リンくんの外泊 – リンくんが入院した その1
「んあ?なぁ、ココどこだ?」
「わーんっ!ぼぉぶぅおぉぉーーー!会いたかったぁっ!ギュウ。ギュウ。」
ガラガラガラ・・・
大きな引き戸を開けると、そこに広がる空間は異様だった。真っ白いカベに三方を囲まれ、床はベージュのゴム素材、どう考えても不自然な場所にピンク色のカーテンがかかっている。窓には壁と同じく白いブラインドがかかっており、その向こうには別の棟の建物が、ナミナミになっている。
ライオンのボブおです。
今日、ママンが・・・。
ゴホン!
ではなく。
昨日、リンくんが入院した。もしかすると今日かもしれないけれど、おれにはわから・・、いや、わかるよ。
わかる、わかってる。うん、昨日。
だってね。
昨日の朝のこと。
「ちょっとさ、ビョーイン行ってくるね。帰ってきたら一緒にゴロンって休もうね。」
ってまさに蚊のなくような声で、前かがみになって小股の足取りのリンくんが、弱々しくバイバイと手を振ってきたのを、おれはソファの上でモーフにくるまり横になったまま見送った。
まださ、おれ、ちょっと眠たくって、「ふわーぃ、いってらー!」くらいのゆるーいテンションだったんだよな。
それもそのはず、夜中じゅう暑いだのかゆいだの辛そうにしてるリンくんをケンイツエンチョーがせっせとお世話してたからさ(おれは見てただけ)、ゆっくり眠れるわけもなかったんだ。
んで。
そのリンくんてば、ビョーインへでかけたあと、そのまま外泊しやがったんだよ。
発熱外来を電話で予約して、どうやら診察までたどり着いたらしいリンくんに、心配だからメールしてやった。
「リンくん、大丈夫ですかな?」
「まずコロナの抗原検査は陰性でした!良かった。採血して皮膚科の診断待ちです。かゆくてねむくてベンチでうとうと」
リンくんこのとき、熱39.1℃。
なんとなく、まだほのぼのとした雰囲気。
その30分後、リンくんから続報。
「なんと採血の数字が悪く、入院だそうです。ココの病院には皮膚科の常駐の先生がいないので、近くの別の病院で入院だって。このあと会計してタクシーで移動するのでまた連絡します。まじか…!」
エーッ!まじか…!はコッチもじゃぁ!
予想だにしない展開。
昨日はさ、ケンイツエンチョーもおシゴトで外出してたからね、おうちのなかオハナ(家族、ぬいともいう)ぼっちでね、ソファでつまんねーなー、ってダランダランしてたところだったのよ。
そしたらそんな目ぇ飛び出る連絡がきたの。
「全員招集っ!聞いてー!リンくん、キンキンキューニューインだって!」
オハナ全員にそう伝達すると、ざわざわざわっとしたあと、三者三様、いやにじゅううんしゃにじゅううんよう?全員の反応が聞こえてきた。それがね、みーんな違って面白かった。
誰がどんな、っていうのを文字に残すと後々問題になるといけないので、発言者は伏せておくけどさ。
「エーッ!鳥さん、しばらく見に行けないのぉーーー!わーんっ!やだよー!」
リンくんのことを、鳥見のアシスタントと思っているコがいると思えば。
「おで、なんやかんやリンくんのメシ嫌いじゃねんだよなーぁ、あーあ。」
リンくんのこと、メシタキ担当として、再評価をする者あり。
「・・・!( 小さくガッツポーズ)よぉっししばしの休暇だ!」
あまりに長年一緒にいて未だに毎日添い寝をさせられるものだから、まったく寂しがらない輩も、いるとかいないとか。
ま、ちょっとモーソー(妄想)も混じってるかな、アハッ!
ま、総合的にいうとね、みんな心配なのよ。だって、全員でオハナ(家族)だから。
オハナは増えてもいいけど減ったらいけないの。でも減ったら悲しいから安易には増やしてもいけないけどね。
おもしろいでしょ、リンくんっていうニンゲンに対して、オハナひとりひとり、みーんな違う感情と視点と接し方があるんだ。
そうやって、おれらは共に暮らしてる。
だから・・・。
だから・・・。
だから、急な外泊なんて、やめてくれよ。しかも入院だなんてさ。
ポッカリ、空いちゃった。
こういうキモチのときは、いつもリンくんに抱っこしてもらって、一緒にみどりテラス(家のベランダね)から、空を見上げるんだ。雲を見て風を感じて、クルマのエンジン音を聞いて、鳥さんの声を聞き分けて、それから隣の晩ごはんを想像して。でも、今日はその肝心のリンくんが、いない。空が何色か、晴れてるのか曇ってるのかもわからない。
今夜はリンくん帰ってこないのかー。あーぁ。。。おれらだけじゃ会いに行けないしな。ケンイツエンチョーも夕方まで外でおシゴトだしな。
はーぁ。。。
「どうしてるかな、リンくん。」
「診てもらってクスリもらって帰ってくるつもりだったんだろうから、いちばんびっくりしてるのは本人だよな。」
「おれら、何する?」
「んー、わっかんねー、けど、とりあえず、明日会いに行くくらいしかできなくない?エンチョー、おシゴトお休み取ったって言ってた。一緒に行こーぜ。」
そんなわけで、おれらは人生(ライオン生)で初めて、でっかいビョーインの入院病棟なる場所に足を踏み入れたのだった。
制限時間は20分。
映画やドラマで見る、逮捕者と家族との面会かよ!と突っ込みたくなる短さなのだが、ルールで決まっているのだそう。つい最近、この地域ではまたコロナっちゃんが感染拡大してるらしくてね、厳しくなったんだって。
イチニチぶりの感動の再会を喜び・・・もつかの間、話したいことやるべきこといっぱい!
