ことばとことばとことばと、これから。星野灯さんの個展へゆく

「アァーモくぅーーーん!会いたかったぁ!会えたぁ会えたぁ!」

「わぁ!初めまして!ようやくお会いできてうれしいです。この度はご出版おめでとうございます。」

ニンゲンがふたり、なんとなくはにかみあって、初対面のご挨拶を交わしている。

ライオンのおれはというと、おれよりも小さなカラダの、茶色い猫を被った黄色いモフモフとしたどうぶつと、スリスリと頬を寄せ合って、お互いのニオイを確かめあった。

アーモくん——そう、茶色い猫を被った黄色いどうぶつはアーモくんという名前だ——は、きっと、「なんて派手なたてがみのどうぶつなんだろう・・・!ひげまで信号みたいだし。ライオン・・・なのか?」なんて思っていたかもしれない。

アーモくんは、クンクンとおれの存在を確かめたけれど、声は発さなかった。そのかわりに、アーモくんの”連れ”のニンゲンがおれに話しかけてくれた。

「ボブおくん、初めまして。来てくれて、ありがとう。とってもかわいいねぇ!僕、原色が好きなんだ。」

なるほど。そりゃあ、おれのことも気に入ってくれるわけだ。

えへへ、とおれらははにかみあってから、視線を外し、本まみれの店内をぐるりと見回した。

ココは、トーキョーはゴートクジ(豪徳寺)という街。

小田急線の各駅停車しか停まらない駅で、名前をうっすら聞いたことがある程度。おれらの暮らすチーバの町からは、電車を乗り継いで1時間半弱くらいかかった。普段はなかなか縁のない土地で、当然、おれは(そしてリンくんも)今日初めて降り立った。

おれ、シジンのオトモダチに会いに来たんだ。

シジン、詩を書く人と書いて、詩人。

ニンゲンのほうの名前は星野灯(ほしのともる)さんという。

そして、茶色い猫を被った黄色いモフモフとしたどうぶつであるアーモくんも、実はシジンだ。まぁ正確には、詩を書くどうぶつ?いや、詩を書く・・・モフモフでいいのかもしれない。だから、詩モフとでも呼んでみようかな。

星野灯さんがこの度めでたく『星のゆらぎに火を焚べて』という詩集をご出版されてね。その記念として初めて東京で個展を開催するのだと聞いてから、おれはずっとワクワクしていた。というのも、普段は神戸で暮らしているアーモくんと星野灯さん、活動拠点も関西のことが多いようで、なかなかお会いする機会がなかったからだ。ニンゲンがやってるTwitter(現X)ってやつで知り合ってからこのかた、SNS上で作品を読んだり、メルマガで近況について見聞きしたりしてきた程度で、なかなか直接の交流を持てずにいた。

それが、なんと、詩集の出版元であるこの豪徳寺の書店内で展示を行うというのだ。それはなんとしてでも会いに行きたい!ってことで、アーモくんと星野灯さんの在廊最終日に、すべり込みで伺うことができたってわけさ。

店を入ってすぐのところに、すっと背筋を伸ばして立つ黒い猫さんがいた。

「あぁ、ルクスさん、だよね。こんにちわーに。」

おれが挨拶をすると、すっと窓の外へ視線を移しながらも、コク、と軽く会釈をしてくれた。たぶん、ものすごくシャイなのかな、そう思ったけれど、実のところはわからない。だから、もうひとことだけ、話しかけてみた。

「ねぇ。ルクスさんはさ、とっても本が似合うね。こんなにも本の似合う猫さんはいないよ。」

おれがそう言い終えると、とてもうれしそうな顔をしてくれた。本に囲まれているのが好きなんだね、きっと。

改めて店内を見回すと、棚には本がぎっしりと詰め込まれている。ところどころにポストカードのような小物や雑貨があったりもして、いわゆる一般的な総合書店とはまったく異なり、店主の選択したものだけが並べられている印象だ。

書店だから当然といえば当然なのだけれど、見回す限り、文字だらけだ。ニンゲンのことばを話すライオンのおれではあるけれど、こんなにも文字に囲まれることはそうそうないのでちょっと圧倒されてしまう。

