空海さんの足跡を訪ねて ― ころすけの旅日記(五島&長崎編)その2

「あの、今日明日と、2日間ご一緒いただけるんですか?」
リンくんはタクシーに乗り込むと早々に、運転手さんに確認する。
「あ、はい。そうなると思います。今日が3時間コースで、明日が6時間コースでご予約ですよね。両日とも私が担当する予定です。」
「そーしーたーらー、話が早い!あのー、今日と明日で連れて行っていただきたいと思っているところをメモしてきたんですけど、見てもらってもいいですか?ホームページに載っていた規定の観光タクシーコースに入ってないところも一部あって・・・。あと、かぶってた施設は省いてもらって。」
「あ、いいですよー。ちょっとお借りしますね。」
リンくんは手書きのメモをホイ、とDさん(※運転手さんのこと、ドライバーのDで”イニシャルD”ってことで)に手渡した。

オトモダチのみなさーん、こんにちわーに!
“旅グマ”ことツキノワグマのころすけでっす。
五島列島のひとつ、福江島(長崎県五島市)にある五島福江空港に到着した我ら一行は、あらかじめ予約しておいた貸切観光タクシーに乗り込んだ。
旅の始まりはいつだって緊張とワクワクが入り混じるものだ。
ひと月以上前から練りに練って考えたプラン、行きたい場所、見たいもの、食べたいもの・・・。福江島には住民用の路線バスこそあれ、公共交通機関で観光するのは無理がある。超ペーパードライバーのリンくんはレンタカーを運転するという選択肢はないため、この島内での滞在中、移動は五島タクシーの運転手のDさん、彼の腕に一任するしかないのだ。
(どうかめんどくさいウンチクタレタレな偉そうな運転手じゃありませんように・・・!最悪、むっつり黙っててもいいから、行きたいところだけ連れて行ってくれて安全運転ならそれでいいから・・・!)
実のところ、おれはココロのなかでそう願っていたけれど、実際にはそんなことは杞憂だった。
安全運転はもちろんのことだけれど、控えめで丁寧な言葉づかいのDさんは、好感度バツグンだった。ちゃんと各施設の中まで案内してくれて歴史や成り立ちについても説明してくれるし、移動中の道中も「右手に見えますのがー・・・」ではないが、街並みや景色のガイドもしてくれた。そうそう、カメラマンとしてもかなりお世話になった。
Dさんのおかげで、もんのすごく充実した2日間になったということを先に言っておこう。
あとから気がついたことだけれど、考えてみればDさん、全然訛りがなかった。長崎市内で乗ったタクシーでは一瞬戸惑うくらいバリバリの長崎弁に出会ったんだよね。そういう意味でも接しやすかったのかもしれない。
Dさん、リンくんの手書きメモをフムフムと一瞥し、こう答えた。
「あぁ、全然オッケーですねー。行けそうです。」
「あぁ、ホントに!良かったです。じゃぁ、よろしくお願いします。」
リンくんは手元に再度メモを受け取ると、五島タクシーのクリーム色のシエンタはスルルと発進したのだった。
「五島へはどんな目的で来られたんです?」
最初の目的地へ向かう道中、Dさんから質問を受ける。
「えーっと、一番興味を持ったのはキリシタン関連・・・教会巡りですね。一度見てみたくて。」
リンくんが答える。
「そうですか。この福江島はね、おおまかに分けると3つの観光資源で構成されてるんですよ。ひとつめがいまおっしゃられた教会群ですね。そしてふたつめが、空海さんや遣唐使の史跡、みっつめが釣りとか海水浴ですねー。」
「ほう・・・。ガイドブックでも確かに出てきますね。」
「というわけで、今日明日といろいろ回りますけれども、まずは『明星院』へお連れしますね。」
観光タクシー最初の目的地は、『明星院』(みょうじょういん)。真言宗の開祖、弘法大師空海に関連した史跡だそうだ。ハテ、どんなところかな?
実のところ、この2日間のタクシー旅ではたくさんの教会も回ってもらったのだけれど、期せずして、空海に始まり空海に終わる、という旅程になったのだった。
そんなこともあって、時系列でご紹介するとテーマがチグハグしてきちゃう部分も否めないので、今回の旅日記ではテーマに沿ってお話をしていこうと思うよ。
まずは、福江島の空海さん&遣唐使にまつわる史跡へ行ってみよう!
空海・遣唐使 関連史跡
- 明星院(長崎県五島市)
- 魚津ケ崎公園(長崎県五島市)
- 大宝寺(長崎県五島市)
【明星院】みょうじょういん
(福江島、長崎県五島市)

