春雨を聞き、過ぎるを待つ
ブゥーッブゥーッ
ブゥーッブゥーッ
ブッブッ・・・ブッブブッ・・・
「ンー。なんだぁ?うるさいな。」
リンくんのスマホのプッシュ通知が鳴り続けている。
「あぁ・・・雨雲レーダーだ。朝、天気予報で言ってた通りだね。うわぁ、33mm予報。やば。」
ブゥーッブゥーッ
ブゥーッブゥーッ
ブッブッ・・・ブッブブッ・・・
ふぅ。
ボブおです。
おれは、コーヒーのおかわりをしに台所へ行くリンくんを、いつものソファの上から見送る。
「むぅ。雨が降るのかぁ。」
「そうみたいね。」
ストン。
カラカラッ・・・ファサッ・・・ファサッ・・・カラカラッ。
ちょっぽちょっぽちょっぽちょっぽ・・・
ンキュ。・・・トン。
リンくんは、コーヒーカップにインスタントコーヒーの粉を2スプーン入れて、ポットからお湯を注ぐ。
最近では家の中でもキャンプ用のサーモスを使うようになった。雪山とかでも高い保温性能を誇るとかいう、我が家には明らかにオーバースペックのやつだ。フタをクルクルとまわして緩めてからお湯を注ぐタイプで、お湯の出がチョロチョロと少なく、その音もちょっとダサい。
リンくん、これまではコーヒーを淹れるたびに電気ポットで一杯分のお湯を沸かしていたけれど、この頃の電力料金の値上がりのことも考えて、朝のうちに一気にお湯を沸かして保温ボトルから一日かけて使うスタイルに切り替えたらしい。
ふぅわん、とコーヒーの香りが漂ってきた。
おれはリンくんほどにはガバガバコーヒーを飲まないけれど、お茶よりは断然コーヒー党。結構、好きな方だ。
ディスカウントスーパーのやっすいインスタントコーヒーで、十分。この香りが無くちゃ、朝という感じがしない。
カタカタカタカタ・・・
タンッ・・・
カタカタカタカタ・・・
タンッ・・・
今日のおれの耳は、なんだか敏感なようだ。
となりの部屋から聞こえるリンくんのキーボードのタイプ音も、いつもより響いてくる感じがする。リンくんのタンッ!(Enterキーを叩く音だ)はたぶん、普段から人より大きいのだけれど、今日のそれは、ひときわ甲高く、カンッ!に聞こえるような気もする。
カタカタカタカタ・・・
カンッ・・・!
カンカンッ・・・!
ハァ・・・。今日のおれの耳は、やはり、敏感なようだ。
ちょっと、つかれる。
ブゥーッ!ブッブッ!ブブッ!
ブブッ!ブブッ!ブブッ!
仕方ないのかもしれないけどさ、そのプッシュ通知を切らないのなら、せめてクッションとかさ、柔らかいところの上にスマホを置いてほしいのよ。食卓の木のテーブルの上に放置するものだから、響きわたって仕方がない。
でも今日のおれは、リンくんにそうやって言う気にもなれないから、ただ、黙っている。
なんだか、気だるいのだ。こんな日は大好きなモーフをかぶってゴロゴロするに限る。
ハタハタハタハタ・・・
ハタハタハタハタ・・・
パタパタパタパタパタパタパタパタ・・・
どうやら、雨雲がシゴトを始めたようだ。
コツコツコツコツとコゲラが木を突くような高速のリズムで、我が家の窓ガラスを叩く。
おかげさまで、昨年末の団地の修繕工事により、窓とサッシは新品、しかも断熱性能に優れる二重ガラスってやつに変わっている。(去年の今頃はサッシがガタついてやばかったのだが、もう解決したことなので、今日はその話は割愛しよう。気になる人はこちらを読んでくれよな。「ライオンの深呼吸」)
雨風による振動にもずいぶんと強くなったから、以前に比べれば、窓ガラスを叩くその音も、恐怖心をあおるほどではなくなった。
部屋の中で守られてるなぁっていう安心感を感じつつ、窓の外を見やると、あぁ、右斜め45度の直線が、隙間なく、おびただしい本数、走りまくっていた。その先端が、うちの窓ガラスに突き刺さっている。水滴が粒に見えない。ただただ、水流となって、ガラス一枚(いや二重ガラスだから二枚か?)向こうで、地へと落ちてゆくのだ。
「うわっ!雨強ッ。」
気がつくと、リンくんも、パソコンの前から立っておれの横にやってきた。
「うん。」
おれはうなずき、一緒に窓の外をしばらく眺めていた。
シャァーっ・・・!
団地横の道路を、豪快な水しぶきを跳ね上げて通り過ぎていくクルマ。
その直後を、黒いボックス型のバックパックを背負った高校生の自転車が、二台、追いかけていった。
「ありゃー、大変。風邪引くよ。」
「うん。」
リンくんの発するコトバのひとつひとつに、相手をする余裕はなかった。
雨脚は依然強く、窓ガラスを打つ音、みどりテラス(うちのベランダのことだ)のコンクリートに当たる音、クルマの跳ね上げる水しぶきの音、それから、雨どいを流れる音、いろいろな種類の水の音が高低さまざまに混ざり合い、おれの脳内をぐるぐると流れゆく。
ピィッ!ピィッ!
ピィィィヨッ!
ン?笛の音?いや、ヒヨドリだ。こんな雨の中でも、キィキィとヒステリックに叫ぶ声が混じる。
ヒヨドリよ、すまん、おれは決して君らがキライなわけじゃないよ、むしろ鳥さんたちとは仲良くしたいんだ。
でもね。
春だよ、春だよ、春だよ、春なんだってば、ねぇ、春なんだよぉ。
そういう強いアピールはいまはやめて。今日のおれはなんだか受け止めきれなくて。ちょっとばかし、ココロが重たいんだ。
雨は、いつ、止むのかな。
朝眺めていたテレビの天気予報では、夕方くらいには雨は止み、その代わりに北風が優勢になって、夜は冷え込むんだと言っていたけれど。
その時分になったら、リンくんが晩メシの買い出しに出かけると言い出すだろう。そしたら、おれのカラダはきっと食欲が出ていて、ココロも元気になっているに違いない。
それまでは、目と耳を閉じて静かにしていたい。
春の、午睡の時間。春雨の過ぎるを、じっと待つのだ。
この雨雲が立ち去れば、ソメイヨシノは一輪の花を咲かせ、ホケキヨとうぐいすがひとつ鳴くだろうと思う。
春本番はすぐ目の前だ。
いつもの毛玉じみたモーフと、隣で眠る弟ボブぞの寝息が、暖かくて心地よい。
アタマの中をぐるぐると渦を巻く水流を追い払って、眠ることにする。
おやすみなさい。
ボブお
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