鈴の音色を月の輪に揺らして – ライオンボブ家、オトモダチに会いに海が見える町へゆく その3(完結編)
ボブおともっつの引き継ぎ
「なぁ、もっつ、いいか。この鈴はね、おれの思い出の品。だいじだいじなんだよ。コレをもっつに託すから、どうか、くまくんによろしく伝えてな。」
立冬を過ぎたある晴れた日、ライオンのボブおが改まった様子で、おれのところにやって来た。
手には金色に輝くまぁるいものを携えている。それは少し動かすと、チリンリリリン・・・と鳴り響く、鈴だった。紐(根付紐)はなんとボブ家色で、赤・青・黄色・緑の糸で編み上げられていて、そのまんま、ボブおのたてがみの色と同じだ。
「なぁ、ボブお。おれが来週、オトモダチのくまくんとはじめましてするからって、そんなだいじなもん貸してくれていいのか?」
「うん、むしろ持って行って欲しいの。お守りってわけじゃぁないけどさ。だって、おれ、当日は一緒に行けないからさ。ホントはおれがくまくんとうちのもっつとの仲を取り持たなくちゃぁいけないのになぁ。ゴメンな。」
ボブおはそう言うと、少しヒゲを下げて本当に申し訳なさそうな顔をして、すっと視線をそらした。
その先には、リンくんがいる。
「あぁ・・・うぅ・・・だって、もっつがデカいんだもん。もっつとボブおを両方抱っこしてお出かけするのはねぇ、クルマじゃない限りは無理だもんね。」
リンくんは悪びれもせずそう主張をしたあと、おれのおなかの毛を撫でてきた。
「オイ、気安く触るんじゃないやい!せっかく、おれ、風呂入ったんだから。」
「あぁ・・・!そうだったね、ゴメンゴメン。ようやく乾いたとこだもんね。」
そう。おれはいま、ちょうど風呂上がりで、心地よくまどろんでいたところだった。まぁ最近でいうところの、”ととのう”ってやつかな。
ホラ、いま巷では、風呂キャンセルとか言うだろ?おれもその流行を先取りしてか、随分長いこと風呂とはご無沙汰だったんだけどな、実のところひっさしぶりに入ったんだよ。
よぉ。おれはツキノワグマのもっつ。
来週、おれは、オトモダチの”くまくん”と初対面を果たす。くまくんは、うちの”オハナ”(ぬいぐるみ家族のことを我が家ではそう呼んでいる)のリーダーである、ライオンのボブおのオトモダチだ。
約半年前(もうそんなに経つのか!)の5月に、リンくんに連れられて、ボブおたちはカナガーワの海の見える町まで、くまくんに会いに行った。
ボブおから聞くに、そのくまくんってのがすごいいい奴らしくってなぁ!今度はおれが会うっていう段取りになったわけさ。
まぁ、ホラ、カラダのでっかいクマ同士、気が合うかもしれないもんな。
そんでまぁ、おれはさ、日頃リンくんの添い寝担当として、毎夜、汗もよだれも、ときには涙も?引き受けてきてるから、おれ自身がどんなに清潔なツキノワグマだったとしても、ニンゲンの排泄するもんにゃぁかなわない。つまり、リンくんのニオイがムンムンなのだ。
「えーい、風呂入っちまえ!!!」
っていうことで、まぁ、今に至る。
「しっかしよぉ。昨今のクマ被害だの、クマ問題だの、クマ駆除だの、なんていうニュースが毎日報道されてるなか、でかいクマ同士が街なかで面会だなんてよ、いいのかな?」
「ホラ、だからこその鈴なんじゃん?」
ボブおがわけのわからないことを言う。
「アハッ!クマには熊鈴ってこと?」
リンくんがニヤニヤしながら口をはさんだ。
「うぉー!そーゆーこと?いや、どーゆーこと?」
「うん、もっつのことはわたしがちゃんと守るよ。だから、外出はするしニンゲンのいるところへは行くけれど、安心して。その代わり、鈴はちゃんとつけておいてね。」
「うーむ、わかった。」
わけもわからないままに返事をする。ニンゲンの考えることはときにわからない。謎は深まるばかりだ。
ま、とにかく。
ボブおは自分の思い出の品であるだいじな鈴をおれに貸してくれるらしい。というよりむしろ、それを持って、くまくんに会いに行って欲しいんだって。
だから、おれは快諾した。
「うん、わかった。コレ持って、くまくんに会いに行ってくるな。」
「ありがとう。よろしく。」
ボブおはそう言うと、自分の青い爪に引っ掛けてぶら下げていた鈴を、ホレ、といって渡してきた。
おれは手のひらで受け取ると、風呂上がりで適度に脂が抜けてフサフサになった胸の白い月の輪のマークの上に、そっと鈴をお迎えしたのだった。
その瞬間、鈴は、チリンリリリン・・・と一度、澄んだ音色を奏でた。
やたらめったらにガランゴロン鳴らしわめく、世の中の熊鈴とはまったく別物だからな。
おれの・・・いや、おれの借りた鈴の音は、とっても上品で優しくてほんのりと温かくて、それから、なんだか穏やかなキモチさえする。
「それって、友情の輪の鈴なんじゃないの?」
フンっ。
リンくんのそんなありきたりのコトバで説明できるような感情じゃぁないんだ。
おれはざわめくココロを鎮めるために、もう一度、鈴を揺らした。
チリンリリリン・・・
ひねもすの鈴の音色、東京駅にて
季節が巡るのは早いな。
あれはもう半年も前の5月の初旬のことだ。
「おー!来たー!!!」
“のぞみ”ちゃんが日の光にキラキラと”かがやき”、華をそえる”踊り子’さんとの熱い共演。
エ?何の話かって?
