ゲージュツガクブ、キメラに出会う

「おわぁぁぁっっっ!おっきーい!!!」

焦げ茶の重厚な木扉を入ると、回廊のある吹き抜けのホールを白く太い柱が支えている。格子の入った窓からは夏の終盤を告げる通り雨の匂いが入ってくる気がした。

千葉中央駅につくと、真っ黒い雲が間近にやってきているのが見えた。アタマの真上はまだ晴れ間があるのに、ポツリと水滴を耳に感じた。リンくんはなんの足しにもならなそうな小さな折りたたみ傘を開いて、自分の頭上ではなく、すずたちのいるトートバッグの上にかざして、ビル風にあおられながら早歩きでやってきた。

こんにちわーに!ウサギのすずこと、鈴之助です。
オハナ学園ゲージュツガクブ、夏の特別授業第2弾!
先日のDIC川村記念美術館に続いて、また美術館おさんぽにやってきたよ。
(前回の美術館さんぽはコチラ「ゲージュツガクブ 夏の遠足」

ここは、千葉市美術館。この夏にここで開催している展示のポスターがとってもインパクトがあってね、以前から気になっていたの。
その名も、三沢厚彦 ANIMALS 展。(正式名称は「三沢厚彦 ANIMALS/Multi-dimensions」)三沢厚彦さんというのは彫刻家で、樟(くすのき)を用いて等身大(かそれよりももっと大きな)の動物を彫っているんだって。この展示の告知で初めて知ったけれど、全国を巡回している人気の企画展なんだって。

そして、インパクトがあるというポスターがコチラなの!
見て!ライオン・・・さん?ン?しっぽがヘビ?あれ?それから、翼もある!

“千葉市美術館で開催中の三沢厚彦 ANIMALS展”

「コレ、ライオンさんかと思ったら、キメラだぁー!」

「き・め・ら?キラキラ?」

「キラキラじゃないよ、キメラ。えぇっと・・・、空想上の動物?ンー違うのか?いろんな動物のパーツが集まっている、ギリシャ神話の怪獣だって。」

リンくんがスマホできめら、と検索しながら薄っぺらい理解を教えてくれた。

「なんかカッコいいねぇぇぇ!すず、キメラさん、見てみたい!」

当たり前のコトかもしれないけれど、ポスターでは一方向からしか見られないでしょ?彫刻で立体で360°全部から見られるというから、すず、ワクワクドキドキ!

ではっ、いってきまぁぁぁぁぁすっ!

この千葉市美術館は、元々銀行(旧川崎銀行千葉支店)だった建物を保存して活用しているんだって。エレベーターホールにはクマさんが、そして、一階ホール内では、ペガサスさんがお出迎えしてくれたの。

“エレベーターホールではクマさんがお出迎え”

「なんかすっごくおっきいぃね?お馬さん?アレ?でも翼があるね?すずと一緒!」

“お馬さん?アレ?でも翼があるね?”

パタパタパタパタ!

ペガサスさんは天井の方を眺めて不敵な笑みをたたえているように見えた。「さぁて、いつ雨はやみますかな?雨がやんだら一緒にお出かけしましょうか。」そんなふうに、すずには思えたんだ。

“おっきぃぃぃぃ!”

撮影OKの作品は一部のみ。キメラさんとは一緒に撮影できなかったけれど、グルグルと歩き回りながら、上から下から右から左から、いろんな角度でしっかり見てきたよ。
作品には触れなければホントに間近で見られるから、ノミで彫った角張った跡をひとつひとつ確認できたよ。しかも三沢敦彦さんの作品はどれも彩色をしてあって、その色味のグラデーションや重なり、金や銀、メタリックカラーの光なんかも目の前で見られるんだ。