ことば、って耳で聞いたり自分の声に出したりさ、あるいはココロのなかで反芻したりして、おれ、知ってるつもりだし、大事にしているつもり。

だけれど、文字、って違うよな。この店内の本棚にはぎっしりと文字が詰め込まれていて、おれにはそのほんのひと握りくらいしか、ことばとして入ってこない。「ディスクール」って一体なによ、普段の会話に入ってこない単語はおれには全くもってチンプンカンプンな文字だ。

本だらけの空間にちょっとだけ混乱しつつも、ゆっくりと視線を動かしていくと、そこに、ちゃんと、詩がいた。詩は、ことばだ。

圧倒的な文字のなかの、そのスキマを縫うようにして、星野灯さんの詩がしたためられたパネルが展示されていた。また、棚のここかしこには、ぬいぐるみたちが座っている。

例えば。

揺れ動く、ことば。

それは、モビールのように吊り下げられ、風に合わせて速度を変えてゆらりと回転する自由さ。

重みのある、ことば。

それは、まるで挿絵のように、そっと詩に寄り添う親子のカンガルーの距離。春みたいに優しくて柔らかい光。

もろい、ことば。

それは、人から求められるカンペキなんかじゃなくていいんだと、視線をそらさずにいえる強さ。

——おれは、ことばを手に取ることができる、ってこういう感じなんだなって、理解することができた。

すごい、理解した。

そうそう、店の奥には額装された黒猫さんのイラストも展示されていてね。

星野灯さんの手書きの原画で、本の表紙にもなった黒猫さんだ。たぶん、ルクスさんなんだと思うけれど、ぬいぐるみになったルクスさんよりも少しさみしそうな、それでいて、いろんな混沌を詰め込んだような、そんな存在感を、原画の黒猫さんには感じた。星野灯さんによれば、クレヨンで、たくさんの色を重ね合わせて描いているという。そっか、だったら、黒猫さんに見えるようだけれども、実は虹猫さんかもしれない、だなんて勝手におれは考えたけど、どうかな。

今日来る前に、星野灯さんの詩集の出版元である七月堂さん(まさに今おれがいる書店だ)から予約で本を取り寄せて、一読してきたんだ。ほら、やっぱりさ、せっかく著者である御本人にお会いできるなら、感想を言いたいじゃない?

おれが好きな詩、リンくんが好きだと言った詩。

それが全然違うから、笑っちゃったよね。

おっかしーの。ホラ、おれって、リンくんと一心同体のようで、実は違うんだよなぁって、気がついちゃった。おれもちゃんと人格・・・いや、ライオン格があるんだよ。

「うちのボブおはね、星野灯さんの『ことば』っていう詩がとても好きだと言ってて。でね、わたしはね、『異星人』が好き!」

「へぇ!『異星人』は、”これから”、って感じなんです。今年に入ってから書いた作品で、気に入ってるんですよ。」

「いやぁ、わたしもいちばん好きだなって思ったから、目立つところに展示されていて、なんだかうれしいです。」

星野灯さんはリンくんに丁寧に説明をしてくれている。リンくんは自分が文章を書くときも、オノマトペだったり、カタカナでなにかを表記することだったりが好きだから、どうやらハマったらしい。

どんな詩かはほんの少しだけ。

チキュウというほしには
いろんな「せい」があふれていて
すいちゃんとみんちゃんは眠くなってしまいます

(「異星人」より抜粋、p.25、星野灯 著『星のゆらぎに火を焚べて』、七月堂、2024年)

「あぁ!『ことば』もあったぁ!」

ちょっと低めの、腰をかがめるとちょうど目の前にくるぐらいの位置に、「ことば」を見つけた。

そう、おれは、「ことば」を見つけたのだ!

