鈴之助のくらげはじめ 2023
バルバルバルバル
バルバルバルバル
グォーーーーーォーーーーー
グォーーーーーォーーーーー
あちこちから聞こえるプロペラさんたちのうなる音。
この日ばかりは、鳥たちも、虫たちも、息をひそめている。カラスの一匹さえ、鳴いていない。
空は真っ青で、雲はほとんど見あたらない、快晴。
おどろくほどに風もないから、正月が明けたばかりの真冬だというのに、みどりテラスは、温室さながらにぽかぽかとしている。
「いよぉっっっ!今年もやってまいりましたっ!バルバルくらげはじめ。このみどりテラスの新年の風物詩なんだよー!」
ボブぞオヤビンが、リンくんのサングラスをかけて、さっきからさわいでる。
こんにちわーに。ウサギのすずだよっ。
すずね、みどりテラスで、みんなと一緒にお空を眺めてるんだ。
バタバタバタバタバタバタバタバタ
バルバルバルバルバルバルバルバル
すずの大きなお耳に、ひっきりなしにすごい音がアッチコッチから鳴り響いているの。
「おーやびーん、これはなんの音だぁー???」
「まぁまぁ、すず、見てなって。」
リンくんにアウトドア用のいすを出してもらって、クッションとモーフも用意してもらって、みんなで、みどりテラスのトクトーセキ(特等席)に座る。
みどりテラスとは、広大な団地の中にある、我がボブ家の暮らす部屋の、ベランダのことだ。
リンくんはというと、くすみピンクのでっかいスウェットに、もうすり切れてきてる裏起毛のついてる灰色のレギンス、という部屋着姿そのまんま。からし色のぶあつい防寒用の靴下は、毛玉だらけだ。そこにベランダ用の水色のビーサンをつっかけているものだから、ださいこと、この上ない。首にはスマホとカメラを二台体制でぶら下げて、日よけの黒いキャップとサングラスを頭にのせている。
「・・・・(アッアッ!どぉもぉ・・・!)」
急にリンくんが頭をペコペコしはじめた。
いつもだったらベランダに顔を出さない、右隣の棟の、やはり角部屋に暮らすおばあちゃんが様子を見に来たらしく、目が合ってしまって、リンくんってば、はにかんでる。
あわててサングラスを取って、軽く頭を下げた格好だ。
「リンくん、意外とニンゲンっぽいことできるんじゃん。」
「焦るわぁ、ほんと・・・。」
カミ(ボブお)が、リンくんにツッコミを入れる。
実はちょうどその時、すずもプロペラさんに合わせてバタバタバタバタって遊んでいたから、もしかしたらおばあちゃんに見られちゃったかも!ってびっくりしたぁぁぁ。
ガンガンっ!ガンガンっ!ガンガンっ!
「何の音!???」
今日はアッチコッチから音が鳴り響いているから、近くの音なのか遠くの音なのか、まったく判別がつかない。
ガンガンっ!ガンガンっ!ガンガンっ!
振動が伝わってくる金属音だ。
ふと左を見ると、マスクをした白髪のおばあちゃんが、コッチに向かって手すりを叩きながら、手をこまねいていた。
右隣の棟の次は、左隣だ。
左隣の部屋に住むおばあちゃんが、ベランダのフェンス越しに顔を出してきて、リンくんを呼んでいる。
「えっ?」
またしてもびっくりしたリンくん。今度もあわててサングラスを外して会釈してみたけれど、それではおばあちゃん、引き下がらない。何か、リンくんに話しかけているみたいなの。
すず、リンくんに抱っこしてもらってお写真撮ってたのに、あわてふためいたリンくんにポイッといすに座らされた。
「はにゃ?ナンダナンダ?オヤビン、何が起きてるんだろ?」
「久しぶりのコーカクンレンハジメだから、団地内の他のお部屋のみんなもおどろいて、様子を見てるんだよ。」
「コーカクンレンハジメ?」
「そう。降下訓練始め。これから、くらげさんがいっぱい降りてくるよ。」
「くらげさぁーん!いっぱーい!」
リンくん、おばあちゃんとしばし話してから、なにやらを手に持って、戻ってきた。
何を話していたのか、すずのところまではわからない。どんなに耳の大きいすずでもね、このプロペラのバルバル音にかき消されて、まったく聞こえなかった。
「さつまあげ。もらった。」