空港を出発して10分足らず。
田んぼの間をずばんと抜けたところに、古めかしい門が建っている。
「到着しました。車置いてきますんで、一旦中に入ってお待ち下さい。」
Dさんはシエンタの自動スライドドアを開けると、門の前でおれたちを先に降ろした。
「ほぅ・・・。」
おれらは今日の早朝に羽田から飛び立ち福岡を経由し、ついほんの数十分前にこの福江島に到着したばかりだ。
ココロの準備もできないまま、あっという間に古刹に連れてこられて、少々まだテンションが追いついていない感じがする。
「いやいや、とりあえず、写真の一枚も撮らにゃぁ。」
ってことで・・・ニンゲンたちは互いの写真を撮るなどして、Dさんが戻ってくるのを待った。

うちのリンくん、この「明星院」について、一応ガイドブックで事前に予習はしてあった。
「福江島で一番古い木造建築だって。それから、空海さん・・・弘法大師のことね、が遣唐使の帰りに立ち寄ったのだとか。」
そんなことを話していたら、「お待たせしました」とDさんが姿をあらわした。
「では、本堂の中へ入ってみましょう。」
そもそもこの福江島は遣唐使船にとって、重要な拠点であったという。唐へ渡る国内の最終寄港地であり、ここで物資を補給したり英気を養ったりしていたのだろうと推察される。
「日本本土と大陸の中間に位置することから、古代よりこれらを結ぶ海上交通の要衝であり、交易・交流の拠点であった」
(p. 65, 後藤暢子『離島を楽しむ 五島列島』、辰巳出版、2022年)※以後、「後藤」と略す空海が遣唐使帰りにこの「明星院」に立ち寄ったのは西暦806年(大同元年)と言われている。平安時代の始めのことだ。「明星院」の名前の由来は、「空海が東の空に輝く明けの明星を瑞兆(よいことが起きる前兆)と思い、『明星庵』と名づけたと伝えられている」(p.65、後藤)そうだ。