コッチも、お気に入りのワンフレーズを、少しだけ。

にんげんが使える
数少ない魔法のひとつ

(「ことば」より抜粋、p.141、星野灯 著『星のゆらぎに火を焚べて』、七月堂、2024年)

おれらが入店してから、気がつけば1時間ほどが経っていた。

カラン・・・とドアが開く音がしたので思わず視線をやると、そこには見知った顔がいた。

「え!わ!パルムくん!偶然だねー!」

「え!おぉ!ボブおくんだ!わぁうれしい・・・!」

おれらは偶然の出会いに興奮して、クンクンとニオイをかぎあった。それから、パルムくんが店主を務めるバーレプリ(新橋Bar Repli)へ、いまだに訪店できていないことをお詫びした。

ニンゲンがもうひとり増えて、3人でおしゃべりに華を咲かせている。

「んじゃ、記念撮影しよう!」

物静かなしろくまのひかりちゃんが穏やかに過ごしているソファに、わちゃわちゃと小さなおれらは横に座り、4人で一緒に記念撮影をした。

「星野灯さんの展示がつないでくれた縁だよね。」

そう言うと、アーモくんは、「うふ」とコッチを向いてほほえんでくれたみたいだった。

パルムくんは、お店の準備があるからお先に失礼、と言って退店していった。ホントはこのまま帰り道にパルムくんのお店へノドを潤しに行きたいくらいだったけれど、おうちでお留守番してくれているオハナ(家族)たちのためにココロを鬼にして、新橋はまたの機会に、ということにした。

冬の夕方は早い。午後4時少し前。さぁ、おれらもそろそろ帰らなくちゃだ。

「そうだ。本にサイン、書いてもらえますか?」

おれは星野灯さんにお願いをした。

「宛名とか、書く?」

「あ。ボブお、で。ボブはカタカナ、お、はひらがなのお、です。」

金色のペンで、すすすっと書いてくれている間に、おれのほうはというと、展示の感想ノートにコメントを残すことにした。

おれがたいせつにしていることばというものを
目で見て手にとって感じることができる空間は
とっても好きだと思いました。
アーモくんにも会えて、おれとってもうれしかった!

ボブお(代筆Rin)

星野灯さんから、サインを書いてもらった本を受け取ると、おれらは帰途についた。

「ありがとう、ありがとう!とっても楽しかった!アーモくん、またね。」

「またね、ありがとう。」

ことばとことばとことばと、これから。

アーモくんとバイバイをしながら、おれはこっそり、アーモくんの耳元でささやいたんだ。

「おれ、実はアーモくんの詩、好きなんだ。また、読ませてよね。」

——うん、今回はともるんの回だから。次はぼくも。

まぁ、おれの空耳かもしれないけれどな、なんかそう返してくれたような、気がする。

「これから」の詩モフ活動も楽しみにしてるよ、アーモくん。

おれも、ことば、がんばるからな。

約束。また会って、ことばを交わそうね。

ことばとことばとことばと、これから。

ボブお

“サインありがとうございました!「ボブおさま」、うれしい!”

星野灯 著 『星のゆらぎに火を焚べて』 七月堂、2024年
https://shichigatsud.buyshop.jp/items/94573173

星野灯さんの個展情報はコチラ↓

星野灯 ✕ 七月堂 刊行記念イベント『星のゆらぎに火を焚べて』
会期: 2024年12月7日(日)~2024年12月24日(火)
場所: 七月堂(東京都世田谷区豪徳寺)

※著者御本人の在廊期間は、2024年12月19日(木)で終了したそうです

星野灯さん SNS
公式X(旧Twitter): @tomoruhoshino
公式Instagram: @tomoru_hoshino

ちなみに。

せっかくの七月堂さんなので、帰りがけに本を2冊買いました。

  • 一冊は、大好きな町田康さんの書き下ろしがのっているという七月堂オリジナル冊子
    『AM 4:07 vol.2』
    https://shichigatsud.buyshop.jp/items/95096644
  • もう一冊は、シークレットブックで、せっかくなので詩集を。
    『何気ない毎日を愛おしく思った時に読みたい詩集No.006』

さぁて、どんなかな?

「みどりテラスはことばの学校」
https://bobingreen.com/2022/11/24/3078/

「おれがことばを話す理由」
https://bobingreen.com/2022/07/08/2287/

「リンくん、カイシャやめたってよ。」
https://bobingreen.com/2021/08/02/1090/

「ブチとシロ」
https://bobingreen.com/2021/05/01/1036/

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Rin(リン)

ぬいぐるみブロガー、Rin(リン)です。 ライオンのボブ家と愉快な仲間たち、そしてニンゲンのケンイツ園長と一緒に、みどりキャンプ場で暮らしています。 ボブ家の日常を、彼らの視点でつづっていきます。

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