夕立ちのまだら模様
パサパサパサ・・・
ン?あ、降ってきた。
ねぇリンくん。雨、降ってきた。夕立ちだ。
あ、ほんとだ。ボブお。
ライオンのボブおです。
おれは、リンくんに抱っこされて、みどりテラスにちょこっとだけ、出てみた。元来、空を眺めるのが好きなんだ。快晴の朝の空も、昼と夜の引き継ぎの時間も、夜中のお月さまタイムも、どんな空も好きだ。
ガ・・・ガラッ・・・。
窓ガラスを開けた途端に、ムワぁっと熱い湯気にあたったかのような感覚になった。
すんごい湿気。
さほどに雨が強いわけでない。ただ、あの雨独特のニオイとともに熱気が、迫ってくるようだった。
なぁ。やっぱり降ったねぇ。天気予報で、今日午後は雷雨かもって言ってたしね。
うん、でもボブおのニガテなカミナリさまは鳴らなかったね。
そう。おれは、カミナリさまがニガテだ。ゲリラ豪雨なんて、もってのほかだ。
でも、夕立ち、というとなんだか風情があっていい。だから、今日のおれは、言いたいのだ。声に出して、誰かに伝えたいんだ。
「あ。夕立ちだ。」と。
もう、夏が終わるんだもの。あぁ、もう夏が終わる。
そう思ったら、急に寂しい気持ちになってしまった。おれは鼻をクンクンさせたついでに、両方の耳をすませることにした。
土と草木とが混じったホコリっぽいニオイ。
みどりテラスに置いてある、雨に濡れた灰皿からかすかにもれる、タバコの香り。
突然降り出した雨に負けじと鳴き続ける、セミの声。
この夏フル稼働で疲弊気味の、我が家のエアコンの室外機の音。
眼下には、金曜日の家路に急ぐ車が走り去って行く姿が見えた。もう、テールライトが点いている。
舗装路は、雨でまだら模様だ。
日が短くなったなぁ。
このままテラスで感傷に浸りたい気分だけれど、この天然サウナがそうはさせてくれない。おれとリンくんは、5分もしないうちに、ギブアップして部屋の中へ戻った。
いつものソファでは、おれの弟と妹が、夕方の報道番組を見ている。魚がうまい弁当屋が奮闘するという、ありがちな人情物語だ。大体毎日6時15分から始まるその特集のコーナーを横目にしながら、今夜の晩ごはんは何かな―?なんてのことを考えだすのだけども、今日は違う気分だ。
くさいもののニオイをさ、もう一回嗅ぎたくなる、みたいな感覚、わかるでしょ?恐る恐る嗅いでみて、アゥッってなって、でもこわごわもう一回鼻を近づけてみる、って感じ。
今のおれ、まさにそれ。
おれは、なんだか名残惜しくて、もう一度窓ガラスを開けてみたけれど、すでにそこには夏の夕立ちの世界はなかった。
ものの数分の間に、こうも世界は一変するものかと驚いた。
リーンリーン・・・リーンリーン・・・
おれとしたことが、やってしまった。
みずから、秋を引き寄せてしまった気がした。
同じときはひとときたりもないのだ。
同じ空もないし、同じ風も、同じニオイも、ないのだ。
すぐに窓ガラスを閉めて、おれはソファに座リ直した。
テレビでは、明日の天気予報をやっていた。晴れ、33℃まで上がるらしい。
努めて、今夜の晩ごはんのことを考えよう、そうしよう。それがいい。
きっとまだまだ夏野菜のストックがあるはずだから、今夜は目一杯、夏を食べよう。
セミ、お前たちはこの一瞬のうちに、一体どこへ行ったんだ?
明日、また帰ってきて楽しませてくれよな。
ボブお
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