モビスケナイトのおもてなし
「モビスケハウスへ、お帰りなさいませ!さぁさぁ、どうぞお上がりください。」
モビスケのやつってば、随分と張り切った様子で、おでらのことを迎え入れてくれた。
「手狭ではございますが、なんでも取り揃えておりますよ。まずはお部屋をご案内いたしますね。こちらがメインルームでございます。セミダブルサイズの寝袋(シュラフ)をどうぞごゆったりとお使いくださいませ。それから、小さいハンモックがふたつに、大きいハンモックがひとつ。皆さまでシェアしてお使いくださいね。この時期、明け方は冷え込みますから、ぜひブランケットをどうぞ。腰が痛い場合はこちらのクッションを当てると良いですよ。」
モビスケが口早に話す間、リンくんは車内のアッチコッチを倒したりひっくり返していた。座席を倒す音、何か布ものを引っ張り出す気配、遮光シェードの吸盤が窓に張り付く音。
「フゥ。うんしょ、うんしょ・・・。」
バタン!バタン!
ガサゴソ、ガサゴソ・・・
ザザッ・・・ザザッ・・・
パチッ・・・プチッ・・・
リンくんが手早く設営をしているその間、おでらはジィっとトートバッグのなかで息をひそめて待っているのだ。
ライオンのボブぞだよ!
そう。今宵は、久しぶりの車中泊キャンプ。
「通称、モビスケナァァァァイト(モビスケナイト)!」
みんなでドライブの途中、クルマの中で仮眠して、ちょっと遠くまで遊びに行くんだよ。行き先はそのときによってまちまちだけど、実はどこでも良かったりする。おでらは、このモビスケハウスというワクワクの非日常空間を楽しむことを目的にしていたりもするんだ。
山や川や海でテントを張ってキャンプを楽しむ人がいるように、我が家では狭いこの限られた空間で、LEDランタンのボンヤリした光のもと、みんなでカラダを寄せ合っておしゃべりしながらひとときを楽しむのが好きなんだよ。
モビスケが説明を続けている。
「それからそれから、今晩のお食事のご案内でございます。お魚は海鮮丼、お肉は鶏の唐揚げでございますよ。おつまみには、だし巻き卵とチーズとプチトマト。お酒も各種用意してございます。ランタンもいくつかありますので、お好きな光量を手元で調整なさってくださいね。BGMは、プレイリストでもラジオでも、お好きな曲をかけておくつろぎください。電源の取れるバッテリーもございますし、一応Wifiもございますよ。テレビとお風呂がないのだけはご容赦くださいね。」
「わぁったわぁったよ!モビスケ、おでら、モビスケのことはよぉく知ってるから。モビスケがすばらしい寝床を用意してくれてるのは、知ってるからさ。」
「アッ。私としたことが口早に失礼いたしました。ごゆったりとお過ごしいただけましたら、私としましては本望でございます。本日はボブ家ご一行全員でのご宿泊とのこと、団体様でのご宿泊ですから失礼がないかといつも以上に緊張しておりまして。どうか皆様おひとりおひとりに、快適な寝床を提供できるよう努めさせていただきます。それからそれから・・・。」
「だぁかぁら。モビスケ。大丈夫だよ。みんな、わかってるから。モビもここまで来て、走り疲れたでしょう?一緒に休もうぜ。な。」
おでがそう言うやいなや、ケンイツエンチョーがモビスケのキーを回して、エンジンを停止した。ケンイツはおれらボブ家のエンチョーであり、このモビスケの運転手も兼任している。
(ブシュっ・・・。ヒュルルルル。)
強制終了されたモビスケは、ついさっきまでひっきりなしに歌っていたはなうたもやめて、すっかり黙り込んでしまった。
(ちなみに、リンくんの好きな宇多田ヒカルのアルバム「初恋」をリピートしていた。)
そんなやり取りをしているうちに、リンくんは室内を設営し終えて、ニンゲンふたりと、おでらオハナ(家族)全員がお泊まりするにはなんとかなりそうなくらいのスペースが出来上がっていた。
「もう出てきていいよぉー!お待たせ。」
リンくんに呼ばれて、おれらはトートバッグの中から出ると、それぞれの好きな寝床を確保した。
「おーれ、単独ハンモックぅ!」
「アタクシもひとりでゆっくりしたいからハンモックね。」
「すず、フクとオヤビン(親分)と一緒に、おっきなハンモックで寝るもーん!」
さっそく、ニーちゃんとネーちゃん、それから、すずとフクは場所が決まった。おではコビン(子分)の言う通り、すずとフクと一緒に大きなハンモックで寝ることにした。ちゃんとバスタオルがひいてあるところが、モビスケのおもてなし度合い、さすがだ。
「あ、もっつとハチは、わたしと一緒に寝袋で寝るよ。抱っこしたらあったかいだろうなぁー!あはっ!」
リンくんが、もっつとハチまるに向かってそう話しかけた。
そう、さっきモビスケも言ってたけどさ。
今夜は、ちょっと特別。実は、オハナ全員でのモビスケナイトは初なんだ!
というもの、我がボブ家でいちばんカラダの大きなもっつとハチまるが参加するのは、初めてなんだよ。これまではおうちのソファでお留守番だったんだけど、スペースを上手に使えばいけるかも?ってことで、ついに、全員でのモビスケナイトにチャレンジしてみようってことで、今回来てくれたんだ。
おではモビスケナイトの先輩として、初心者のふたりを案内して楽しく過ごせるようにお手伝いすることにした。
「なぁ、ハチ、もっつ、モビスケの中でゴハン食べて寝るんだよ!どんな気分?」
「おれ、すげぇドキドキ!しっかし、わかってはいたけど、ンーちょっと狭いのなぁ!」
「・・・ニィーッ!(ワクワク!みんなで眠るのうれしい)」
もっつもハチまるも、いつになくうれしそうではしゃいでるみたいだ。
「モビスケはね、狭いのが楽しいんだよ!みんなでぴぃぃぃぃっとしして、眠るよ。」
「そぉか。じゃあ、遠慮なく、おれも自由に過ごさせてもらうね。」
もっつはまるでよろいを脱いだかのようにして、ゆうゆうとくつろぎ始めたのだった。
「さ。ささ。寝床を確保したら、みんな、晩ごはんにしよう!」
今宵はモビスケナイト。楽しい楽しいモビスケナイト。
ワクワクドキドキが止まらない、オハナ(家族)全員で過ごす、小さな部屋。
リンくんが、おでの大好きな本搾りオレンジ(缶チューハイ)を開ける音が、車内に響いた。
プシュッ・・・
「せーのっ!カンパーイ!」
おもてなしいっぱいのモビスケナイト、スタートだよっ!
ボブぞ
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