「ねぇねぇ、なんかこういう感じ、見たことあるね?」

「えーっと、ドコで見たっけ・・・?」

リンくんはしばらく立ち止まって考え込んでいるみたい。だけど、すずにはすぐ思い出せたよ。

「神社!ホラ、上野東照宮とか、秩父神社とか、三峯神社とか!木彫りの社殿の装飾に、鮮やかに、きらびやかに彩色しているあの感じ、似てるーぅ。」

「すずって、スゴイね。ホント、ゲージュツガクブだね。これまでに見てきたものから連想して繋げて、理解してるんだぁ!ちょっと驚いちゃった。」

「アハッ!リンくんが鈍くさいだけだよぉ。すずはたまたま思い出したものを、言っただけだよ。」

「考えてみれば、日本の伝統的な彫刻といえば、仏像だよねぇ。それから、たしかに神殿。神さまや仏さまとは切っても切り離せないのかもしれない。」

なんだかリンくんは無理やりアタマで理解をしようとしていたみたい。

「リンくん、神社巡り好きでしょ?神さまのお話とか好きでしょ?だから、きっとこのキメラさんも好きなのは当然なんじゃないかなーって、すず、思うよ?」

「すずは素直だなぁー。そうだね、そうだね。好きって思うから、好きなんだね。キメラっていうのは一般的にはギリシャ神話の怪獣だとはいうけれど、この彫刻家さんがギリシャ的なものを表現したかったかどうかとは別だよね。」

「すず、このキメラさんが好きー!うわっ!コッチ来て、背中、見てみて?」

改めて後ろに回って見てみると、そこには予期せぬ生物が埋まっていた。

「な。。。なんと。3年前に一世を風靡したあの妖怪が・・・!」

「ア・・・アマエビじゃなくって・・・。」

「リンくん、それを言うなら、アーマービーエッ!アマビエさんだよぉっ!」

「うわわわ。すずの感性の通りだね。ギリシャ神話のキメラさんに、日本の疫病退散の妖怪さんが組み込まれてるなんて。うーん、おもしろい。ホンット、おもしろいし、カッコイイ。」

サイズも存在感も圧倒的なこんな作品を前にして、残念なくらい語彙力のないリンくんだけれども、それでもね、すずが感じたキモチをようやく共有できたみたいなの。

一本の大きな丸太から、彫り出して作品を生み出すという彫刻家、三沢厚彦さん。木は御神木と呼ばれるように命が、魂が、宿っているものだと考えられているよね。そんな木を材料として、創り上げられる作品たちにはそのチカラがちゃんと残っていて、拝んだり崇められたり尊ばれたり、畏れの対象になるということは、自然と理解できるような気がした。

アマビエさんはひとつのユーモアでもあったのかもしれない。けれど、きっとノミを入れるたびに、三沢厚彦さんの願いや祈りが込められて、それがこのキメラさんとして生みだされたんだね。

「キメラさん、その翼で、どこへゆく?キメラさん、そのいくつもある目で、何を見つめているの?獅子の目、ヘビの目、それから、アマビエの目も。」

彫刻作品とこんなにじっくりと対峙して対話をしたのは初めてのことだったよ、とリンくんは美術館を出てから、ほうけた顔でつぶやいていた。

すずも、とっても楽しい時間だったな。
ゲージュツガクブは、これからもいろんな美術展へ遊びに行くよ!

まったねー!

すず(鈴之助)

“三沢厚彦 ANIMALS/Multi-Dimensions”
千葉市美術館 会期 2023年6月10日[土] – 9月10日[日]
https://www.ccma-net.jp/exhibitions/special/23-6-10-9-10/

千葉市美術館
https://www.ccma-net.jp/

「ゲージュツガクブ 夏の遠足」
https://bobingreen.com/2023/08/16/6075/

「ゲージュツガクブの課外授業(前編)」
https://bobingreen.com/2023/04/28/4723/

「1,001番目のペンギンになりたい勘九郎」
https://bobingreen.com/2023/06/20/5323/

いいね! Like! 0
読み込み中...

Rin(リン)

ぬいぐるみブロガー、Rin(リン)です。 ライオンのボブ家と愉快な仲間たち、そしてニンゲンのケンイツ園長と一緒に、みどりキャンプ場で暮らしています。 ボブ家の日常を、彼らの視点でつづっていきます。

シェアする