ぼうしパン食べて大きくなったおれたち
「あのね。それでね。」
リンくんの話がぜんぜん終わらない。
うっす。おれ、ツキノワグマのころすけでっす。
おれの目の前には、いま、リンくんがお土産だといって手渡してきたぼうしパンがある。見覚えのある、とっても懐かしいカタチとあまぁいカステラのような卵の香り。ハラが減ってるというのに、なかなか食べさせてくれないんだ。
「青のネットに周囲を囲まれた梨畑の景色が、まったく変わってなくてねぇ。全然再開発されてないんだよね。それでさ、あの昔よくお散歩した神社の横の坂を、農家さんの軽トラが、エンジン音を空回りさせながらわたしを追い抜いていったの。その農家さんのスタイルも変わらないこと変わらないこと!なんであぁいう首もとまでおおったピンクの小花柄のほっかむりみたいな帽子かぶるんだろうねぇ。変わらないねぇ。」
「フンフン。」
「あ、あと同級生のNちゃんのおうちの横も通ったよ。それから、元の実家のおとなりさんのSさんち、まだ表札変わってなかったなぁ。おじさんとおばさん、まだ住んでるんだろうね。あ、でも家の前に青森ナンバーの大きなファミリーカーが停まってたの。ホラ、息子のドッチかが遊びに来たとか?ねぇ、どう思う?」
「はー。さて・・・。」
「あ、でねでね。肝心の実家だけどさ、聞いてよ!完全に建て変わってたの!門も変わってたし、建物もピカピカでカッコよかった。はぁ無くなっちゃったんだなーって感じだよ。」
「フーン。そっかぁ。」
「あーあとねぇあとねぇ。農協の建物も建て変わってた。それなのに、あの前の道、いまだにドブ板の上歩かせるんだよ?よくあの道で新品のヒール傷つけてショック受けてたわ。ベビーカーとか押すのもホント危ないし、あの歩道はいい加減、整備したほうがいいよねぇ。」
こうなったらリンくんの弾丸トークが止まらない。まるで散弾銃のように、自分が今日、10数年ぶりに見てきた地元の光景を、アッチコッチから飛び飛びに思い出したそばから、しゃべり続けるんだ。
リンくんとおれにとっては、子どもの頃に一緒に暮らして過ごした町、それからリンくんが小学校・中学校と通った町、だから一応、地元と言ってもいいと思う。まぁ今となっては、実家もなければトモダチと会うこともないけれども、あぁ、かろうじて、親戚は2軒だけ、住んでるかな。
「あ。で、ですよ。ころすけ!聞いて聞いて。」
「うん。」
「アハッ。そう、ぼうしパンよ。ぼうしパン!パン屋さん、あったんだよー!おやつによく食べてたぼうしパン。ころすけ、一緒に食べたよね。」
ようやく本題に入った。おれはもうヨダレをガマンするのが大変で、あーとかうーとかあいづちを打つのも大変だったのよ。
ゴクッと口の中に溜まったツバを飲み込んでから、おれは口を開いた。
「アレだろ?バイエルン。」
「そう。バイエルン!他のパン屋さんは、もう無くなっちゃったもんね。」
「うん。思わずおかみさんに話しちゃった。『20年以上ぶりに来ました。子どもの頃ぼうしパン食べてました。』って。」
「そしたら、なんだって?」
「『あらぁそう!じゃぁ、そこの小学校出身?』って聞かれたよ。」
「あ、リンくん、違うじゃん。」
「そうそう、考えてみればさ、あの店の場所って、道一本でうちの学区外だったんだよねー。だからさ、なんか、『アッチの小学校でしたぁ』って言ったら、おかみさん、微妙な表情になっちゃったよ。アハッ!」
リンくんとどうでもいい昔話をする。でもそんなたわいもない話だって、このぼうしパンをリンくんが買いに行かなければできなかったのだ。
「というわけで。さぁて、食べましょうか。」
「そのコトバを待ってたよ!前置き長いぞ、リンくん。」
いっただっきまーす!!!
