ライオンボブ家の初タコパ
「オチョアーーー!おぁーーー!」
事の始まりは、11月22日(火)深夜の、ポーランド対メキシコ戦だった。
サッカーW杯2022 in カタール。そう。4年に一度のスポーツイベントだ。
この日は祝日の前日。おでは夜更かしライオンになって、ケンイツエンチョーとリンくんと一緒にテレビを眺めていた。
ライオンのボブぞです。
おで、スポーツ選手になるのが夢なの。いつかおっきくなったら大谷サンみたいなエースでスラッガーになりたいんだけどね、野球以外にも、いろんな競技を観るのが好きなんだ。今年7才になったおでは、人生(ライオン生)2度目のサッカーW杯を迎えたってわけさ。
ファンかってきかれたらちがう。正直、選手の名前とか全然知らないもの。普段はサッカー観ないし、リンくんなんて、いまだにオフサイドのルールがわかってないらしい。それでもスポーツ観戦そのものは好きだから、スポーツ大会組織運営における説明不能な事情や不透明なお金の動きやジンドーテキなモンダイ、いっぱいネガティブな議論があることには決して知らんぷりはしないものの、なおやはり、やるからには、ワクワクして観てしまうのだ。
ニンゲンたちの繰り広げる不条理な出来事、不合理で一方的な理屈。それらは、日常の中にも大なり小なりと溢れていて、ライオンのおでからしてみれば、ちゃんちゃらおかしなことばかりだ。おかしいことに気がついているなら、ひとつひとつを取り上げて、それはおかしいと声を上げるべきだ、ということなのかもしれない。おかしい、と思うのに、目の前のW杯の試合を観てしまうことにおでは矛盾を感じている。
矛盾を感じながら、ワクワクしている。目の前のサッカー選手たちのスーパープレイは素晴らしく、美しく、ついつい引き込まれてしまう。
でもビクビクもしている。きっとこのW杯はなにごともなかったかのように成功を収めてしまうだろう。
むぅ・・・。ライオンボブぞ7才、大変に悩ましいお年頃なのだ。
あ。そうそう。おでらはね、日本が出てるからもちろん日本のことは応援するけど、それ以外の国を観るのも好きなんだ。ほらっ、おではタテガミがカラフルでしょぅ?あか、あお、きいろ、みどり。そんな色がチームカラーの国はついつい応援しちゃうよね。だから、今日のポーランド対メキシコは、みどりベースのユニフォームが派手だからという理由で、なんとなぁくメキシコびいきで観ていた。
「オチョア―!レバ・・・なんとかの、PK止めたァァァァァァ!ボブぞ、すごいねぇすごいねぇ。」
目の前でリンくんが騒ぐ。ポーランドの名選手レバンドフスキ、が言えなかったらしい。おでもいっしょにタテガミを振り乱して観戦した。
結果は0-0で引き分けだった。深夜3時、その晩は興奮冷めやらぬで、無理やり目を閉じて眠りについたのだった。
そんなことがあった週末、ニチヨービ。
買い出しにでかけたケンイツエンチョーとリンくんがなにやらの瓶詰めをいくつか抱えて帰ってきた。見たことのないまぁるいパンのようなものもある。
「ねぇねぇ、今日の晩メシ、なぁに?」
おでがリンくんに話しかけると、リンくんはニヤリとして答えた。
「むふふ、タコパだよ。」
「タコパ?タコパって、たこ焼きパーティーってやつでしょ?うち、たこ焼き機なんてないじゃん。」
「むふふ。タコパはタコパでも、我がボブ家のタコパは、タコスパーティーだよ!メキシカンだよ!オチョアァァァーーー!」
今夜のメニューがタコスになった理由を聞くと、まったく食い意地の張ったリンくんとケンイツエンチョーらしい話だった。
今日の買い物の途中、ピザ屋さんの横を通ったら、いつも10台近く停まってる宅配バイクがすっかり出払ってたんだって。
「うおぉ。今日はピザ屋さんは忙しいんだろねぇ。」
