やっちのハートと北風小僧の空
「きゃぁー!やっちー!カワイイぃぃぃ!」
どこからともなく、聞こえてくる声。
スマホを構えて写真を撮っているのは、ほとんどがちびっこ連れのママさんだ。そのなかに混じる、ライオンのわたしとリンくん。なんなら、リンくんはどこから出したのか、ミラーレス一眼を手にしている。
ステージにどんどん近づいて、気がついたら、寒空の中、最前列にいた。
こんにちわーに!ライオンのボブこよ。
あのね、やっちに会いに、八千代台へやって来たよ。
“やっち”っていうのはね、チーバ県八千代市のイメージキャラクターのお名前なの。
まぁるいお顔に大きなお目々、カラダはきれいなブルーグリーンで、ピョコッと三角お耳。ちょっと上目づかいな感じが愛くるしい!わたし、やっちに会うのは初めてだから、とってもワクワク!
バレンタインデーの朝のこと。
「ねぇねぇ、ボブこさん。今日、買い物に出かけるじゃない?用事済んだらさ、そんで、もし晴れてたらさ、八千代台にも寄ろうよ。」
「ン?いいけど?なんで、晴れてたら、なの?」
今日はね、リンくんと買い物に出かける予定にしていたのね。バレンタインのプレゼントを買って、もろもろ用事済ませたら、女子会ランチして。その後は、バレンタインディナーの準備のためにまっすぐおうちに帰るのかと思ってたら、そんな話だったからちょっとびっくりした。
「今日ね、ユアエルムにやっちが来るらしい!ダイヤモンド富士を見るイベントがあるんだって、そこに来るらしいよ!」
「ひゃぁ!行く行く!」
京成八千代台駅に直結している商業施設、ユアエルム。
その屋上駐車場で、ダイヤモンド富士の鑑賞会が開催されるっていう情報を見つけたのは、つい数日前のことだった。リンくんは、密かに参加する心づもりでいたらしいの。どおりで、ミラーレス一眼を充電してたのね、と後から判明した。
「ねぇ、リンくん。わたし、ダイヤモンド富士って見たことないなぁ、ダイヤモンドっていうくらいだから、この世でいちばん固くて美しく輝く宝石のことでしょ。すごくきれいなんでしょうねぇ!わたし、ダイヤモンド富士、見てみたいな!」
「ボブこさん、実は私もダイヤモンド富士、見たことないんだよね。写真とか映像はあるけどさ。八千代台から見られるなんて知らなかった!そもそも富士山が見えることを知らなかったし。」
「それもそうだけどさ、まずは、やっちに会いたいな!」
「そうね!会いに行こう、会いに行こう!」
そんなことで、わたしはいま、リンくんに抱っこされて、吹きっさらしのビルの屋上で、広い空をあおいでいる。雲は、多めで、ところどころに青い部分も見えるけれど、なんだか心もとない程度だ。
なにより、風が強くて、わたしのカラフルなたてがみはぐちゃぐちゃ。リンくんはかぶっていた黒いキャップが飛ばされそうになったものだから、仕方なく脱いで、その代わりダウンコートのフードで雪ん子スタイル。
周りを見ると、大人も子供も、おばあちゃんもおじいちゃんも、みんな似たような格好で、北風小僧の寒太郎と戦っている。ヒュルルンどころか、ゴウゴウと低い轟音が鳴り響き、まるでメタル調だ。
(ゴォオオオオオッ!ゴォオオオオオッ!)
司会者のお姉さんの声に、風のうなる音がマイクに混じる。
ダイヤモンド富士のしくみを解説してくれる星空案内人のお兄さんも、風に飛ばされそうになりながらも、一生懸命だ。
「12月の冬至を挟んで、約50日前後の年2回、このユアエルムからダイヤモンド富士を見られるチャンスがあるんです。・・・。(ゴォオオオオオッ!)」
北風小僧と戦う兄さんの横で、のほーん、とする、やっち。
多分、あったかいんだと・・・思う。寒そうなそぶりもなく、キョトンと左上を見上げている。
「ンンンー!やっち、カワイイねぇ。」
「あっ!やっち、羽根パタパタしてるぅ。フクロウっぽい?」
「へぇ、やっち、後ろ姿もキュート!しっぽ、白いんだぁ。」
わたしはリンくんとやっちの一挙手一投足を眺めてきゃあきゃあ騒いだ。リンくんは手袋の指でシャッターを押しまくる。
「こんな北風の中、スマホじゃ無理、無理。カメラ持ってきてよかったぁ。」
フーン。準備万端ってわけね。
夕方5時11分。運命のダイヤモンド富士の予定時刻。
・・・・・。結果は・・・残念・・・!
ダイヤモンド富士は出現しなかった。でもね、ほんのうっすらだけれど、富士山のふもとの稜線は見えたよ。
星空案内人のお兄さんが言ってた。
「ココロのきれいな人には見えるみたいですよ!」
ウフフ。じゃぁ、わたしは、ココロのきれいなライオンかしらね?
イベントも終盤。周囲を見回すと、みんなくちぐちに、見えなかったねぇ、残念だったねぇ、冷えるねぇ、と言ってエレベーターホールの方へと移動していく。
「今からやっちと撮影できまーす!」
待っていたわ!この時を。ちびっこたちの波がおさまるまで、しばらく広い空を眺めていた。
(ゴォオオオオオッ!ゴォオオオオオッ!)
フェンス越しに、ひとつひとつ、ランドマークを確認する。
雲取山、スカイツリー、東京タワー。そして、富士山を想像する。
「今日は富士山見られなかったのは残念だけど、ココから景色眺めるのはいいね。」
「そうね、また来ようか。ニーさんやボブぞや、みんなと一緒にね。」
ステージを横目に見ると、もう人だかりはなかった。手持ちぶさたそうになったやっちにスゥっと近寄って、お願いした。
「一緒に、写真お願いします!」
やっちはローズ色のハートを手に、上目づかいでわたしをあたたかく迎え入れてくれた。
「やっち、カワイイぃー!!!アリガトなの!」
これから夕やみがやってくる。
もっと晴れていたら、ここから眺める星空も美しいのだそうだ。今宵は金星や海王星が見られるはずなのだという。広い空をもう一度見上げると、北風小僧が雲も運んできて、星たちを隠してしまっていた。
寒い日だけど、今夜は、ほっこりバレンタインデー。
やっちからもらったあったかいハートを胸に、ちょっとシアワセな気持ちだよ。
さ、おうちに帰って、みんなであったかくして過ごそうね。
ハッピーバレンタイン!
ボブこ
やっちのプロフィール(千葉県八千代市公式ホームページ内)
https://www.city.yachiyo.chiba.jp/21000/page100026.html
やっち(Official)Twitter: @yachiyo_yacchi
きたかぜこぞうの かんたろう
作詞: 井出隆夫 作曲: 福田和禾子「北風小僧の寒太郎」
くちぶえ ふきふきひとりたび
ヒューン ヒューン
ヒュルルンルンルンルン
さむうござんす ヒュルルルルルルン
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