おれの行きつけの店へ、ようこそ!

はらはら
はらはら

おれらの暮らす町いちばんの桜並木。
川を挟んで両側の遊歩道の路面は半分以上がうすピンク色に染まっている。最後の気力を振り絞って枝に留まろうとする花びらたちは、ゆらぐ春の風に、無惨にも引き剥がされてゆく。

おれは、散りゆくソメイヨシノの花びらをまといながら、おれの鼻先をかすめていくかすかな匂いを感じ取っていた。

クンクン
クンクン

その香りはというと、・・・ふうわりと優しく甘い、そして、香ばしくて芳醇な、そう、あれだ!

オトモダチのみなさん、こんにちわーに。

おれ、ツキノワグマのもっつ。

一年に一度のお楽しみ。この”Bob in Camp Green”の熱心な読者さんなら、「あぁ!例の!」と大きく頷きながら膝を打ってくれるかもしれない。

春の桜散るこの季節、必ず行くレストランがある。言うなれば、おれの行きつけの店、ってやつさ。

今年も、川沿いのお花見を楽しんで、それから、みなさんをご招待するよ。

さぁ、おれの行きつけの店へ、ようこそ!

(いらっしゃいませー。)

「予約のリンです。」

(お待ちしておりました、どうぞ。)

予約の時間は11時半だ。いつもの個室。この店はランチでも予約すれば個室に通してくれるのだ。それは毛むくじゃらで図体の大きなツキノワグマのおれとしては好都合だ。店員さんや他のお客さんたちから、「わっ!クマ!」と指さされずに済むからだ。

「カンパーイ!」

注文を手早く済ませ、最初の一杯を口に含む。

「シュワシュワ、アワ、うまーい!」

ランチセットと、アラカルトから鮮魚のカルパッチョが本日のオーダーだ。この店は、何を食べてもおいしいのだけれど、おれのお気に入りはなんといっても、「きのこのつぼ焼きスープ」。

ニンゲンたちは、ポルチーニのパスタがうまいだのアラカルトの鮮魚のカルパッチョがうまいだのと言うが、おれは絶対コレ。

だって・・・なんか・・・クマっぽいだろ?な?そう思わないか?

ソーサーに乗った大きめのコーヒーカップにパイがドーム状に乗っていて、スプーンで崩しながら食べるオシャレなやつ。でもクマだからホントは手で、爪で、ガサッと崩しちゃいたい衝動に駆られるんだ。

凶暴?いんや、でも実のところはアッチアチでそんなことできるわけもないんだけれどな。

おれ、、さっき桜を愛でながら、早くもこの香りをかぎたくてかぎたくて、妄想してしまっていた。それくらい、おれにとっては、桜の季節といえば、花見のあとの、この店の「きのこのつぼ焼きスープ」と決まっている。

前菜の盛り合わせや鮮魚のカルパッチョをつまみつつ待っていると、個室の窓越しに厨房の方から、カタカタカタカタという陶器が触れ合う音が聞こえてきた。

(お待たせいたしました。つぼ焼きスープです。大変お熱いので、取っ手を持ってお召し上がりください。)

「キターッ!!!」

「もっつ、来たねぇ、ホラ!写真撮ってあげるよ。」

リンくんがスマホのカメラをかまえて待っている。

「お、おう。ちょ、待てよ!」

「ふふっ、キムタクかぁい。いいから、自然な感じで。」

「うむ。」

クンクン
クンクン 

あー、このいい匂い、このいいビジュアルにはあらがえないよっ!

「おれ、食っていいか?」

「もちろん。どーぞ召し上がれ。」

サクッ・・・

スプーンを持ってパイを崩す瞬間のこの背徳感。美しいものは散りゆくときまで美しい。まるで桜と同じ。おれにとってはこのつぼ焼きスープもそんなロマンティックなものに見えてしまうのだ。

香ばしいバターの香りの奥から、クリーム色のスープが顔をのぞかせた。ミルクの甘い香り。もうおれはガマンできない。

「では・・・。いただくとしようか!」

フゥーフゥー・・・はふっ・・・

スプーンの上にパイをいい感じに乗せ、その上にスープをそっとすくって、口へ運ぶ。

「ふぅぅぅぅぅ!うっま!」

「えー。そっかぁやっぱりおいしいかぁ。よかったねぇ、もっつ。今年も食べられたね。」

「うむうむ。まじ、うめぇ。」

ひとくち食べたらもうひとくち。そして熱くなった舌を冷やすために、キンと冷たい白ワインをクピッと。
さっぱりしたところで、もうひとくち、もうふたくち。

フゥーフゥー・・・はふっはふっ
クピッ

フゥーフゥー・・・はふっはふっ
クピッ

こりゃあやっぱりエンドレスだ。うますぎる。クリームスープだけれど、濃すぎないのがいい。ランチセットには必ずついてくるのだから、それもお得感があっていい。

「あー。おれ、ほんっと、コレ好きなんだよな。」

「もっつ。もっつの行きつけのお店に連れてきてくれて、アリガトね。」

改めてリンくんに言われてから、あっ、そっか、と気がつく。

「お。おう。おれの行きつけの店へ、ようこそ。リンくんも楽しめよな。」

ニンゲンたちも満足気にあれやこれやを平らげ、大満足の春のランチとなったのだった。

「いやぁ、やっぱりこの店はポルチーニのパスタが絶品だったなぁ!大盛でも足りないくらいだよぉ。」

ケンイツエンチョーが、ワインの入ったご機嫌な声で感想を述べる。

「わたしはやっぱりカルパッチョだなぁ・・・!ランチでもアラカルトやってくれてありがたかった!」

リンくんはそれほどにここのカルパッチョが好きらしい。

おれは・・・。あいも変わらずの、「きのこのつぼ焼きスープ」推しだ。

それでいい。それでいいのだ。それがいいのだ。

みんなそれぞれの好きなものがあって、みんなが笑顔で満腹になれる。

春の日の特別なお出かけ、おれの行きつけの店へ行く会。

おれにだって、そんなお楽しみがあって、いいよね?

「もっつはカラダがでっかいからなぁ。ニンゲンの椅子に普通に座ってられるもんな。」

ニンゲンの赤ちゃん以上の図体のおれ*を、道中ずっと抱っこしてくれてたケンイツエンチョー。

どうもアリガトなぁ!

*Rin注: ちなみに、もっつの来ているポロシャツはニンゲンのちびっこの140cmサイズです

また来年、と言わずに、また近いうちに行こうぜ。

おれの行きつけの店へ、な。

もっつ

Bistro Pierrot(ビストロピエロ)
http://www.bistropierrot.com/

▼過去のもっつの花見&行きつけの店のお話はコチラ▼

「もっつ、年に一度の桜色のお楽しみ」
https://bobingreen.com/2024/04/16/8981/

「もっつが大切にしている日」
https://bobingreen.com/2023/04/03/4389/

「もっつの好きなつぼ焼きスープ」
https://bobingreen.com/2022/04/11/1795/

「初めてのお外メシ」
https://bobingreen.com/2021/04/04/977/

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Rin(リン)

ぬいぐるみブロガー、Rin(リン)です。 ライオンのボブ家と愉快な仲間たち、そしてニンゲンのケンイツ園長と一緒に、みどりキャンプ場で暮らしています。 ボブ家の日常を、彼らの視点でつづっていきます。

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