おひさまの色、どうぶつの気持ち
ライオンのボブぞです。
おではひなたぼっこが大好きだ。
我が家のベランダ、通称”みどりテラス”。
古びた団地の最上階角部屋のそこは、決してオシャレでもスタイリッシュでもない。窓のサッシはぎぎぎと音をたててがたつき、エアコンの室外機の金具は錆色に歪んで、使えたものじゃない。むき出しのテレビのアンテナ線が不格好にとぐろを巻き、となりの林から吹き込む土ぼこりで、床面はあっという間にザラザラになる。
それでも、このテラスには晴れた日は朝から光がたっぷりと注ぎ、とてもやさしいおひさま色の世界が広がるのだ。折りたたみのキャンプいすを出して、室内のソファのクッションを虫干ししながら、おではゴロゴロとひなたぼっこをするの。
同居しているニンゲンたちも、みどりテラスが好きだ。かたや、図書館で借りてきた古い本をめくったり、パソコンをひざに乗せてカタカタと書きものをしたり、レモンサワーを片手にただただぼんやりと風と音を感じたり。かたや、窓のサッシ掃除をしながらゆらゆらとイップクしたり、中年のオッサンらしくくわえタバコでゴルフのスイングをしたり。
とにかく、みどりテラスは、おでの、そして、我が家の最高で自由な癒やしの場所だ。
そんな無類のひなたぼっこ好きのおでだけどね、もっともっと、おひさまをいっぱい浴びられる特別な場所を見つけた。
10月の最後のドヨービ。寝起きのところを、リンくんにラチされた。
「ねーぇ。ひなたぼっこ、しにいこ?」
「ん?みどりテラス?」
「ちがうの。きょうはおでまめ(おでかけ)だから、リュック入って。」
「はへ?わざわざでかけるの?」
「そうそう。まぁまぁ、だまって入っててよ。すぐに出してあげるし、帰りにはおいしいお弁当買って帰ろう、だから、ね?」
行き先を聞く間もなく、リンくんのいつもの黒いリュックにぎゅぅと押し込められて、おでは家を出発したのだった。
みどりテラスよりも、おひさまを感じられる場所?そんなところ、ないと思っていたけれど、本当にあったんだ。
ココは、我が家からどれくらい離れたんだろうか、リンくんに言わせると、早足で1時間半くらい、歩いてきたらしい。おではずっとおとなしくリュックにこもって、ジィっとしていた。真っ黒なリンくんのリュックの中は、当然真っ暗闇だ。だから、外に出た瞬間、とてつもない光に包まれたことにびっくりした。目が慣れなくてパチパチした。
「え?ココ、どこ?」
「えーっとね。ドコっていわれても、えーっと。ギャラリー?でもないし・・・人んち。」
「は?人んち?」
「あー俗に言う、モデルハウスってやつよ。フドーサンヤサンっていう、おうちを売る人たちが、おうちを売るために作ったおうちのこと。」
「・・・んー、わかりにくいな。知ってる人んち?」
「いんや、ぜーんぜん。」
はぁ・・・リンくんはいつも言ってることが謎すぎる。
「知らない人んち来て、何してるの?」
「あのね、おうちの形したギャラリー、っていうのがいいのかな。私が以前から気になってた画家さんがモデルハウスで個展をやってるっていうからね、来てみたんだよ。おうちの中に絵画を飾るとこうなるよ、っていうのを見せてくれるんだって。ほら、ボブぞ、ちゃんと顔だしてごらんよ。きっと、気にいるよ。」
んー・・・。
おでは見慣れないその建物で、ぬぅっと上半身を出して、ぐるりとまわりを見回した。
かいだことのない特殊なニオイがして、そこには、白い壁と、大きな窓と、それから、おひさまの光をいっぱいに浴びた、どうぶつたちがいた。
わぁ・・・!
