梅の残り香、桜の呼び声
ピィーユピィーユ
ピィーユピィーユ
ヒヨドリが心地よく声高らかに飛び回る。
ガサッガサッ
ガサッガサッ
なかなかに激しく飛び回るものだから、あちらこちら頭上から花弁が落ちてくる。
きっと鳥たちも、春を喜んでるのだと、そう思う。
フクこと、アザラシの鰒太郎(フクタロウ)です。
わたし、生まれて初めて、お殿様のお庭、水戸の偕楽園というところに連れてきてもらったの。
空が青い。昨日の春雨が、チリもホコリも、花粉さえも吹き飛ばすかのように、空気を洗ってくれた。
梅で有名だという広大なお庭、あちらこちらに「梅まつり」と書かれたピンク色ののぼりが立てられていて、黄色や赤や黒やのカラフルな看板をかかげた屋台からは、いい香りが漂ってくる。
ハチマキを巻いて色のついたメガネをかけた眉毛の細いオジサンが、巨大なたこ焼きを焼いてる。
クンクン
クンクン
「ンー。いいニオイするぅ・・・!」
「ほら!フク。コッチ、コッチ。屋台には寄らないよ。梅のお花を見に来たんだよ。」
「あーん・・・!」
どうやらリンくんは屋台メシには興味がないらしい。わたしはリンくんの胸に抱っこされて、腹をすかせたまま園内を歩くことになった。
我が家では毎年この時期、2月下旬~3月のあたりに、水戸の偕楽園までドライブに来ているらしい。わたしがこの家にやってきたのは6月だったから、春の季節をオハナ(家族)全員で過ごすのは初めてというわけだ。
「フク、見てごらん。フクのお耳のピンクとぴったりの紅梅!キレイだねぇ。よく似合ってるよ。」
「・・・(フンっ・・・!)」
元来、海辺の生きものであるわたし(アザラシですよ。実はね、びっくりするかもしれないけれどね、ウサギさんではないんですよ!)だから、梅だとかそういうったものとは無縁だった。ニンゲンたちと一緒に暮らすようになって初めて、世の中には色とりどりの草木というものがあるのだと知ったのだ。
クンクン
クンクン
「ほわー!なんか、ふんわりした香りがするよぉ!・・・梅ってさ、うまいのか?」
「んもー!フクはいつだってゴハンの話ばっかりだね。そうだねぇ、梅はおいしいよ。じゅるり・・・。」
リンくんがヨダレをぬぐう仕草をした瞬間、ケンイツエンチョーに突っ込まれた。
「リンくんはあれでしょ、梅のお菓子が好きなんでしょ。」
「そうそう。水戸の梅。アレ、サイコー。昔から好きなんだよね。」
ハテ?
梅のお菓子とはなんぞや?
「あ、それか、梅酒とか、梅干しとかさ。ね?」
「そう。だからね。フク。梅はおいしいんだよ。でもこの花は食べられないと思うな。」
「フーン。いいにおい、するのにねぇ。」
「うふふ。フクは梅の香りが気に入ったのかな?それじゃあ、来て良かったね。」
「うむうむ。」
わたしはこんなあたり一面の梅畑(梅に畑という表現があるのかな?梅の園、か)を前に、どんなにかその梅のお菓子というものやらがおいしいのかを想像して、口元がゆるんでしまった。
その時だ。
広場にほど近く、茶屋の近くに向かって、梅見客とは明らかに違うニンゲンたちがぞろぞろと列をなしてやってきた。
いち、に、さん・・・ろく。全部で6人。みんな同じ黄色い衣服をまとっていて、普段わたしが暮らすチーバの町では見慣れないような格好をしている。
「なんかおネーさんたちが出てきた!なんだなんだ?」
リンくん、真新しいカメラを首から下げて、スットコスットコと駆け寄っていく。
「水戸の梅大使、だって!ひゃぁー。」
わたしからすれば、なにがひゃぁーなんだかわからないけれど、リンくんはなにか喜んでいる様子。美しく着飾ったおネーさんを眺めるのが好きらしい。
「うわぁ、ドキドキするぅ。えー!みんな一緒に写真撮ってもらってるよ?ねぇ、フク、近くまで行ってさ、おネーさんに抱っこしてもらって写真撮りたい?」
「・・・結構です。」
「エッ!なんでー!こんなチャンスないよ?フク、行こうよ。」
「・・・イヤだーぁ!わたし、人気ものになっちゃったら困るもん。」
「アハッ!引っ込み思案なんだなぁ、フクは。」
「・・・そんなじゃないもん。」
リンくんの誘いをなんとか断って、わたしがひと息つくと、頭上には大きな木がおおいかぶさっていた。まだまだ咲き始めとはいえ、一輪一輪、しっかりとした花弁をつけて、力強く咲いている。
