿に特徴があって、きっとここだけの場所に違いない。そう思った。
「ちょっとさ、なんか嬉しいよね。」
おれがつぶやくと、リンくんは返事の代わりに、最後のシャッターを押したのだった。
カシャ。
うぅ。後ろ姿まで撮られていた。
道の駅の駐車場で待っているモビスケの前まで戻る。
車中泊用のシェードを外したり倒していたシートを戻したり、と一連の撤収作業を終えてから、ホットコーヒー買いに行ってくるねと言って、エンチョーとリンくんが再度車外へ出ていった。
ふと、展望台の方向を振り返ると、なんと晴れ間が射してきていた。
「うわ!晴れてきた。今なら富士山のアタマ、見えるよ。なんか、ちょっとだけ綿ぼうしかぶってるみたいだけど。」
「もっかい展望台、見に行く?どうする?」
「いや、早朝のうちに、その姿を見られたから。これでさ、ササッと帰るほうが、我が家らしくて、いいじゃない。」
うふふ。うふふ。そう、大満足。
おれは、朝霧のかかる朝霧高原で富士山を眺めたのだ。大満足だよ。
帰り道は国道139号線をひたすら戻ることにした。
朝だから大丈夫だよ、怖くないよ、とリンくんに言ってみたけれど、それとは関係なく、モビスケのナビは、知らぬ顔で139号線のまっすぐの道を案内していた。
途中、窓の外には、スッキリと晴れた富士山の稜線が見える。
「うわぁー。今かぁ!今、晴れたねぇ。」
途中、富士五湖のひとつ、本栖湖の看板が見える。
まだ朝の8時だというのに、妙にクルマが多く、どうやら駐車場待ちの行列ができている。
「ンー?なんだろ?イベントか何かかな?ゴールデンウィークだもんねぇ!」
そんなことを呑気に話していたら。
「え???あ?ここなんだ!!!富士芝桜まつり。本栖湖リゾートだって。テレビでやってた有名なところだね。だからかぁー!こんな朝早くからもう駐車場埋まってるんだね。」
「寄りたい?」
「ううん、行かない。」
「ふふ、だよね。さ、みんな、チーバへ帰ろー!」
我が家は人の居ぬ間に活動して、さっさと帰るのがお決まりなのだ。
だって、おれ、ライオンだもの。ライオンがゴールデンウィークの観光地で遊んでたら、注目されちゃうでしょ?
フハッ!!!
さ、チーバへ帰ろう!連休は今日始まったばかりだよ!
ボブお
道の駅 あさぎり高原 (静岡県富士宮市)
https://www.asagiri-kogen.com/
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