「こちらのお寺には多くの仏様が鎮座なさっているんですが、どれもこれも古いものでして・・・。」
Dさんが説明をし始める。
そうか、Dさん、運転するだけじゃなくてちゃんと施設内のあれやこれやもガイドしてくださるんだね?おぉー。
島内最古の木造建築というだけあって、お堂に入る手前のその数段の階段からしてかなり古めかしい。靴を脱ぎ(あ、ニンゲンだけな。おれは靴ははいていない)、大きな段差をやっとこさ上がり引き戸を開けると、そこには何代にもわたる歴史の匂いがぷんぷんと立ち込めていた。
空海さんがいらっしゃって以来、この明星院は五島藩主五島家代々の祈願寺となったそうだ。
おれらが福江島で最初に踏み入れたのは、明星院の護摩堂、いわゆる御祈祷をするお堂である。
ちなみに、本堂は護摩堂の奥にあり、現在の建物は第28代五島藩主盛運公が安永七年(1778年)に建て替えたものだそう。
「2026年ひくことのー1778年・・・、約250年前か!ひぃ!」
お堂の建物自体は約250年前だが、Dさんの説明によれば、それ以前、空海さんがやってきた時代よりもさらに前から伝えられてきたとされる仏像が、おれの目の前で目をつむっている。江戸時代だって随分前のはずだが、飛鳥時代の仏像を前にすると、江戸時代がつい最近のことのように思えるから不思議だ。
「銅像如来立像、飛鳥時代のものだと言われています。国の重要文化財ですね。」
お堂内に先客はおらず、特に寺の住職さんらしき人もいない。リンくんとリンママちゃんとDさんとの3人のニンゲン、そしておれとラアコはひっそりと気配を消す。
うちのリンくんってば、首からカメラを下げてはいるものの、全然撮っていない。
あとから聞いたら、観光客ごときが写真を気軽に撮っていいのかもわからず・・・というよりも、厳かなその空気そのものに圧倒されて、シャッターを押すことを躊躇してしまったそうだ。
「飛鳥時代の仏像は撮っておくべきだったか・・・。いやいや、でも、畏れ多かった。」
とはリンくんの後日談。
▼コチラが「銅像如来立像」です▼
「銅像如来立像(明星院)」
https://www.pref.nagasaki.jp/bunkadb/index.php/view/437
そして、本堂へ。
なんといってもこの本堂の建物で貴重なのは、天井絵だ。
狩野派の絵師による筆で、「極彩色豊かな花鳥図が天井一面に描かれている」(p.65、後藤)、と、ガイドブックでの説明はココまで。
「四つ角を見てみてください。このマスだけ、人間の女性と鳥のハイブリッドが描かれているんですよ。」
Dさんが指を指したその先には、天女のような、しかし衣の代わりに鵜の羽根のようなものを背負った女性が描かれていたのが見て取れた。
「へぇー!」
後から調べてみたら、「迦陵頻伽」(かりょうびんが)と呼ばれる仏教美術で用いられるモチーフで、極楽浄土に住む想像上の鳥なんだそうだ。
「迦陵頻伽 (かりょうびんが) karyōbinga」
https://shosointen-glossary.narahaku.go.jp/karyobinga/


護摩堂、本堂をぐるりと回り、歴史的文化的、また仏教芸術の観点でも貴重な品々を拝見することができたぞ。
「なんか順番違うけど・・・な?」
帰る前にお賽銭を納め、手を合わせたのち、御真言をゴニョ・・・と唱えた。
のうまくさんまんだー・・・
あぁ・・・やっぱり覚えてない。(あとお寺によっても違うからやっぱり覚えられない)。
けれど、改めて旅の振り返りをしているおれ、今でも遅くないよね?
お大師様、
「のうまく さんまんだ ばざら だん せんだ まかろしゃだ そわたや うんたらたかんまん」
合掌。
福江島で最初に訪れたスポット「明星院」は、空海さんの足跡がべったりとついた、ものすごい重みのある史跡でした。
※リンくん、あまりの緊張からかおれの出る幕ナシ。やれやれ。
(くま撮り・・・ぬい撮りか、できる空気じゃなかったってさ。)


明星院(日本遺産) 日本遺産認定、五島八十八カ所霊場第一番札所(五島の島たび 五島市観光サイト)
https://goto.nagasaki-tabinet.com/spot/333
ちなみに、「五島八十八カ所札所巡り」と呼ばれるくらいで、福江島内だけで88カ所以上の寺院やお堂があるそうです。こちらの「明星院」は、本堂が第1番札所、護摩堂が第2番札所に設定されています。
「五島八十八カ所札所巡り」
https://goto-acros.net/fudasyo/index.html
第1番札所 宝珠山吉祥寺明星院 「五島八十八カ所札所巡り」
https://goto-acros.net/fudasyo/fukue/no1.html
第2番札所 明星院 護摩堂 「五島八十八カ所札所巡り」
https://goto-acros.net/fudasyo/fukue/no2.html
【魚津ケ崎公園】ぎょうがさきこうえん
(福江島、長崎県五島市)

打って変わって・・・海岸線!
「魚に津、崎と書いて・・・ぎょうかざき、と読みます」
淡々と説明をしてくれるDさん。あ、おはーにございます!
2日目の朝、9時にホテルまでお迎えに来てくれた五島タクシーの運転手Dさんが最初に連れて行ってくれたのが魚津ケ崎公園だった。