リンくんがつぶやく。
「なんで?」
「だって、今夜サッカーの日本対コスタリカ戦だもん。みんな、ピザにポテトにコーラにビールで騒ぐんじゃないの?」
ボブ家ではピザを食べることはほとんどない。たまに外食のときに食べるくらいで、宅配ピザを取ったことはない。
「むっ!そういうことか!うちも、ピザでもやらかしちまうか?」
「えーっ!ピザ、めっちゃ小麦よ。脂たっぷりよ。絶対胃もたれするよ。」
ケンイツエンチョーのノリに対して否定的なリンくん。
しっかり中年のケンイツエンチョーとリンくんは、最近ちょっとしたものでも胃もたれがひどいと言って、食べるものにはかなり慎重になっているのだ。
「ピザではないけどさ、そういえばさぁ、こないだのメキシコ戦見ながら、タコス食べたいって話になったよね。観てるときはめちゃめちゃ食べたくなったのに、まだ実現してなかったね。ほらっ、あそこの大きいスーパーなら材料買えるからさ、やっちゃおか!同じ小麦でもさ、ピザよりヘルシーだよ?ヤサイもりもりにしてさ。」
実はというと、ここまでの数日の間にも逡巡があって、タコスが実現していなかったのだ。我が家ではおなかの調子を整えるために、プチグルテンフリー(小麦抜き)を心がけているものだから、フラワートルティーヤ(小麦粉入りの皮)ではなくてコーントルティーヤ(とうもろこし粉の皮)を探していたということらしい。でも、残念ながら、チーバの郊外の町ではコーントルティーヤはそうそう売っていなかった。あえてここでグルテンフリーを破ってフラワートルティーヤを買うか、迷っていたらしい。
「おぉ。もうさ、今回はフラワートルティーヤでよくね?コーンの売ってないじゃん。ハラペーニョもほしいな!あっ。ちょうど信号も変わったし、寄ってくかぁ。」
そんな食いしん坊なニンゲンふたりは、横断歩道を渡って、町でいちばんでっかいショッピングモールで、タコパの材料を買い込んできたってわけだった。
夜9時。日本戦が終わった。日本はコスタリカに0-1で負けた。結果は負けたけど、いい試合だったと思うんだ。日本のことは応援してるけど、コスタリカも良かったよね。チャンスをちゃんと点にしてすごいなって、おでは思ったよ。日本の選手も今回はケガとかしてなかったと思うし、良かったって思ったよ。
「いやーぁ。世のサッカーファンの食卓はピザが舞ってるかもしれないねぇ。」
我が家は次の夜10時からのベルギー対モロッコ戦までのアイドルタイムに、タコパを開始することにした。
リンくんが、アボカドをトントコトントコつぶしてペーストにしてくれた。ちょちょいとレモン汁にぎゅっとにんにくチューブを絞って、少し味を整える。ワカモレってやつだ。メインの具材はタコミートの代わりにレンチンした蒸し鶏。ヤサイたちは洗って切って、それ以外は、瓶詰めのサルサソースやらチーズやら、もう食卓に並べるだけだ。
「みんなー、でーきたぁーよー!おいでー!」
「うっへへ。ボブ家のタコパー!タコパッタコパッ!いっただっきまぁす!」
オチョアのナイスセーブから始まった、ボブ家の初タコパ。
トマトのフレッシュ感たっぷりのサルサソース、まったりとした甘みとコクのあるワカモレ、ピリリとしたハラペーニョ。小麦の香りのする、香ばしいトルティーヤ。両手を使ってぐっちゃぐちゃのべっちゃべちゃになるけど、それが美味しいんだよ。
「美味しいしめっちゃ手軽だわ!これ、いいねぇ。手巻き寿司みたいで、いいねぇ、楽しいねぇ。」
ビールと白ワインと、赤ワインと、好き好きに巻き巻きグビグビしながら、次のキックオフの笛を待った。
オチョアさんのおかげで、我が家に、メキシコの風、吹いたよ!
うまかったー!世界のごはん、楽しかったぞ。次はどこの国へ行こうかな?
ボブぞ