並行して、入院で入り用の荷物の受け渡しをしつつ、病状報告をしつつ・・・、リンママちゃんには連絡した?だの、書類がね、あ、ハンコってどこにあったっけ?・・・だの。
ケンイツエンチョーとリンくんがニンゲン同士のやり取りをする間に、おれらはよっこらせっとリンくんのベッドの上に並んだ。白いシーツの感覚が、旅館やホテルのそれとは全く違うんだ。無機質で、気持ち悪いくらい清潔だ。旅館やホテルのはさ、清潔で気持ちいいでしょ。なんか逆なんだよね、不思議。
ソワソワ初めての空間に身を置いて周りを見回していたら。
ドーン!
リンくんが目の前に迫り、おれらをハグしてきた。その左手には見慣れぬ管がついてる。点滴ってやつらしい。
ムギュぅ!
「リーンぐーん、ぐぅるじぃよーぉ!」
「みーんなー!来てくれてアリガトねぇ!」
「リンくん、相撲取りみたいな顔してらぁ!」
ボブぞの精一杯の憎まれ口だった。でも発言とは裏腹に、その目はもうトロントロン。ボブぞは末っ子の甘えんボブぞだもん、いちばんさみしかったはずだ。
リンくん、高熱とともに顔の腫れと全身の発疹とかゆみによって、皮膚科での入院となったのだ。
腫れぼったく垂れ下がったまぶたがいちばんわかりやすいのだけど、一回り大きくなって真っ赤になった鼻、ちょいと福の神がやってきた耳たぶに、おおっとプチ整形したのかい?っていうポッテリくちびる。顔のパーツがまゆ毛以外は腫れ上がってしまっている。
それから、カラダには真っ赤なボツボツが無数に出来ている。なんなら本来の肌の色よりも赤の面積のほうが上回る箇所もあるくらいだ。
このブログの読者のオトモダチたちはリンくんの病状なんて、おそらくさほど関心がないとは思うけれど、おれらオハナにとっては大事な日記であり記録でもあるからちょっとだけ書いておきたいんだ、お付き合いいただくことを許してね。
んで。そんなことでリンくんってば昨日、不名誉な最高記録、40.1℃まで上がったという体温が、今朝には平熱の36.5℃まで下がったらしいぞ。点滴と飲み薬、塗り薬を併用してるそうだ。
なんと!なんとなんと!ビョーインすげー!お医者さんすげー!ひと晩でそんなに良くなるんだな!
あっという間に20分が過ぎた。
監獄の面会室と違ってブザーが鳴ったり誰かに促されたりするわけではないけど、自主的に帰らないと。「印象悪くしたくないでしょ。」とのケンイツエンチョーの仰せだ。さすが、園長を名乗るだけある。そういうとこ、しっかりしてる。
「さっ!みんな帰る準備して。それか、誰かお泊まりする?ホラ、個室だしさ。」
そう、リンくん熱が高すぎたから、コロナっちゃんやインフルでもないけれど相部屋はNGとなったのだ。
「ダメ。みんなでおうち帰って。誰か残るのはかわいそうだよ。さみしいでしょ。」
「じゃ、全員残る?おれ、また明日来るし。」
「それもダメー。おうちで他のコたちも待ってるじゃん。頻繁に看護師さんや先生来てくれちゃうから、みんなおうちみたいには自由にのびのびとは過ごせないよ。」
「んー、ホントにいいの?」
「うん、ホントにダイジョブ。また明日会いに来てくれるなら、それがいい。」
リンくんはそう言って、最後におれらをギュウうううっとハグして、それからトートバッグにひとりずつ入れてくれた。
ケンイツエンチョーに抱えられたおれらは、リンくんにエレベーターホールまで見送ってもらったんだ。
ビョーインのエレベーターってゆっくりだからなかなか来ないって聞いてたんだけどさ、おかしいなぁ、すぐ来ちゃって。最後の別れを惜しむ間もなく、アッサリの解散となった。
アッ、こっそり5分くらいオーバーしてたからかな?
そこはアディッショナルタイムってことでお願いします、審判。
リンくんの外泊先は、なんだかおれらが普段暮らしてる古い団地よりもこぎれいで清潔だった。リンくんはさみしそうかといえばそうでもなくて、でもおれらの目をみたときに、あの腫れぼったいまぶたがちょっとだけ大きく開いたのをおれは見逃さなかったぞ。
うん、会えて嬉しかった。
元気にしゃべってて、ホント、良かった。
また明日会いに行くぜー!
…また、20分だけだけどな。
ボブお
今日、ママンが(以下略)
アルベール・カミュ『異邦人』の冒頭文よりパロディ