「もっと風が強いときもありますんでねぇ。」
ボー!ゴー!と吹きすさぶ南風に負けじと大きな声で叫ぶDさん。いやいや・・・めっちゃ今日も強いと思いますけど?
「いやいや、こんなもんじゃないです。」
そっか、そうなのか。
「ココはですねぇ、NHKの朝ドラの『舞いあがれ』で凧揚げてたシーンで使われたんですよ。」
「ハッ・・・!そうなんですかぁ!(見てない・・・)」
受け答えはするものの右から左へ受け流したリンくん・・・。

この魚津ケ崎公園、Microsoftが変換してくれないくらいのめずらしい地名っぽいなぁ。魚津ケ崎と書いて、「ぎょうがさき」こうえん。ココは、遣唐使が日本を発つ最後に立ち寄った寄港地らしい。ココで最後の最後、日本の国土に戻ってこれるか否かもわからぬ、と思い手を振った地に違いない。7~9世紀・・・というと、飛鳥時代~平安時代、ビザもパスポートもない時代、外交なんて観念もない時代に知らぬ外国に旅に出た人々の気は想像を絶するものだよな。
我々が訪れたこの日も、いつもよりは穏やかだとはいえ波は十分に高く、この魚津ヶ崎から望むかなたには異郷の地が現実にある、そんな土地だということだ。
「遣唐使として選ばれし優秀な方々が、この地を発ったということなんです。」
Dさんのやけにさらっとしたその説明の仕方が、逆におれの胸を打った。

魚津ヶ崎公園(ぎょうがさきこうえん)
https://goto.nagasaki-tabinet.com/spot/61164
【大宝寺】だいほうじ
(福江島、長崎県五島市)

空海関連のもうひとつの大事なお寺、それが、「大宝寺」である。
福江島観光タクシー、2日目の最後の最後で立ち寄ったのが、この「大宝寺」だった。
あとから思えば、「五島八十八箇所巡礼」の第88番札所、つまり、最後の札所が「大宝寺」なのだというからびっくりする。おれ、第1番と第2番から、そのあとぜぇんぶすっとばして、第88番をお参りすることになった。
あらら・・・そんなことで良かったのかな?
空海さん、804年に遣唐使船に乗り、本来であれば20年ほどの修行を経なければ戻れないはずのところを、約2年で習得し戻ってきてしまったという超絶逸材だった。
逆に言えば、早く戻ってきすぎたのでその分五島で過ごせたと言っても(過ごさざるを得なかったのかも?)といっても過言ではないかもしれない。
そんな空海さんがやはり目をかけたのが、この「大宝寺」。もとは別の宗派だった寺を、自身が学んできた真言宗派に変えたという。
後に空海さんが開山した和歌山県の高野山に対して、この長崎県五島市の地を「西高野山」と呼ぶようになったようだ。(写真の看板にある通り)

「空海さん・・・。よほど優秀で、そして、前衛的で精力的なお方だったんだろうなぁ・・・!」
そしてその足跡が、今でも色濃く残されているこの福江の土地がすごい!!!

「大宝寺(日本遺産)空海が布教をした西の高野山(日本遺産追加認定)」
https://goto.nagasaki-tabinet.com/spot/672
遣唐使関連の史跡はまだほかにもいくつかあったけれど、観光タクシーのルートと時間の関係があり、全部は回れなかった。
でもね・・・。
「おれ、あの魚津ケ崎の海の波の音を聞いてね、空海さんの息づかいを、すこぉぉぉぉしだけでも感じられた気がしました。福江島の歴史、まじですげー!」
さぁ、空海さん&遣唐使の足跡はこの島のひとつの資源としてとっても勉強になったね。
だけれども、今回五島へやってきた主目的は教会群、つまり、戦国時代~江戸時代に禁教とされていたキリシタン期~それ以降の文化資産なんだ。さぁ、満を持して、行ってみよう!
「そもそも真言宗はじめ仏教とキリスト教が併存していたこの土地ってどんな豊かな文化圏だったんだろう!すごいねー!」
興味シンシンだよ!
(その3に続く)
ころすけ
「離島に上陸 福江島 — ころすけの旅日記(五島&長崎編) その1」
https://bobingreen.com/2026/03/01/19653/

0