もっつが大切にしている日
「今年は雨降りだったけどさ、夕方はやんで良かったよね。桜並木、傘なしで歩けたね。」
「そうだなぁ。もっつ、今年も来られて、ホント良かったな。」
リンくんとケンイツエンチョーが、ワイングラスを片手におしゃべりしてる。
ココは”おれの店”、おれのお気に入りのイタリアンレストランだ。
まるでかまくらのような白いドーム型の個室があって、わっしはここなら安心して外食をすることができるんだよ。
ツキノワグマのもっつです。
今日は、おれにとって、一年で一番大切にしてる日。
だいすきなおとっつあんのお墓参りの日だ。
正確に言えば、お墓参りをして、それから桜並木を眺めて、ここで、食事をする。そう、献杯だ。
前菜の盛り合わせをつまんでいると、店員さんがやってきた。
トレイの上には、おれの大好物の”つぼ”がある!
クマの好きな”つぼ”といえば、みんなハチミツだと思うだろ?ホラ、あの例の黄色い肌に赤い服着たプーってやつの影響でさ。
ノンノン!おれの大好物の”つぼ”は、ちょいと違うんだ。
「お待たせいたしましたー。きのこのつぼ焼きスープでございます。」
そうそう。コレコレ。おれは、これに目がないのだ。きのこのつぼ焼きスープ!
カップを覆うパイ皮のバターの香りが、ぷぅんと鼻をくすぐって、この香りだけで白ワインが飲めてしまう。
「はぁー!いい香り!一年間、コレを楽しみにしていたよ・・・!」
このプックリしたパイを崩すと、白い美しいきのこスープが登場する。
「もっつ、召し上がれ。」
ハフハフッハフハフッ!
ふぅー。ほんの一瞬で食べてしまった・・・!
ちゃんと、今年も一連の工程を終えることができて、ホッとした。儀式ってほどたいそうなものじゃないけれどさ。なんだか、正月以上に、一年の区切りって感じがするよ。
だいすきなおとっつあんのお墓参りをして、大好物のつぼ焼きスープを食べて、桜が散るのを観るのだ。
おれはいつだって、今でも、おとっつあんと一緒にいるんだよ。
8才のおかっぱ頭のちびっこリンくんが、店内にひしめく大小さまざまなどうぶつたちの中から、おれらツキノワグマ兄弟(弟はころすけだ)を選んだあの日。おとっつあんと一緒に手をつないで、家まで帰ったよね。
それから、どれだけの月日が経っただろう。毎日遊んでもらって常にリンくんにつきまとっていた日々もあれば、お仏壇の横のソファで、お線香の香りに燻されたまま誰にも相手にもされず、おれの毛並みがくたくたになったこともあった。
いろんなことはあったけれど。おれ、今、なかなか幸せだよ。ちゃんと、リンくんと毎日一緒に寝てるしな。(寝汗やヨダレの恐怖と戦ってもいるけれど。)
おかげさまで、こうやってレインコートも買ってもらったから、無事に今日もここまで来ることができた。ほら、今日は、雨予報だったからさ。
今朝のことだ。
まだ誰も起きてくる前に、おれはガソゴソとビニール袋を開けて、黄色いそのシートのようなものを身にまとう。右手、左手、と通すと、ものすごく長くて、余ってしまった。
「リーンくーん。袖、折って?」
「はいな。うーん。さすがに子供用の長袖は余っちゃうよね。半袖ならちょうどいいんだけどね。」
ゴニョゴニョやってると、ケンイツエンチョーが起きてきた。
(・・・じゃーん!)
「おぉわぁ!もっつ!レインコート着せてもらったのか!いいねぇいいねぇ。」
「エッヘン!エンチョー。おれ、大雨でも、これで平気だよ。今日、絶対行くからね。」
一週間以上前から天気予報をチェックしていたリンくんが、おれのことを心配して、レインコートを買ってきてくれていたのだった。クマ用ではない。ニンゲンの子供用の、黄色いやつだ。
本降りだった雨が、少しだけ弱まった頃。
それでも、防水加工どころか口にファスナーのない帆布のトートバッグに入るには、あまりに天気が悪すぎた。
おれは、黄色いレインコートのボタンを首元までキッチリ留めて、フードをかぶって、それから、トートバッグのなかにおしりからスポっと入った。おなかの上には弟のころすけが入ってきた。
「じゃ、行ってくるね。」
オハナ(家族)のみんなにあいさつをすると、ライオンたちがトートバッグの端によじ登ってきた。見送ってくれるのかと思ったら、違うみたい。
「うぉぉぉぉー!おれらも行きたいのぉー!連れてってぇー。」
「んお?ボブお!珍しく取り乱してるね。ごめんね、今日雨だからさ、もっつところすけを連れてくので精一杯なんだよね。ライオンのみんなはおうちでお留守番、お願いできる?」
「うぅーうぅー!わかってるけどぉー!・・・もっつぅ、ころすけぇ、行ってこいなー!墓参り、よろしくなー!あと、メシ楽しんでこいなぁー!」
「・・・ボブお、コップのフチ子さんならぬ、バッグのフチおさんになっとる。上手にぶら下がってるね?」
「うー。うー。わうわうわうわう。」
ライオンがうなっとる。
・・・なぁ。なんだか、今日はおれにとって、大事な日なんだってば、ちょっと神妙な気持ちになってるのにね、そんなことをふっとばすような、オハナのみんなからの愛情たっぷりの送り出しだった。
わずらわしいような、でもうれしいような、なんだかちょっと複雑な気持ち。いつもなら、おれがみんなを送り出して家で留守番する役回りだから、申し訳ないけど、今日だけは許してもらった。
だってさ。今日は、おれにとって大切な日。
お墓の前で、ゆぅらりとのぼってゆくお線香の煙を見て、静かに手を合わせる。
雨上がりの曇天のなか、力強く咲く桜の木々を見上げては、たくさんの思い出をたぐり寄せる。
おれの大好物の”つぼ”をつまみに、おいしいものが大好きだったおとっつあんに献杯をする。
アスファルトの地面にへばりついた桜の花びらが、少しずつ、乾き始めていた。
「おれ、みんなから愛されてるって、思うよ。だから、安心してな。」
空になった”つぼ”を前に、ほろ酔い気分で今年もおれは報告したのだった。
もっつ