おれがことばを話す理由
「よぉ。」
ボブおです。
おれはライオンだ。
ライオンって、ヒャクジューノオーって言われるくらい、どうぶつのなかでも強い存在って、みんな思ってるでしょ。
きっと、おれのおとっつあん、おかっつあん、そして、そのまたおとっつあんやおかっつあん・・・おれのライオンの祖先をたどっていけば、その期待どおりに、ヒャクジューノオーらしい、たくましいエピソードはあるのかもしれない。
サバンナと呼ばれる厳しい自然環境のなかで、のどをガルガルと鳴らせつつ狩りをして、他のどうぶつたちと暮らしていたのかもしれない。
でも、残念ながら、おれにはあてはまらないんだ。
おれ自身はというと、生まれた時から、ニンゲンと暮らしてる。
屋根と壁があって、光を取り込みつつも雨風をしのげる窓ガラスっていうのがあって、ふんわりとしたカーテンがかかっている。ちょっとした気分転換にサイコーなベランダ(それがみどりテラスだ)もある。水道と電気とガスが使えて、今の季節はクーラーと扇風機が快適なおうちで、ニンゲンと暮らしてるのだ。だいすきなモーフもあるし、テレビのリモコンも手元にある。あ。残念ながらエレベーターはないけれど。
毎日、うまいメシが食卓に並んで、みんなでいただきますして、お腹がいっぱいになったらオフトンでぐっすり眠る。
7年前、ニンゲンのケンイツエンチョーに、このおうち、みどりキャンプ場に迎え入れられて、初めて聞いたニンゲンの声は、こうだった。
よぉ。
おれは、目の前にいるこのニンゲンってのと一緒に暮らしていくことになるんだな、って思って、とっさに真似をして、同じ音を出してみた。
・・・よぉ。
それが、結果として、おれが最初に覚えたニンゲンのことばとなった。今思えば、ケンイツエンチョーなりの、おれに対する親しみを込めたあいさつだったんだと思う。正確には辞書にはのってないかもしれないけれど。
それからというもの、おれは、とてもたくさんのことばを覚えた。
毎日、毎日、それはもう毎日、いっぱいのささいなこと、いっぱいの好きなこと、いっぱいのくだらないこと、いっぱいのたのしいこと、それと、すこしのかなしいことや、すこしのキライなこと、について話すうちに、おれのゴイ(語彙)はものすごく増えた。ニンゲンと暮らすからには、ことばを覚えなければ。特に赤ちゃんのころのおれは、一生懸命、いろんなことばを話した。妹と弟が来て、ほかのオハナたちも順番に来て、オハナのリーダーになったおれは、ますます頑張った。みんなでカラオケに行ったりして、お歌の歌詞からもいろんなことばを覚えた。
それでも。それでも、まだまだ、自分の気持ちや感覚を表現しきれなくてモヤモヤすることも多い。だからこそ、おれは、ことばを大切に考えるようになった。
おれはおれのことを、おれのことばで伝えられるようになってはじめて、おれのことを理解できるようになる気がする。
おれはおれのために、ことばを話す。そのことばは、おれの周りにいるオハナのみんなや、もちろんニンゲンのケンイツエンチョーやリンくんに聞こえていて、そこから、またことばが生まれる。毎日がその繰り返しだ。
今日の衝撃的な一報を見て、めずらしく一日中テレビがつけっぱなしになっている。ニュースを眺めて、おれは、ことばが見つからず、モヤモヤがどうにも晴れない。
そんなおれのことが気にかかったのか、リンくんが心配そうにおれのことをジーッとみてくる。
ねぇねぇ、ボブお?みどりテラス、出よう。
・・うん。
リンくんのほうも、どうやらことばが見つからないようだった。
深呼吸。ひとーつ。ふたーつ。みっつ。
スゥ・・・・フゥ・・・・。
スゥ・・・・フゥ・・・・。
スゥ・・・・フゥ・・・・。
そうやって、おれらは心を通じあわせて、毎日、毎日、毎日、生きて行くのだ。
おれは、ことばに生きるライオンになりたい。
これからも、お話をし続けていくよ。
たぶん、今夜はリンくんと、ギュっとくっついて眠るんだろう。あ、リンくんの寝言はひどいものだから、そこは聞かないふりをしておこう。
おれの今日の気持ちもいつかことばにできるかな。
リンくんもニンゲンなら、ことば、がんばれよ。
ボブお
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