おれらは、ぼうしパンをはさんで向かい合った。
ぼうしパンとはその名の通り、帽子のカタチをしたパンだ。どうやら正式名称はたまごパンらしい、が、おれらは昔からずっとぼうしパンと呼んでいた。パン生地のまわりにじっとりとしたカステラのような、ビスケットを柔らかくしたような甘い生地がかかっている。本体はもちろんメインなのだけれど、まわりのフチ(つまりぼうしのつば)がごちそうなんだよな。
裏のアルミホイルをペリペリとはがし、つばの部分をそぉっと手でちぎって、口に運んだ。
はむっ!
もんぐもんぐ
「おー、あまーいっ!」
「うんわ、懐かしい味!」
「だなー!」
思わずおれはリンくんと顔を見合わせた。
その瞬間、目の前のリンくんが、おれが出会ったばかりの頃の8才に・・・見えたらなんとも童話的でホッコリとした話になるのだけれど、残念ながら中年のオジサンだかオバサンだかに足を突っ込んだオトナのニンゲンであることには変わらなかった。
「ねぇねぇ、いまさ、ころすけ、ちょっと笑ったでしょ?」
「へ?なんでもねーよっ。」
「ころすけはさー、ぼうしパン食べて大きくなったよね。あ、カラダのサイズが変わらないだろうけどさ、中身がオトナになったよねぇ、って意味ね。ころすけ、わたしの8才の誕生日にやってきてさ。それから、毎日一緒に寝起きして、学校から帰ってくると、こうやっておやつを食べて。ね?」
「ヘヘッ、そういうリンくんだって。ぼうしパン食べておっきくなったよな。」
ちびっこのリンくんは、まるまる丸顔をさらに強調するぱっつんおかっぱアタマで、同じくらいまるまるとした、このぼうしパンをほおばっていたんだ。
それがどうした、今は、刈り上げベリーショートの、その前髪の分け目には白いモノが目立つじゃないか。
「あーリンくん、なかなか人に会わないからって白髪染めサボるなよな。」
「エ?何で急に?節約の一環だよぉ。」
ぼうしパンの本体にかぶりつくと、モソモソっとした小麦の味がした。この頃の天然酵母にこだわったハード系の、とか、ドコソコの有名店で修行して独立した店主が営むオシャレなカフェ併設の、とかには置いていない、洗練さとは皆無の、飾りっ気のない昭和の味と言ったらいいだろう。
「なぁ、なんか、うれしいな。」
「あ、そう?ちょっと歩いたけど、がんばって買いに行って良かったよ。着いたのが昼どきでさ、そうそう、小学校の横を通ったら、ちょうど昼のチャイムが鳴ったの。懐かしかったなぁ。『ぎーんごーんがーんごーん!』って、低めの濁った音でさ、この辺の小学校のチャイムと音が違うんだよね。あ、給食の時間!みたいな。6年分の響きが、DNAに染み付いてるっていうか。」
あぁ、リンくんってば、また今日の報告話に戻ってしまったよ。
まぁ・・・、このぼうしパンを食べ終えるまでは、仕方ない、付き合ってやるとしようか。
だって、リンくんってば、まるで、学校から帰ってきた子どもが、今日あったできごとを母親に全部話しているような、そんな笑顔を見せてくるんだもの。
おれは、こうやってリンくんと一緒にイチニチイチニチの日々を積み重ねて、大きくなったんだ。
このぼうしパンが、それを思い出させてくれたよ。
ありがとう、ぼうしパン。
おれらのココロを、あたたかく包み込んでくれて、ありがとう。
おれもリンくんも、すっかりオトナだけど、いろんなことがあったけど、変わらず一緒に暮らしています。
これからも。
これからも、よろしく、な。
「あ!おれにも、つばのトコ、もうひとくちくれよな。」
ころすけ
「のりのり!のりのり!のりのりチバのりー!」
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