カミナリさまのドラム練習
明け方、うっすら目を覚ますと、カミナリさまがドラムセットの前に座っていた。
ボブおです。
リンくんの目覚ましが鳴るのは、毎朝6時40分。
その頃は、ちょうどカミナリさまはちょっと疲れたのか、一服中のようだった。多分、深夜~早朝までの音楽スタジオ予約だったんだろう。けれど、深夜練が物足りなくて、午前中も延長したらしかった。リンくんが布団から起き出ていって、おれがまだうとうとしていたところ、そうこうしているうちに、練習が再開された。
ドゥルンドゥルンドゥルン。
ドゥルンドゥルンドゥルン。
小さく、低く、静かに、スネアを鳴らす音。
ドラムロールが静かに始まった。
ドゥルンドゥルンドゥルン。
ドゥルンドゥルンドゥルン。
・・・
カミナリさま、ストイックに基礎練習をしてるなぁって感心していたら、どんどんと音量は大きく、手数も増えてきて、あっという間に、テンションアゲアゲのドラミングになった。
むーん・・・、ドラムソロパートの練習なのかなぁ。
1度目は、地面を揺らすような重いツーバスの音とともに。
ズドズドズドズド。
ズドズドズドズド。
2度目は、腹の奥底に響くようなフロアタムの音とともに。
ドォウンドゥンドゥク。
ドォウンドゥンドゥク。
3度目は、とその時、稲光が走った。
シャァーンっ!
目の前が一瞬真っ白になったかと思うと、耳をつんざく力強いシンバルの音が響いた。
それぞれ、30分も続く、スーパーロングソロだった。
騒がしいドラム練習から逃れることもできず、おれはソファからむっくりカラダを起こして、おそるおそる窓の外を眺める。
針のように水の線がナナメに地面に突き刺さり、舗装路は水流が波立って見えるほどのうねりで見えなくなっていた。
そもそも、おれはカミナリさまの生演奏はニガテなんだ。
おれは小さくつぶやいてみた。
でも、今朝は、カミナリさま、随分と饒舌にドラムスでリズムを刻むものだから、せめてなにかで応対をしてみようか、と思った。
音楽的才能を持ち合わせていないライオンのおれは、仕方なく、カウベルをたたいてみることにした。かなり、いちばん、カンタンなやつだ。黒い四角い鉄を、木の棒で叩くだけだ。
ちょっとー。カミナリさまー。コッチの音も聴いてよー。周り見えなくなってるでしょ?ライオンのボブおだよー。
そんなことを思いながら、スティックを振り下ろす。
コーンコーン!コーンコーン!
コーンコーン!コーンコーン!
そうこうしてると、窓の外を眺めていたリンくんが、突如としてシェイカーをふりはじめた。
私、昔、パーカッションちょっとかじったのよ、ウフフ。なんて言ってる。
シャカショコシャカショコ。
シャカショコシャカショコ。
そこへ、セミたちが低音で鳴きはじめた。
ジージリジリジリ。
ジージリジリジリ。
リードボーカルのヒヨドリたちは、おそるおそる、そぉっと、発声練習を始めた。
ピゥ。ピゥ。
ピゥ。ピゥ。
リードを引き立てるべく、声を重ねるコーラスはカラスたちだ。
クァクァクァ。
クァクァクァ。
コーンコーン!コーンコーン!
シャカショコシャカショコ。
ジージリジリジリ。
ピゥ。ピゥ。
クァクァクァ。
コーンコーン!コーンコーン!
シャカショコシャカショコ。
ジージリジリジリ。
ピゥ。ピゥ。
クァクァクァ。
・・・あれっ?
おれが一生懸命カウベルを叩いてるうちに、カミナリさまのドラムソロが終わって、セミたちやヒヨドリたち、カラスたちの合唱に変わっていた。
ガ、、、グガガ、、、ガラガラっ。
みどりテラスに出てみると、雨はやんでいた。
ちなみに、いまだにアルミサッシの建付けは直っていない。強く雨が吹き込んだあとは、その場しのぎで塗ってあるろうそくのろうも落ちてしまって、ガリガリとまた不快な大きな音を立てるのだった。
ふぅ。ようやく、終わったのかぁ。
リンくんと一緒に空を仰ぎみると、ようやく少しホッとした気持ちになった。
カミナリさまへ。
ライオンのボブおから、切なお願いです。
どうか情熱的なドラムは、練習だけで勘弁してください。
どうやら、チーバの我が家以外の地域でも、全国ツアーと称して、アッチコッチで激しいドラムソロを披露しているようですね。神さまに向かって、ドラムを叩くなとはいいませんが、みんながびっくりしてお家から避難をせざるをえないようなところまで、世の中を追い込むのは勘弁してください。周りをかき消すほどのそれは、すでにオンガク(音楽)ではなく、オンガイ(音害)になってしまうんだよ。
おれらの音にも耳を傾けてくれよな。
空を見上げて、この真夏の季節にしてはかぼそい陽射しを探しながら、おれはもう一度、静かにカウベルを叩いた。
コーン。コーン。
コーン。コーン。
我が家のみどりテラスには、なんとか平穏が戻ったようだけど。オトモダチのみんなのところも、ダイジョウブだといいなぁ。
コーン。コーン。
コーン。コーン。
カコ。カコ。
・・・
おれのカウベルは、最後は間が抜けたような余韻を残して、雲の間に消えていった。
みどりテラスの反対側に目を向けると、青い空が顔をのぞかせていたのだった。
ボブお、急に晴れてきたよ。
リンくんに名前を呼ばれて、おれは部屋のなかに戻った。
さぁ。昼メシの時間だな。
ボブお