勘九郎ペンギン、水丸先生に会う
一本の平行な線。
その上と、下とに配置されるのは、奔放に配置される自由線と、鮮烈な色に型どられた、ホニャララたち。
ときに果物と植物。ときに酒瓶と煙草。ときに東京タワーと怪獣。
キッチリ型にハマることなんて楽しくないじゃん?って語りかけてくるかのような、少しのズレと空間を楽しむ、その四角い世界は、わっしの目を覚ましてくれた。
これまで見聞きして知っていたつもりの水丸先生の作品に、真正面向かって対峙してみたら、とっても大事なことに気がついたんだ。
あ。コレ、好きだ。
そう思ったら、じんわりとあったかい気持ちがふんわりしてきて、嬉しくなった。
あれ、リンくんはどうしたかな?と思って見上げると、ニヤニヤとして、笑みを隠せない様子だ。こういうときのリンくんは、たぶん、楽しくてしょうがないときなんだと思って、話しかけるのをやめておいた。
ペンギンの勘九郎です。
お盆を過ぎても暑さ厳しいドヨービ。リンくんに連れられて、お隣の町、佐倉ってとこに来てます。
先週のこと。たまたま近くを車で通りがかった信号待ちのとき、店の軒先に貼ってあった1枚のポスターを見たリンくん。それは、鮮烈なシアンブルーと白とで、上下に塗り分けられた印象的なものだった。鳥の”くちぶえ”、レモン、パパイヤ。
あ。安西水丸!
え?佐倉でやってるの?今?
私、コレ見に来たい。来る。
そんなわけで、佐倉市立美術館に初潜入することになったのだった。
ここは大正時代に建てられた旧銀行の建物なんだって。間口の狭い石造りの扉を開けると、急に吹き抜けが心地よいエントランスホールが広がる。
歴史を感じる建造物の中に、不釣り合いなパネルが4枚。
ねこ。ねずみ。りんご。ばなな。すでにココから水丸ワールドがスタートしているのであった。
コンニチワー。一般、1枚で。
800エンになります。
はぁい。お願いします。
行ってらっしゃいませ。
わっしはというと、リンくんのTシャツの胸ポケットに入って、一緒に鑑賞エリアに入った。学芸員さんに呼び止められるんじゃないかとちょっとドキドキしたけれど、わっしがペンギンなものだから、自由に展示室内を飛び回れないことを知ってか、少しホッとした様子で見守ってくれたようだった。もしもわっしがいま流行りのシマエナガちゃんだったら、受付でお留守番だったかもしれないね。
週末だというのに、やはり佐倉くんだりまで来るニンゲンはさほど多くはないとみえて、正直、空いている。展示室は気持ちよく空調が整えられ、いわゆる人気の展示会のような人混み感は一切なかった。展示品それぞれもゆったりとスペースがとられていて配置が心地よい。展示室の大きな黒い革張りのソファに座ると、目に入るものは、ぐるりの水丸ワールド。本の装丁や企業広告のポスター、絵本、漫画、さまざまな仕事の原画と完成品とが、一同に会している。
わっしらは、ゆっくりと1時間半ほどをかけて、展示品のすべてを見て回った。写真撮影も自由だし、どうやら学芸員さんたちはペンギンのわっしのことを許容してくれたみたいだったから、時々リンくんのポケットから出ては、自由に会場内を行ったり来たりしてみたりした。
石造りの玄関扉を出たのは、午後1時をまわった頃だった。
リーンくーん?どだった?
見ごたえあった!来てよかった!期間中、もう一回来よっかなー。勘九郎、また付き合ってよ。
いいよ。
ホリゾン。『一本の水平線』。
絵本。『ぞうのふうせんやさん』。『りんごりんごりんごりんごりんごりんご』。
村上春樹の装丁。『ふわふわ』。
あと、『青山の空の下』。唐突に出てくる妄想上の謎の美女。
聞いてもいないのに、リンくんは自分が気に入った作品たちをメモメモしては、良かったよねぇ、久しぶりにこういうホンモノみて嬉しくなったよぉ、うわぁうわぁ、よかったぁよ、と騒いでいる。
フゥ。よいしょ、っと。
わっしはリンくんのTシャツの胸ポケットから出て、黒いリュックのなかに戻ろうとしたら、くらっとして、ちょっとよろけてしまった。どうやら、美術館のなかのステキワールドと、目の前の景色のギャップにやられたみたいだ。
そこは、佐倉の、城下町の薫りが残る町並みだった。茶色い看板のローソンを横目にやり過ごし、下り坂に差しかかるところだった。
ま。駅に着くまでのもうちょっとの間だけ、リンくんの話に付き合ってやることにしようか。
めいっぱいの水丸ワールドだったね。
水丸先生、ありがとう。
勘九郎
佐倉市立美術館
https://www.city.sakura.lg.jp/section/museum/index.html
『イラストレーター 安西水丸』展
https://www.city.sakura.lg.jp/section/museum/exhibition/2022/202208anzaimizumaru.html
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