「は???」
「さつまあげ。なんでもらったのかは、私もわからない。おばあちゃん、マスクしてたし、プロペラの音で、全然何言ってるか、聞こえなかった。」
今日は不思議なことが起きるものだ。
リンくん、ベランダごしにお隣さんのおばあちゃんに、冷凍のさつまあげもらってきたとのことだった。今晩のおつまみになるんだと、思う。
「ちょっと冷凍庫にしまってくるね。」
戻ってきたリンくんの手には、プラスチックの雑なコップに入ったレモンサワーがあった。
「はぁ・・・。フシギなことが起きるものだねぇ。カンパーイ!」
ヒコウキが、太陽の中を通過する。
その瞬間、お日さまの光がさえぎられて、眼下の道路に影を落とす。その景色は、なかなかにものものしく、ココロがざわざわする。
羽根がひとつのヘリコプター。羽根がふたつのヘリコプター。数え切れないほどの鉄のかたまりが、すずたちのいるみどりテラスの真横をバンバン通過していく。
「フーン。ねぇ、オヤビン、これが、コーカクンレンハジメ?」
「あっ!はじまったよ。」
すずがボブぞオヤビン(親分)に話しかけたところで、何かが始まった。
パラパラ パラパラ
パラパラ パラパラ
パラパラ パラパラ
パラパラ パラパラ
パラパラ パラパラ
ヒコウキから、くらげさんが舞い降りた。
「すず、くらげ降りてきたね。パラシュートってやつだよ。」
「くぅらぁげー!フゥーーーーーッ!」
真っ青な空に、つぶつぶのくらげが、舞い降りる。その数は、最大で60ほど。
「すず、吹き飛ばしちゃおー!アハッ!パタパタパタパター!」
「すずは羽根があるから、一緒にお空飛べるかもねぇ?」
「ヤーだよっ!」
「すず。みどりテラスではね、くらげは時々降ってくるんだ。それはもう、ここのひとつの景色みたいなものでさ、これからも見えることがあると思うけどね。あれはニンゲンなのさ。」
そう、オヤビンが教えてくれた。
「すずは、自由にお空を飛びたいの。すずの赤い羽根が何かに引っかかったら困るでしょ?くらげさんは海にいるくらげさんで十分じゃないかなぁって、すず、思うんだけどなぁ。」
「そっかー。すずはくらげさん、そんな好きじゃなかったか。おでは赤ちゃんのころから見てるから、おもしろいけどなー。」
なんだかオヤビンは楽しそうに見てるから、まぁ、羽根があるどうぶつとそうじゃないどうぶつの違いなのかなぁ?って思った。
アハッ。だって、すずは羽根のある飛べるウサギさんだもんねー。
ポカポカとしたお日さまのもとでのんびりひなたぼっこ。
たくさんのニンゲンくらげたちは、ゆらゆらと林の地平線に消えていった。
そのとき、みどりテラスの眼下の車道から、聞きなれた音が聞こえた。
「プゥッ!」
「あー!モビスケが、おならした!クサッ!」
「あはははは!」
「あはははは!」
「あはははは!」
それは、ケンイツエンチョーが運転する、うちの愛車”モビスケ”だった。みどりテラスでくらげ観察をするリンくんとすずたちに向かって、ひとつプイーッ!とおならを鳴らして、過ぎ去っていったのだった。
「エンチョー、おでかけだぁね。いってらっしゃーい!」
みどりテラスからみんなで大きく手を振って見送った。モビスケのおしりが見えなくなるまで、ずぅっと手を振った。ついでに赤い羽根もパタパタさせてお見送りした。
「エンチョーが帰ってきたら、みんなで遊ぼうね。おいしい晩ごはん、作ろう。」
すず、今日はみっつ、新しいことをおぼえたよ。
ひとーつ。みどりテラスのお空にはニンゲンのくらげが降るってこと。
ふたーつ。みどりテラスのお空にくらげが降る日には、両隣のおばあちゃんが出てくるってこと。
みっつ。モビスケがおならして、みんなで笑って、みどりテラスからエンチョーを見送って、エンチョー帰ってくるのを待ったらみんなでおいしいゴハンを食べることが、いちばん平和で楽しいってこと。
あー!フシギな日だったなぁ!
すず(鈴之助)
「風向き良好(くらげが空を舞う 2022」
https://bobingreen.com/2022/01/14/1533/