もっつ、年に一度の桜色のお楽しみ
おだやかな川風が吹くたびに、おれたちの上に、花びらがふわぁっと降ってくる。
その色は、桜色。
「ンー、桜色って何色だろ?」
桜、とひとくちにいっても、いろんな種類があるでしょ?この広場の木々の大半は、桜の王道、そう、ソメイヨシノだ。
おれがつぶやくと、隣にいる弟のころすけが、答えた。
「あ。桜色って、アニキのポロシャツの色じゃね?」
ふーむ、なるほど、一理あるかもな。
うっす。わっし・・・じゃなかった、おれ、ツキノワグマのもっつです。
今日はね、おれ、年に一度のお楽しみの日なんだ。
3月の終わりか、4月の始まりか、要はソメイヨシノが満開を迎えるその頃、必ずやってくる場所がある。おれらが暮らす地域の中でイチバン好きな桜並木のある、新川の遊歩道だ。
ついさっきまで降っていた春雨のせいで、地面のそこらじゅうは桜の花びらが積もっている。空を見上げれば、まだまだ雲が優勢で、ほんの少しだけ夕日がもれている。
はらはらはら
はらはらはら
「いやぁ。美しいねぇ。おれは、この桜を見るのが、年に一度の楽しみなんだよ。」
誰にともなく、ひとりごちてみる。
「もっつぅ、ねぇね。お花見がメインなの?それとも、このあとのディナーがメインなの?」
「んー!どっちも!」
そう。今日はこのあと、”おれの店”へ行くのだ。
昨年も、一昨年も、おれが”おれの店”へ行った話はしてきてるんだけどね。この桜並木のすぐそばに、おれのお気に入りのイタリアンレストランがあるんだ。
我がオハナ(家族、我が家ではぬいぐるみのことを指す)のなかでもっとも図体の大きいおれは、なかなかお出かけに連れて行ってもらえない。ときどき愛車のモビスケで出かけるときに乗せてもらえるのがせいぜいだ。
だけれど。だけれども。
毎春の、この川沿いのソメイヨシノが満開を迎える頃、その店に行くのは、おれが、イチネンのうちたった一度、主役としてお出かけに連れ出してもらえるお楽しみの日なのだ。
2023年はコチラ → 「もっつが大切にしている日」
2022年はコチラ → 「もっつの好きなつぼ焼きスープ」
2021年はコチラ → 「初めてのお外メシ」
おれは、一張羅の桜色のポロシャツを着て、この桜並木にやってくる。
木々から散りゆく桜の花びらを全身に浴びて、ココロもほっこり桜色に染まったあとは、”おれの店”の門をくぐり、お気に入りの席で、ワインを傾けうまいメシを食って、茶色い毛むくじゃらのおれのほっぺは、ほんのり桜色になる。
桜、桜、桜だ。
「オイオイ、アニキ、そんなわけないでしょ。おれら、顔色はずっと茶色い毛むくじゃらのままだよ。」
ころすけが無粋なツッコミを入れてきたけれど、おれはフン、と鼻を鳴らしてスルーしてやった。すると、その鼻息で、おれの鼻先に貼りついていた一枚の花びらがはらりと落ちていった。
「リンくん、店の予約って何時だっけ?」
リンくんの左腕の時計をチラリと見ると、17時を少し回ったところだった。
「ふふ、やっぱりワクワクしてるんじゃん。予約はね、17時半だよ。ここからは10分くらいで着くから、ゆっくり桜を眺めながら歩いていったらちょうどいいかもよ。」
もう何年かこの川沿いには通っているはずなのだけれど、今回、とっておきの撮影スポットを発見してしまった。いつもだったらニンゲンたちがレジャーシートを敷いて宴会をしたり、ちびっこたちが走り回っているエリアなのだけれど、今日はたまたま平日だし、ついさっきまで雨だったこともあってほとんど貸切状態だ。10分くらい前まで向こうのベンチでおしゃべりしていた近所のJK(女子高生)たちも、家路についたようだ。
図体のでかいツキノワグマのわっしが広場のベンチに堂々と座っていたら、きっと目立つはず・・・、なのだけれど、意外と誰も気に留めることがないようだ。この川沿いの遊歩道はワンちゃんの散歩道に最適みたいで、小型犬だけじゃなく大型犬が何匹も通り過ぎてゆく。
「あーい。じゃ、一旦入りますかね。よいしょっと。」
おれところすけは、トートバッグのなかにギュぅっと押し込まれ、ケンイツエンチョーに担がれた。
リンくんはカメラをしまったあと、ライオンのボブ家三兄弟とウサギのすず&アザラシのフクコンビが入ったトートバッグを肩にかける。
ツキノワグマがふたりに、ライオン三人、ウサギとアザラシがひとりずつ、そしてニンゲンがふたり。
そう、今年は我がボブ家御一行様、なかなかの団体様なのだ。
プシュッ
おれらの写真撮影を終えて手がようやく空いたリンくんは、缶チューハイのプルタブを開けた。”おれの店”に向かって歩いていく途中、桜並木の下を歩きながらのゼロ次会が始まった。