「うわっ。梅とは違う形してるね?」
「エーッと・・・。しだれ桜かな。大きな木だねぇ。大きな木といえば。好文亭の前の大きな桜の木、去年までは幹が残ってたよね。台風でやられちゃったとか言ってたけど・・・。」
リンくんがそういうなり、視線を横にずらす。
すると・・・。
ぎょうぎょうしいほどのスペースにたった一本の細い若木が立っていた。その木の周囲はぐるりと植え込みに取り囲まれ、さらにその外側は柵で囲われて、立ち入ることができないようになっている。
「あっ!もしかして、植え替えたんだ・・・!すごーーーい!去年とは景色が違うもの。もしかして、この先、ごじゅうねんとかひゃくねんとか先、また大きな太い幹の桜に育つのかな。そしたら、すごいねぇ。昔の姿に、また戻るのかもしれないね。」
リンくんが早口でなにやらしゃべっているのだけど、わたしにはよくわからない。
「ン?どゆこと?」
ケンイツエンチョーが解説するに、こういうことだった。
かつてこの場所、いまわたしたちが立っている、柵で囲われているこの場所には、大きな大きな桜の木が立っていたんだって。偕楽園左近の桜、といって、由緒正しき歴史のある樹木だったのだけれど、その木が、4年前(令和元年)の台風で、根本から倒れてしまったらしい。当時の木は3代目の左近の桜で、63年ほどの樹齢だったらしい。
その後、再植樹のプロジェクトを経て、なんと、数日前(2023年3月16日、というから、わたしたちがやってきたたった3日前のことだ!)、この地に4代目の左近の桜が植樹されたのだそう。式典には秋篠宮佳子さまもいらっしゃったそうな。
「ほぇーーー!ということは、やっぱりあと50年もしたら、また大きな桜の木に育って、素晴らしい景観を作り上げるということかもしれないね。桜の木って、やっぱり特別なんだねぇ!」
わたしがフムフムとうなっていると、リンくんがカメラを手にまた駆け出した。
「おおおー!貴重!去年や一昨年に撮った写真と比べてみようっと。そして、来年も再来年も撮りに来よう。この左近の桜の木の成長を、見届けようじゃないか!えいえいおー!さぁフクもご一緒に!えいえいおー!えいえいおー!」
「・・・。」
もうわたしはリンくんのへんてこなテンションにはついていくのはやめにした。
でもね。
お殿さまの歴史あるお庭で、とても美しい花を見て、歴史を感じることができて、なんだか楽しい春のイチニチだったんだ。
梅は去っていき、桜はやってくる。
そして、来年になれば、それぞれの木がまたひと回り大きくなって、再来年にはもうひと回り大きくなって。そうやって、イチニチイチニチ、イチネンイチネンが繰り返されてゆく。
ココロ穏やかに、草木の成長を見守り、愛で、精一杯楽しむ。
わたしはね、しがないアザラシだけれども、ニンゲンと地上で暮らして、そんな楽しみを知ってしまったんだよ。
ちょっとうれしかったんだ。
そう思ったら、また口元がニヤリとゆるんでしまった。
わたしを抱っこする、リンくんの顔を見上げると、リンくんもニヤリとしていた。
ふぅわりと風にのって、梅の香りがわたしの鼻先に届いた。バイバイ、また来年、とでも言ってるのかな?
「ねぇ、リンくん。ところで、梅のお菓子、まだぁ?」
今日もわたしの腹の虫が鳴く。グゥ。
フク(鰒太郎)
「梅の枝ぶりと花つぼみ」
https://bobingreen.com/2022/02/28/1656/
※偕楽園左近の桜についての参考資料↓↓↓
【水戸市】 偕楽園左近の桜について
https://sakuraibaraki.localinfo.jp/posts/6738484/
日本三大名園 偕楽園
https://ibaraki-kairakuen.jp/
偕楽園左近の桜植樹式典の様子(偕楽園公式ホームページより)
https://ibaraki-kairakuen.jp/news/detail?id=1623
※リンくんの好きな「水戸の梅」というお菓子はこちら↓↓↓
亀じるし「水戸の梅」
https://www.kamejirushi.co.jp/view/item/000000000094