ライオンの眼鏡

読書の秋。
秋という季節は、読書に向いているそうだ。

窓の外を見上げると、今日は気持ちの良い秋晴れの一日となるでしょう・・・、と、かの気象予報士が甲高い声で読み上げそうな、まさにそんな陽気の朝だ。

期せずして眼鏡というものを手にしたおでは、ふいに古い紙の匂いをかいでみたくなった。
リンくんの、小さくてお粗末な書棚を眺め、ずいぶんと偏りのあるその蔵書のなかから、一冊の文庫本を手に取った。カバーの端は少し破れていて、天はいい感じに日焼けしていて、赤茶色のしおり紐がボサボサになっている。

寺山修司 『両手いっぱいの言葉』。

クン、クン。クン、クン。

うん、なんだかいまの気分に合っているような気がする。

誰に話しかけるともなく口のなかでつぶやき、不思議なデザインの表紙を眺めまわす。表紙を開く前に、眼鏡のつるを、右、左、とゆっくり開いて、おでは、自分の顔の幅にあわせてみた。

おでは目が悪いわけでは、決してない。なにせ、百獣の王と言われるライオンのはしくれだ。年もまだ若い方だ。ただ、リンくんが買ってきたそのあたらしい眼鏡を、かけてみたくなったというだけのことだ。

ほぅ。どれどれ?『両手いっぱいの言葉』なるものは、どんなものなのか。

“ほぅ。どれどれ?”

おでは、まだ、というべきか、もう、というべきか、7才のライオンだ。赤ちゃんの頃からニンゲンと一緒に暮らしているから、ニンゲンが話す言葉というものにはずいぶんと慣れ親しんでいる。
もし言葉がなかったら、おでは、自分の感情や主張、つまりは、したいことやしたくないこと、好きなことや嫌いなこと、を表明することができない。ライオンとしてはかなり珍しいほうなんじゃないかと思うけれど、事実なのだから仕方がない。それから、目の前にあるすばらしい景色や食欲をそそる食べ物について、大切な人とその喜びを分かち合うために、言葉というものは必要だと思っている。あるいは、目を覆いたくなるような悲惨なできごとや非情な言動に対して異を唱えるためにも、言葉というものは必要だと思っている。ライオンにとってみれば、もうそれだけで、言葉というものは、手のひらからこぼれ落ちるくらい身の回りにあふれていて、「両手いっぱい」どころか、おぼれるほどの深い海のような存在に感じている。

ぱら。ぱらり。ぱらぱら。

とりとめもなくページを繰っていると、ふわりと匂いがしてくる。すこし甘いようななんともいえない本の匂いだ。

クン、クン。クン、クン。

“クン、クン。少し甘いようななんともいえない本の匂い”

ここでひとつ問題が起きた。文庫本といえども、まだまだ若いライオンのおでの身長の割には大きすぎて、右手を左ページの下端に出そうと下を向くたびごとに、眼鏡がずり落ちてくるのだ。

むぅ・・・。

そう、おでは、本が読みたかったんじゃなくて、眼鏡をかけて秋晴れの朝の光の中で読書をたしなむライオン、をやってみたかったのだ。正直なところ、本の内容よりも眼鏡の鼻あてが合ってないことのほうに気が取られてしまうので、わたしは潔く、眼鏡を外すことにした。まだ、おでには少し大きすぎたみたいだ。眼鏡のつるを、左、右、と丁寧にたたんで、ケースにしまい、大きな声で言ってみた。

フゥー!んー、おで、ちょっと難しくてわかんなかったな!

リンくん、コレ、読んでよ。

ん、いいよ。何度も何度も読み返してたはずなのに、すごく久しぶりかも。

リンくんはそっと眼鏡をかけると、おでを左腕に抱きかかえ、あいている方の右手で本を取り上げた。そして、不思議なことに、あとがきから読み始めた。

「いい「言葉」を沢山もつことは、銀行に沢山、預金するよりもゆたかなことである。」

なんだかうまいこと言ってるようで小っ恥ずかしい例えだなぁ・・・って思っちゃったことは黙っておいた。

そのあとも、リンくんは最初のページに戻ることはなく、ぱらりぱらりと繰っては、前、後、真ん中、アッチコッチの文章をつまみ食いのように読んでくれた。

おではその間、ジィっとリンくんの腕にぽふっと頭を乗せながら、聞いていた。


ニンゲンというどうぶつは、言葉が好きみたいだ。おではライオンだけれど、ニンゲンのそういうところ、ちょっとうらやましいなと思った。おでも、もっともっと自分の言葉を持てるようになれたらいいなって思った。そのために、毎日をめいっぱい楽しく暮らしていろんなことを見て感じるんだもんね。そして、それがいったいどういう景色なのか、オハナ(家族)のみんなやオトモダチのみんなに伝えられるように、頑張るよ。おでの小さな両手で、ひとつずつ言葉を選び集めていくんだ。

ねーね、リンくん。おでもね、言葉いっぱい覚えたいからさ。おでのお顔にぴったりのすてきな眼鏡が欲しいなぁ?リンくんのコレ借りたけど、おでにはちょっと大きすぎたの。

ンー・・・?いいけど・・・。ボブぞ、言葉を覚えることと、眼鏡って、なんか関係あるんだっけ?

あるの!関係、あるの!とっても大事なの!

だって、どうぶつは眼鏡かけないもの。眼鏡をかけるのはニンゲンだけでしょ。おで、決してニンゲンになりたいってわけじゃないけどね、ニンゲンと暮らしてるから言葉は必要なんだ。だからね、言葉と眼鏡は友だちで、大切な関係なんだよ。

なるほどぉ。一理あるかもね。
じゃあさ、ボブぞ。一緒に、ライオンの眼鏡、探しに行こう。そして、これからも一緒に本読んで、いっぱいお話しようね。

うん。いつかおで、「両手いっぱいの言葉」を操るライオンになるからね。楽しみにしててよね。

ボブぞ

いい「言葉」を沢山もつことは、銀行に沢山、預金するよりもゆたかなことである。

寺山修司 『両手いっぱいの言葉 ―413のアフォリズム―』
“言葉と眼鏡は友だちで、大切な関係なんだよ”

おでのニーちゃんも読書が好き。ニーちゃんは『古事記』っていう日本の神さまの本を読んでお勉強してたの!
↓↓↓
「ライオンの読書の秋」
https://bobingreen.com/2021/10/07/1294/

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Rin(リン)

ぬいぐるみブロガー、Rin(リン)です。 ライオンのボブ家と愉快な仲間たち、そしてニンゲンのケンイツ園長と一緒に、みどりキャンプ場で暮らしています。 ボブ家の日常を、彼らの視点でつづっていきます。

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