「んじゃ、とりあえずのカンパーイ!」
17時半ちょうど。
店の前に到着すると、花びらを浴びておれらはすっかり桜色に染まっていた。
いつもの席、というとカッコいいけれど、予約時にお願いしてあった個室に通してもらう。この店の特徴的な白い、まるで雪でできたかまくらのような天井の部屋だ。
メニューを眺めながらニンゲンふたりがさくさくと注文を終えると、まだ先客がいないこともあってカンパイのスパークリングワインが早々に運ばれてくる。
「ねぇもっつ、せっかくだからさ、カンパイの音頭とってよ。」
リンくんに促されて、おれは仕方なく?いや、進んでカンパイの音頭をとることになった。
「オハナのみなさん。今年も無事にやってこられたねぇ!しかもこんなにたくさんのオハナのみんなと一緒に来られて、おれ、うれしいんだ。」
「うんうん。もっつ、今夜はご相伴に預かりまーす!」
ボブおが元気よく合いの手をはさんでくれた。
「みんな、今夜はわっしのおごりだ。さぁ心ゆくまで飲んで食べて楽しんでくれ。そう。ここは”おれの店”だからね。」
「ウフフ!はーい!遠慮なく。ねぇ、それよりわたし、もうノドがカラっカラよ。アワ、いただきましょ?」
ボブこちゃんがカンパイを急かしてくる。
「そだね。では・・・。オハナみんなが一緒に過ごせていることと、それから、今年も美しく咲いてくれた桜並木に、カンパーイ!」
「カンパーイ!!!」
皆で声を合わせて、カンパイ。
さぁ、我がボブ家定番の、春の大宴会スタートだよ!
前菜の盛り合わせ、鮮魚のカルパッチョとワインのおつまみが続いたあとには、いよいよ、おれの大好物のコレだ。
「わーいわーい!来たぁー!きのこのつぼ焼きスープ!」
白い陶器のカップを覆うこんがりときつね色にふくらんだパイのドームは、まるでおれの鼻のカタチみたいにまぁるいんだ。取っ手を持って、慎重にパイをスプーンで崩すと、とってもいい音がした。
ザクザクぅっ
「あぁ、コレだよな。コレ。ンー!うまぁいっ!」
「もっつ、毎年言ってるね。」
「あぁそりゃそうさ。イチネンに一度のお楽しみだもの。新川の桜並木を見て、この店でつぼ焼きスープを食べる。それが定番だろ?おれ、コレがないとイチネン頑張れないもの。」
うまい。本当にうまい。
おれは大満足なんだよ。
ニンゲンたちはそのあとにパスタを2種類、おいしいおいしいといってペロリと平らげた。
この店に来ると必ず頼む”ポルチーニ茸のクリームスパゲッティー”と、季節メニューの”小柱とブロッコリーのレモンバター”だ。しっかりめのアルデンテ(アルデンテにしっかりもやわいもないもかもしれないけど)の細麺が歯ざわりよく、パスタは断然太麺手打ちよりも細麺乾麺派の我が家の口にはぴったり合うのだ。
カンパイのスパークリングワインのあとは、白ワインと赤ワインのデキャンタをぐびぐびと開けて、大満足で春のイタリアンディナーを楽しんだよ。
「ふわー!おなかいっぱい!やっぱりこのお店はホントにおいしいのぉー!ごちそうさまでした!」
「もっつ、ごちそうさまでした!」
「お。おう。”おれの店”、良かったろ?」
気がつくと隣の個室にはワイワイと女性グループが入ってきて、これからおしゃべりとごちそうを楽しもうかというところだった。
まだ時刻は19時をまわったところ。おれらは再度、それぞれのトートバッグにギュぅっと入って、店を後にしたのだった。
店の外に出ると、当たり前だけれど、すっかり夜だ。
「なぁなぁころすけ、おれのほっぺ、やっぱり桜色になっただろ?」
「ンー。そうかもね。」
フン、やっぱりうちの弟はとっても現実的でクールなままだ。
けれど、おれは信じてる。
桜色のポロシャツを着て、大好きな桜を見て、散りゆく花びらを浴びて、それから、だいすきな”おれの店”で、だいすきなオハナのみんなとディナーを食べたのだもの。
年に一度くらい、おれの茶色の毛むくじゃらのほっぺだって、桜色に染まるよ。
ね?ココロの目で、見てみてよね。
あぁ、また来年が待ち遠しいなぁ・・・!
もっつ
新川千本桜(ソメイヨシノ) 千葉県八千代市 / ココシルやちよ
https://yachiyo.kokosil.net/ja/place/00001c000000000000020000005100e4
※もっつお気に入りの”おれの店”とはコチラのことです。味が好みな上に盛りがよくてリーズナブルなの↓↓↓
ビストロピエロ (千葉県八千代市)
http://www.bistropierrot.com/
「もっつが大切にしている日」
https://bobingreen.com/2023/04/03/4389/