「でんしゃー!」
こんにちわーに。おれ、ライオンのボブお。
おれらはいま、東京駅舎を見下ろすことのできる、とある場所に来ている。
眼下には、数え切れないほどの鉄道の線路が敷かれており、ポイントに複雑に絡み合っている。まるで、幾何学模様のようだ。
東海道新幹線(のぞみ)、北陸新幹線(かがやき)、そして、踊り子号がちょうどすれ違いざまに挨拶を交わしている瞬間を、おれはちょうど見届けたところだ。
「ねぇねぇ、東京駅のさ、”キッテ”わかる?」
「えーっと日本郵船・・・じゃなくて郵政のほうのビル?」
「そぉそぉ。KITTEね。あそこっからねぇトレインビューの場所があってね。リンさんたちをお連れしたいなァって!」
リンくんが知ったかぶって曖昧な回答を返したあと、こーたろー”おばさん”はキラキラした目でそうお誘いしてくれた。うちのリンくんだって学生の頃は乗り鉄を自負していたらしいが、このひとは筋金入りの相当な乗り物好きらしい。電車、船、飛行機、いろいろとお詳しいのだ。
ニンゲンのやるTwitter(現X)ってやつで出会ってから早3年。おれらは、昨日、ようやく顔を合わせることができた。チーバとカナガーワ、近いようでいて遠い。本当にきっかけを作らなければ、意外と会えないものだ。
ふと思い立って、おれらはオトモダチのくまくんのおうちに遊びに行かせてもらえることになった。
くまくんはカナガーワにある海の見える町で、こーたろーさんや、たくさんのスヌはじめぬいぐるみ家族と一緒に暮らしている。あ、こーたろーさんっていうのは、くまくんちのニンゲンの”おばさん”のことだ。
くまくんが”おばさん”っていうからおれらも親愛を込めてそう呼ばせてもらってる。(だから、うちのリンくんのことも、リン”おばさん”って呼んでくれよな。フハッ!)
んでね。
この日は朝逗子駅で待ち合わせして、海と富士山の見える披露山公園までドライブに連れて行ってもらった。ランチのあとは、くまくんちにお邪魔して、日が暮れるまで、いっぱいいっぱいいぃっっぱいおしゃべりして遊んだんだよ。
おれらはあの日、初対面とは思えないくらい打ち解けて、ココロを通わせ、物理的にもクンクンクンクン、お互いの匂いを嗅ぎ合った。
帰り道、赤い電車が迎えにやってくる改札での別れ際。
「カラフルライオンちゃんたち、また明日ねぇー!がびちゃん連れてくから、一緒に遊んでねー!」
「お・・・おぉー!ハーイ!んじゃ、また明日!」
おれらはそう言って手を振ったのだった。
おぉ・・・昨日言ってた「明日」って、今日のことじゃん?!
2日連続でオトモダチと遊べるだなんて、すごーい!