リンくんがニコニコしている横顔が見えた。窓から差し込む秋の午前の光が、おでのほっぺたの毛並みをやさしくなでていった。
陽射したっぷりの玄関を入ると、どーんといらっしゃるのがゾウさん。お花に囲まれた華やかなその目には、神々しいほどの光が溜め込まれている。ようこそ、やさしい世界へ。迎えてくれるその心がとても美しい。
靴を脱いで上がると(あくまで、リンくんが、だ。おではくつをはいていないのよ。)、そこには素晴らしく整った住居空間があった。そして、各部屋に、目を見張るほどいっぱいの光を浴びた、絵画たちが飾られていた。
ねこ。いぬ。きりん。ウミガメ。くじら。パンダ。とら。うさぎ。サルに、ペンギンに、カエル。
さまざまなどうぶつが、部屋のあちらこちらを遊び回っていた。おどろくべきことに、どんな森やどんな公園や、ましてや我が家のみどりテラスよりも、圧倒的なおひさまの光の圧力を感じた。家のなかなのにね。不思議なの。きっとこの画家さんには、おひさまの力が宿っているのだと思う。どこまでもあたたかく、包み込む光の力。おでは、大好きなみどりテラスを超える、光の暖かさを感じた。
絵を見てひなたぼっこをしたのは、本当に初めてだった。
それからね。おどろいたことに、風が見えたんだ。そう、風って、本当は見えるはずなんだよなぁ、って、おで、いつもみどりテラスでひなたぼっこをしながら考えていたんだよね。だから、このどうぶつたちの絵画のなかで、風が動いているのをちゃんと目で見ることができて、嬉しかった。
リンくんいわく、ニンゲンは風を直接目で見るのは難しいから、普段は、たんぽぽの綿毛がふわふわと飛び回ったり、枯れ葉がコンクリートの上をくるくるとおどったり、洗濯物がバタバタとあおられて跳ね回ることで、わかるのだという。それから、雨粒が当たるときの圧を肌で感じたり、どこかの晩ごはんの香りが漂ってくるその濃度で知ったり、生活音、例えば市の夕方のチャイム音の大小でわかるのだという。
そんな情緒のかけらもないリンくんにも、今日の風は優しく吹いたみたいだった。
「ほぉら、おでの言ってたこと、合ってたでしょ。」
「うん。風、見えてる。見えた。ボブぞの言ってること、わかったよ。」
ほかほかした気持ちで「人んち」の室内をゴロゴロ遊んでいると、筆の主の声がした。あごヒゲが特徴的な、ひょろりとしたニンゲンだった。ニンゲンにも、こんなにあたたかなおひさまの光が見えているということに驚いた。ここにいるたくさんのどうぶつたちがじゃれあいながら、互いを描き合いっこしているんじゃないか、そんな気持ちがしていたからだ。
「コンニチワァ。」
おではもじもじしながらごあいさつしたけれど、おでのことを普通に受け入れてくれた。
「おで、ライオンなんです。」
「あ、ホントウだ。」
おでのこと、わかるんだ。うれしい。
リンくんはそのヒゲの画伯としばらく会話をしていた。普段はひとと話すのがめっぽうニガテなくせに、今日はずいぶんスムーズだった。
リンくんとしても、何かが、すごく良かったんだと、思う。
おでらは、写真を撮ったりのんびり見回してどうぶつたちが遊ぶおひさま空間を堪能したのちに、ヒゲの画伯にありがとうをしてその場を離れた。
「来られて、良かった。」
「うん。おでも、来て、良かった。」
「あ、ボブぞもそう思うの?そりゃ、良かった。」
「うん、だって、おで、ひなたぼっこ、できたもの。ココロまでポッカポカした。」
「ポッカポカだったね。」
はっはん。知ったかぶりして。リンくんには、おでの気持ちはわかるまい。
だって、どうぶつには、どうぶつにしかわからない光があるんだからね。
最高のひなたぼっこのひとときを、ありがとうございました。すてきな秋のおひさまだったよ。
ボブぞ
くまたに たかし 画伯
Twitter: @Kumatani
※注: 本展示会の会期は終了しています↓↓↓
くまたに たかし個展「絵とくらす」(2022年10月30日 終了)
会場: エムトラスト社モデルハウス@千葉県習志野市
https://www.mtrust-obr.com/concept_house/event/1343/
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