ダニーズ退治とセキランウンの戦い
「うんせ、うんせ。」
ガラガラガラッ・・・ピシャッ
ガラガラガラッ・・・ピシャッ
やれやれ。
もう何度目だろうか。
今日のリンくんは、寝室とみどりテラス(我が家のベランダの呼び名だ)との間を、行ったり来たりしている。
もう16時も過ぎた。こんな時間にまだ布団や毛布を干してるんだ。
ソファの定位置でまったりしていたところに、幾度となくガラガラピシャピシャと窓ガラスを開け閉めするものだから、落ち着かないったらありゃしない。
「ねぇ、そろそろ、取り込んだら?」
おれがそう話しかけると、
「まだ乾いてないんだよぉー。脱水二回かけたんだけどね。晴れ間が出てたから、今日がチャンスじゃん?」
「まぁ、生乾きの毛布は嫌だわ・・・。じゃぁさ、お布団だけは取り込んでよ。」
「うっす。それも、そだね。」
ガラガラガラッ・・・ピシャッ
ガラガラガラッ・・・ピシャッ
はぁ、落ち着かないけど、まぁ仕方ない、と諦めた。
こんなにちゃんと家事に精を出しているリンくんは珍しい。食いしん坊のメシタキ係だから料理は好きみたいだけど、洗濯やら掃除やらは結構、いや、かなり、雑なんだ。それなのに、今日は寝室をシュッシュシュッシュと洗剤を振りまいて掃除し、布団を干し(そのためにはベランダの手すりをキレイに拭き上げる必要もあるし)、普通の洗濯を終えたあとに、もう一度毛布とタオルケットを放り込んでオキシなんちゃらとかいう酸素系漂白剤まで入れて、グルグルと二度目の洗濯をした。
みどりテラスに毛布とタオルケットを干したあとには、コロコロ(粘着テープのお掃除グッズのアレね)を持って、念入りにペタペタやっている。
ようやくそこまでの工程が終わったのが、いまこの時間だというわけだ。
二度目になるけど、おれは、ひとつ息を吐いて、まぁ仕方ない、と諦めた。
なにせリンくん、今日の午前中は電車に乗って皮膚科に行ってクスリを出してもらい、家に帰ってきたのは昼すぎだったからだ。そこからの家事スタート、だから、おれは、まぁ仕方ない、と諦めたのだ。(三度目)
「これでダニーズから開放されるよぉぉぉぉー!」
リンくんは、勝利を確信したかのように、右の拳を高く青空に向かって突き上げた。
フゥ・・・。
おれが、解説しよう。リンくんが勝利を確認した”ダニーズ”とは、なんのことはない、ダニのことだ。
一昨日リンくんが寝てる間にね、ダニに刺されたの。左脚のスネから足首にかけて、20箇所くらいの赤いポチポチが、地味なかゆみの攻撃を与えた。
「ぐぉぉぉ。ダニにやられた。コレ、じんましんじゃないよねぇ、スネになんかできないもんね、違うよねぇ。うぅ。かゆぃ・・・。」
普段からじんましん持ちだし蚊にもよく刺されるリンくんだから、かゆみ止め的なものは何かしら常備している。今回もとりあえずといって残っていたクスリをヌリヌリしていたのだけれども、どうやら丸一日経ってもかゆみが引かないらしい。
「アタシ、ちょっと皮膚科行ってくらぁ。ついでにじんましんのクスリももらってくる。」
そんなわけで、ダニーズ退治に目覚めたリンくんは、おれがまだ眠い目をこすっているときに、バタバタと準備をして出ていったというわけだった。
無事に?ダニーズのせいじゃないかと診断されて虫刺されのクスリと、それからじんましんのクスリももらって帰ってきたリンくんは、汗だくだ。
「フゥ・・・。あっちぃの、今日。夏みたい。なんなら晴れてるし。梅雨だと思って油断してたけど。あ、そうか、それなら今日洗濯しちゃえばいいんじゃん?わーぉ!」
ひとりごちて洗濯機をぐおんぐおん回し始めたというわけ。
解説は以上ね。
布団を取り込み終えたリンくんと一緒に、おれもちょこっとだけ外の風にあたることにした。
みどりテラスから見上げる空は、いつだって違っている。毎日、毎日、違う空だから、見ていて全然飽きない。
今日のそれはというと・・・、梅雨の始めに似合わぬ入道雲が、不気味な白さで迫ってきている。
「あの雲、あからさまにさ、セキランウンってやつじゃね?」
おれは心配になって、リンくんに言う。
「うん、わたしもそう思う。あれ来たら、洗濯台無しだね。」
「そういうこと。気をつけてよ?」
「うん、雨雲レーダーとにらめっこだね。」
「いやいや、もう取り込みなよって。雨雲レーダーのことどれだけ信用できるの?」
「だから、まだ乾いてないんだってば。ギリギリまで干したいの。」
ハァ・・・そうだった。まぁ仕方ない、とおれは諦めた。(四度目)
ダニーズ退治が大体目処がついたかと思ったら、今度はセキランウンとの戦いらしい。
本当に慌ただしい落ち着かないイチニチだ。
天に向かって雲はどんどんと積み上がり、地上側は暗い灰色の雲がのっぺりと広がっている。
気がつけば、さっきまで穏やかだったぬるい風が、バタバタと毛布をはためかせている。
クンクン。
おれはどうぶつで、ライオンだから、空を見て、風を感じることに敏感だ。
「風が強くなってきたってことはさ、雲が変わってるから、これ、いよいよやばいかもしれないよ?」
「いやいや、風出てきたから、むしろ乾くよ!乾く乾くぅー!」
うーん、言うこと聞かねぇリンくんだなぁ、まったく。
そのとき。
ブブーッ!ブブーッ!
リンくんのスマホが鳴った。
「見てみ?雨雲レーダーじゃないの?」
「・・・あ。。。サーッと本降りの雨を降らせる雨雲が接近中です、だって。」
「ほらぁ!おれの言うこと、当たるでしょ?」
「さっすがぁーいよっ!ボブお!我が家のまもり神やってるだけあるねぇ!」
「ほら、いいから。はやく取り込んで。」
おれは、ジメッと湿気を帯びてきた風を感じながらもうひとつ深呼吸して、セキランウンの空にバイバイした。そして、静かにみどりテラスのサッシをガラガラ・・・と開けて部屋に入った。それから、カタ、と鍵をかけてソファに戻った。
「アーッ、洗濯バサミ取り込むの忘れた!」
ガラガラガラッ・・・ピシャッ!
ガラガラガラッ・・・ピシャッ!
はぁ。リンくん、せめて静かに開け閉めして???
もう、仕方ない、とおれは諦めた。(五度目)
部屋の中はすっかり薄暗くなり、窓の外を見ると、セキランウンは身を隠して、暗い灰色の雲が空全体に広がり始めていた。
雨がまた戻ってくる。やはり、梅雨は始まったばかりなのだ。
ボブお