「さぁ栄養取ったら早めに寝なくちゃね、明日もいっぱい遊ぶよ!」
ホテルの部屋に入るやいなや、リンくんはそう言うと、最近お気に入りのレモンサワー“THE PEEL”のプルタブをプシュッと開けた。カンパーイ、とその手を軽く上げ、ゴキュっと大きなひとくちを流し込んだあと、おれらのことを真っ白いシーツで整えられたベッドの、壁側へ寝かせてくれた。
「おにゃすみ。ゆっくり休んで。」
「おう、リンくんも、飲み過ぎんなよー。おにゃすみ。」
そうして迎えた、今朝。
横浜駅のビジネスホテルを出ると、待ち合わせ場所の西口交番へ向かう。
今日も快晴!通勤通学のひとたちが足早に過ぎてゆく。おれらはリンくんに抱っこされ、ゆっさゆっさと夢見心地のカラダを引っ提げたまま、今日はどんなイチニチになるんだろうとワクワクしていた。
「おはよーございまァす!」
「おはーに!」
朝9時半、無事にがびちゃんとこーたろーさんと合流。
昨日の夕方まで一緒に過ごしていたオトモダチと、またこうやって翌朝に会うってのは、これまでにはない経験かもしれない。
横浜駅からばびゅんと横須賀線に乗って移動、あっという間に、もう東京駅まで来ちゃった。
KITTE(正式なビル名はJPタワー)へ到着すると、まずはでっかいぽすくまくんと記念撮影!ココは日本郵政の中心、東京中央郵便局が入ってるんだよ。
「がびちゃん、ぽすくまくんのバッグのなかに入っていい感じだね!」
レンガ造りが美しい東京駅舎と、トレインビュー。穏やかな青空と雑踏を形作るニンゲンたち。耳には電車の軋む音が心地よい。
KITTEガーデンと呼ばれるココは、JPタワーの6階に位置しているオープンエアーの庭園なの。
ひねもす、電車が行き交う東京駅。
ひねもす、ずっと眺めていられるよね。
ひねもすってのは、漢字で書くと「終日」。一日中って意味だ。
そのとき。
チリンリリリン・・・
「あ、がびちゃんから、ひねもすの音色がするよ。」
「わ!ホントだ。がびちゃん、もう一度、聞かせて?」
「いいよ!」
がびちゃんはよし来た!とばかりにニッコリ笑うと、軽くその場で足踏みをしてみせた。
その首元からは、澄んだ鈴の音色が聞こえた。
ぽふぽふ、チリンリリリン・・・
「コレ、さっき手に入れたやつ!色違いの、おそろいだね。」
おれらはこのKITTEガーデンへ来る前、東京駅一番街のとあるお店に寄って、おみやげを買ってきたんだよ。
それが、この鈴。
がびちゃんだけじゃなくて、くまくんをはじめ、こーたろーさんちのぬいぐるみ家族はみんなこの鈴を首につけているの。
正式には「音色玉」という商品名で、「匠の会 ひねもす」っていう職人さんが出品しているんだ。
「うふふ、それで、ひねもすの鈴、かぁ。うん、そうかそうか。」
こーたろーさんは、がびちゃんがぴょこぴょこと足を上げてはチリリンチリリンと鳴らすのをうれしそうに眺めながらうなずく。
東京駅のトレインビューはもちろんのこと、このひねもすの鈴のお店を紹介したい、というのも、今日のもうひとつの目的だったんだって。
東京駅一番街にある「松竹歌舞伎座本舗」というお店の一角で職人さんが実演販売をしているよ。
「職人さんのお話、とっても面白かったよ。うちはねぇ、金色の鈴を選んで、ボブ家カラーの根付紐をつけてもらったんだ!」
「うちの仔たちとおそろいだねぇ。うれしいな。」
「うん。教えてくれてアリガトーなの!」
がびちゃんは足踏みをするのに飽きたのか、くるりと背中を向けて丸の内口のロータリーを眺めている。
その姿を面白がって、こーたろーさんがスマホのカメラを向けている。
チリンリリリン・・・
この鈴の不思議なところはね、鳴らそうと思って揺らさないと、鳴らないところなんだ。普通の鈴はどうしたって動けば鳴っちゃうでしょ?
ぽふぽふ、チリンリリリン・・・
ぽふぽふ、チリンリリリン・・・
がびちゃんってば、おれがお願いしたもんだから、実は何度も足踏みをして音色を聞かせてくれてるんだよね。
とっても優しくて、ちょっとお茶目ながびちゃん。
がひがびの、がびちゃん。愛されがびちゃん。
おれ、この鈴、だいじにするよ。
がびちゃん、くまくんたち、みんなとおそろい。
だいじなだいじな、おれらの繋がりの、鈴の音色。
こーたろーおばさん、がびちゃん、今日はおれたちのために、東京駅を案内してくれて、どうもアリガトウございましたなの。
いっぱい電車見て、おしゃべりもして、おそろいの鈴もゲットできて、とっても楽しかったの!
