フナバシばしの海
クンクン。クンクン。
なんだっけ、このにおい?
毎朝リンくんが食べてる、インスタントの海藻汁の香りに似てる気がする。
本町の交差点から脇道を入って、寺町の裏路地をスルスルと抜ける。千葉街道はいつだって渋滞していて、フナバシはできれば車で来たくないよね、ってリンくんがつぶやいた。幸いにも、今日は電車と歩きだ。
ボブぞです。
今日は、ニーちゃんもネーちゃんもいなくて、ソロ活なの。
おでは、リンくんが背負う黒いリュックのなかに入って、わーくわーくドキドキしながら、静かにしている。リンくんのヤボヨーとその時間調整のお散歩にお付き合いするという名目で、一緒におでまめなのだ。お天気も良くてポカポカしてるはずなのに、リュックの中は暗くてじめっとしてて、書類やら本やらが入ってて、おではちょっと苦しい。
ねぇねぇ、リーンぐーん、どこ行くのー?早く出してよぉー。
ボブぞ、海、見に行こ!
えー!フナバシで、海!
うん、そりゃあ、漁師町だもの。でも私もいつぶりかわからないくらい、フナバシの海は記憶にないの。
一車線に詰め詰めの車たちを横目に、千葉街道を下る。道路の左手は本町で、右手は湊町だ。住所からして、もう海を感じさせるなんてニクイなぁ。ローソンを超えてそのまま進むと、小さな橋があらわれる。海老川にかかる、”フナバシばし”(”船橋橋”)だ。
あ、タイプミスじゃないよ、ふなばしばし。ばしばし、と重ねるのが正しいみたいなの。
おぉー。私、子供の頃からフナバシには何度となく来てるけれど、実は”フナバシばし”渡るの初めてかも・・・。
橋の欄干の上にはカッパさんたち。
おうぃ、ライオンのボブぞくん、こぉんにぃちわぁーーーー!!!
盛大にお出迎えしてくれた。
なんだかカッパさんが気持ちよさそうに海の方を向いていたから、おでも一緒に海を眺めてみた。とってもとってもとっても小さな橋だけれども、れっきとした、海の入口に一番近い、最河口の橋なんだ。
ほのかに潮のかおりがしてきた。水鳥たちの鳴き声がする方へ曲がり、ぐんぐん歩いていく。
急にプライベートマリーナの看板が出現する。カッコいいプレジャーボートが数艘停泊しているのが見える。
おわー!おで、こういうの欲しー!
アハッ。ボブぞ、乗ってみたいー、じゃなくて、欲しー!なのねー・・・。もうちょっとおニーさんになってダイフゴーになったら免許とってさ、ステキなボート買ったら、リンくんのことも乗せてよ。
やーだよっ、おで、プロヤキウせんしゅになっていっぱい稼いで、ボート買ったら、カノジョと乗るもんね。
夢がでっかくていいなぁ。じゃ、まずはキャッチボールから始めようね。
うん、じゃ、まずはおでにピッタリのグローブ買って!
・・・ボブぞの手のサイズじゃ、フルオーダーだねぇ・・・。
視線を少し遠くへずらすと、その先には、現役なのかお払い箱なのかどうかさえわからない、古びたちいさな漁船。ちょうどその真上は高速道路が通っていて高架になっている。見上げると、ユラユラとおだやかに水が反射がしていて、プロジェクションマッピングみたいだ。
朽ちかけている船着き場。さすがに、これは現役ではなさそうだ。よくよく見たら、カラスよりもずっとカラダの大きな黒い鳥が二羽、手すりであったろう金属パイプの端に留まって、一生懸命毛づくろいをしている。
(後からリンくんが野鳥図鑑で調べたら、どうやらカワウとのこと。おで、カワウ、見たの、初めてだよ。)
ふぅっと息を深く吸って、ゆっくりと吐き出す。真っ青な青空より、雲の動きがある今日は、ちょっと春っぽいね。ほわほわとしたおだやかな光を感じながら、おではお外の空気を満喫なの。
左隣は、ららぽーとの駐車場だ。立体駐車場には車のおしりがいっぱい詰まっている。でも、今日は平日の真昼間だからかな、平置きの方はスカスカだ。休日ともなれば埋まるのかな。
年季の入った「親水公園」の看板を過ぎると、少し高台になっていて、フナバシの港を見下ろすことができる。
フーン。リンくん、ここってさ、海なの?どっちかっていうと、川の終わりって感じじゃない?
そだねぇ、確かに。川と海のはざまだね。海老川の出口であり、東京湾への入口。あれじゃない?よく言うじゃん、淡水と海水が混ざるところ。そんな感じ?
海の方から港の中へ漁船が帰ってきた。ンゴゴゴ・・・・という、モーター音が鳴り響く。穏やかな水面がキラキラと光を受けている。そのキラキラをかきわけながら速度をゆるめながら入ってくる姿はちょっとカッコいい。
シラサギが一羽、パータパータと大きな羽根を広げて飛んだと思ったら、その帰還してきた漁船の船尾に留まった。
その姿はまるで、おかえりなさーい、と言っているかのようだ。
この親水公園は、全体的に年季が入ってる。海風にさらされているからか至るところにサビが出てる。まばらにあるベンチでは、何をするでもなくひなたぼっこするおじいちゃん。黒いコートを羽織って紺のスーツに革靴のサラリーマン。電子タバコをイップクしながらスマホをいじる、最近人気の芸人にちょっと似てる兄さん。手を繋いで歩く老夫婦。歩くよりもずっと遅いスピードでクぅルクぅルとゆるやかにペダルをこぐ自転車のおじさん。健康体操とばかりに、ぐんぐんと腕を広げてストレッチするおじさん。
うたたねしたり、昼メシ休憩をしていたり、おしゃべりしたり、ぼんやりしたり、運動したり、みんな思い思いに過ごしている。
おではというと、リンくんとふたり、いつもの他愛もないおしゃべりをしながら、パシャリパシャリと写真を撮ってもらったり、過ぎ行く船や、お空の雲や、水鳥たちを眺めるのだ。
(あー、ここに、”一本”あったら、サイコーなんだけどなぁ・・・)
リンくんの心の声が、おでには聞こえた。
ふと後ろを振り返ってみると、フナバシの街が小さく見える。
結構遠くまで、来ちゃった?お約束の時間、間に合うの?
いんや、意外と20分ちょっとくらいしか歩いてないから、あと10分くらいはいられるけどね。余裕もって、早めに戻ろうね。
おで、知ってるんだもん。
ホントはリンくん、こんな景色の開けた気持ちのいい公園に来たら、プシュッ!て、大好きな本搾り(缶チューハイ)片手に、おでとベンチでぼんやり過ごしたいはずなの。
ホントはおでもね、リンくんに抱っこされて、一緒にクピクピって、”一本”の缶を仲良く分け合うの。そんでくだらない話したり景色眺めながら、お日さまが傾くちょっと手前の時間まで、とにかくぼーんやりしたいの。
ボブぞ、また今度、ゆっくり来ようよ。そのときは、飲みながら、のんびりおしゃべりしようね。
でへっ。
リンくんは、ホントしょーがないな。
しょーがないから、また付き合ってやるよ。
ボブぞ