どうでもいいようなこととなんでもない月

ふと。
最近、夕方の空を見上げていないなぁって気がついた。
以前はリンくんと、みどりテラス(我が家の団地のベランダのことだ)に出て、あーだこーだボソボソとおしゃべりをしながら、よく空を見上げていたのに。
もうすぐ午後の7時を迎えようとしているのに、夕方のニュースも終わろうとしているのに、空はまだこんなに明るい。
「そっか、もうすぐ夏至だもんね。」
リンくんは、昨日、干潟の観察センターでもらってきたばかりの潮汐カレンダーに視線を落とす。
「まーな、んっと、21日か。」
どうでもいいようなことをもそっと呟く。

今日は昼間もよく晴れていて、梅雨入り前最後の絶好の洗濯日和だということだった。午前中から墓参りに出かけていたリンくんは、汗びっしょりで家に帰ってくるなり、ソッコーでシャワーを浴び、洗濯機をまわした。3時過ぎに慌てて干した洗濯物は、ゆらゆらと風にあおられながら、あっという間に乾ききってしまった。
「あぁ。仏さまにね、長嶋さんお亡くなりになったよって報告しといた。”晴る風”と品川巻といっしょにね。あ、今日はお花もお供えしてきた。」
「ふーん、そっか。おつかれさんでした。」
おれとリンくんとの会話なんて、まぁこんなもんだ。

頭上には、お月さま。
雲一つなく塗られた空は、いままさに夜を迎えようとしている。濃い青に少しだけ緑とそれから、紫も混ぜたらこんな色になるだろうか。
「なぁ、リンくん。今日の月はなんていうんだろ?上弦よりはもうちょっと太ってるな?」
「えー、わかんない。ホラ、月齢なんとかっていうんじゃない?」
そう言って、一応調べたリンくん、今日は月齢9らしかった。
なんでもない月。
そう、呼び名のない、なんでもない月。
おれらは、そうやって、どうでもいいようなことを話し、なんでもない月を眺めて、一緒にいる。
そう。そうやって、おれらは、一緒に過ごすのだ。
そうだった。それが、このみどりテラスの好きなところで、いちばん贅沢な過ごし方。
おれは今日久しぶりに空を見上げて、思い出すことができたのだった。
そうそう、うんうん、そうそう。
とリンくんも無言で同調し、リンくんはでかい望遠レンズでなんでもない月の写真を一枚だけ撮ってから、おれらは共に部屋の中に戻ったのだった。
ボブお

ウェザーニュース 月カレンダー
https://weathernews.jp/s/star/moon_calendar.html
「白い月の街で手をつないで歩こう」
https://bobingreen.com/2023/03/08/4094/
「壊れかけのcamera」
https://bobingreen.com/2022/10/08/2768/