もっつ、行ってらっしゃい
「あー、そういえば、東京駅ででっかいクマも見たんだったなー!」
おれはあの日の写真を見返しながら、隣でひねもすの鈴を眺めながらうっとりしているもっつに話しかける。
「ん?でっかいクマ?ついに東京駅にもクマ出たのか?」
「アハッ!違うよ、クマのでっかい彫刻!もっつよりも全然おっきかった。」
(※Rin注: 三沢厚彦 氏の彫刻作品のこと、以前千葉市美術館で見たことがあるよ。そのときのお話はコチラ → 「ゲージュツガクブ、キメラに出会う」)
もっつはフーン、と気のない返事をして、根付紐をいじっている。おれのたてがみみたいなカラフルな紐だ。
チリンリリリン・・・
「もっつさぁ、来週、くまくんと会ったら、何話すの?」
「うーん、なんだろなぁ。おれ、オハナ(家族)以外にオトモダチに会ったことないからわかんね。」
そっか。そうなのか。もっつはもう30年以上も生きていて、オトモダチと遊んだこと、ないんだね。
「だから、初めてのオトモダチ。」
「そだね、くまくんがもっつにとっての初めてのオトモダチな。そっか。」
チリンリリリン・・・
「なんだ?キンチョーしてんのか?!図体デカいくせに!アハッ!」
「し・・・してねぇし!」
もっつは相変わらず、ひねもすの鈴を手でもてあそんでいる。
「なぁもっつ、オトモダチと仲良くなるために、おれがだいじにしてること、教えるよ。」
「ほう?ボブおがだいじにしてること?」
「そう。」
それはね。
同じ音色を聴くことさ。
よおくね。よおぉぉぉく耳を澄ませて、オトモダチがどんな音を聞いていて、どんなキモチかを想像することさ。
それから、もし話題に困ったら、好きなもののお話をするといい。なぁんでもいい、もっつの好きなもの。
それから、オトモダチに聞いてみるといい。「きみは何が好きなの?」ってね。
オトモダチの好きなものを聞いたらね、もっつはそれをだいじにするんだ。
もっつ自身も好きなものだったら、「おれも好き!」って話せばいい。もしももっつがこれまで興味のなかったものだったら、「どうして好きなの?」って聞けばいい。
万が一、もっつ自身が嫌いなものだとしても、決してふてくされたり怖い顔をして話を終えちゃいけないよ。
そういうときは、別の好きなものの話をするのさ。
必ず、オトモダチとひとつやふたつ、気の合うものが見つかるから。
そのたったひとつやふたつを、だいじにできたら、そのオトモダチとはもう同じ音色を聴けているってことだと思う。
おれは、そう信じてる。
ね?ホラ。
チリンリリリン・・・
「だろ?」
「ふーむ。ま、ボブおが言うんなら、きっとそうなんだな。」
もっつは自分の右手で鼻先をちょいと触ると、よっこらせ、と洗いたてのピンク色のポロシャツに手を伸ばし、モゾモゾとカラダをねじ込んだ。
さぁ、もっつの遅いお出かけデビューの準備はこれで万端。
もっつ、行ってらっしゃい。
どうか、くまくんとの時間を楽しんでな。
きっとこの音色がもっつをお守りしてくれるから。
ぽふぽふ、チリンリリリン・・・
ぽふぽふ、チリンリリリン・・・
がびちゃんの足音を思い出す。ひねもすの鈴がうれしそうに鳴る。
くまくんともっつとが、ふたりで仲良く足踏みをしながら鈴を鳴らして遊んでいる姿が、ボンヤリと目に浮かんだ。
ボブお
(完)
▼「ライオンボブ家、オトモダチに会いに海が見える町へゆく」を最初から読む▼
「くまくん!くまくん!くまくんくん! — ライオンボブ家、オトモダチに会いに海が見える町へゆく その1」
https://bobingreen.com/2025/06/20/14377/
「がびちゃんの秘密とくまくんの生い立ちと、それからそれから — ライオンボブ家、オトモダチに会いに海の見える町へゆく その2」
https://bobingreen.com/2025/09/05/15969/
▼以前、千葉市美術館で見た三沢厚彦展のお話はコチラ▼
「ゲージュツガクブ、キメラに出会う」
https://bobingreen.com/2023/08/29/6200/
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