モビスケナイトのお楽しみ
9月の最終日。最後のキンヨービ。
夜10時。おでらは、こうこうと無機質な光を放つ駐車場の一角に到着した。
この高速道のなかでもかなり大きなサービスエリアのひとつだ。大型トラックたちがひしめき合って列をなしているその横の普通車スペースに、モビスケはキュキュっとその四角い図体を収めた。周囲には、ぽつんぽつんとキャンピングカーやらシェードで目隠しをした大きめのワゴン車も止まっている。
ドゥルン・・・カしゃっ。
エンジン停止の余韻のあと、内側からドアをロックする音が響いた。
さぁ!「お楽しみ」の時間が始まる合図だよ。
アーユーレディいいいいいー???
イェーーーい!
レッツ、モビスケナーーイトぉぉぉっ!
おでらがテンションアゲアゲの掛け声に呼応すると、リンくんDJタイムが始まった。
・・・ちゃっちゃっちゃっちゃらーっちゃっちゃちゃらーっ・・・
ガラスのジェエネレイション
さよならレェヴォリュゥション
ン みせかけのこいならいらないぃ
ソォワンモァキィストゥミ
・・・
モビスケナイトとは、俗に言う、車中泊キャンプのことだ。我がボブ家の愛車、モビスケの中でゴハンを食べて、お酒を飲んで、寝袋で寝る。シンプルに、ただ、それだけのこと。
その延長線上に、目的地がある場合ややりたいことがある場合もあるし、純粋に夜のひとときを車中で過ごすだけで、とんぼ返りするときもある。
本当は今夜は当たり前のようにチーバの家で普段の金曜日の夜を過ごすはずだった、のだけど、当日の夕方になって、急遽モビスケナイトが決まった。オシゴトから帰ってきたケンイツエンチョーのひとことだった。
なぁなぁ、みんな。でっけーフロ、入りに行こっぜ。
えっ?いいよぉ?わぁいわぁい。
モビスケナイトは、思いつきとノリ、天気予報や道路の混み具合なんかで、行くも行かないも決められるし、宿の予約もなければチェックイン・チェックアウトの時間も制限がない。この自由気ままさが、我が家にはとても合っていると思う。
今回の目的は、「でっけーフロ」に入りに行くこと。その途中、モビスケ内で晩メシ休憩と仮眠。あとは、自由!
今日のメンバーは、ニーちゃんのボブお、ネーちゃんのボブこ、ウサギのすずと、アザラシのフク、そして、おで、ボブぞ。それから、運転手のケンイツエンチョーに、キャンプ設営係兼DJ担当のリンくん。
あ、そうそう、大切なふたりを忘れちゃいけないね。モビスケのキーの番人である、ティラノザウルスのブルと、ワニの泰山も一緒だよ。というわけで、計9名がモビスケに乗り込んでいるってわけ。
エンジンを止めたあとの音源は、旧いオフラインのスマホだ。リンくんDJオリジナルのプレイリストがダウンロードしてある。スピーカーはお世辞にもいい音とはいえず、幅も奥行きもあったもんじゃないけれど、それでもこのBGMがモビスケナイトの重要な役割を担っていることには間違いない。以前はFMラジオの電波を懸命に拾おうと努力したり、Wifiを繋いでradikoで遊んでみたりしたけれど、結局はオフラインに落ち着いた。電波を探すとか聴きたい番組を探す、そういったアイドルタイムは不要で、ここモビスケの中では、自分たちのお気に入りだけが、ギュッと集まっているのが心地良い。
そんなわけで、プレイリストの一曲目、佐野元春が歌い始めると、まず最初にやること、それはクーラーボックスから缶チューハイを取り出すことだ。おでの大好きな本搾りのグレープフルーツが、ちゃんと冷えている。
プシュッ・・・!
モビスケナイトに、カンパーイ!
ロング缶を手に、グビッ、ぷはーっ!となったところで、それぞれのシゴトにかかる。そう、モビスケの中で快適なひとときを過ごすためには、ちょっとした作業があるのだ。その設営総責任者を担っているのは、リンくんだ。
後部座席を倒して車内をフラットにしてから、目隠しと温度調節のためのシェードを全部の窓に貼る。その後、ようやくLEDランタンをあちこちにぶら下げて点灯すると、だんだんキャンプっぽい雰囲気になってくる。折りたたみコンテナに格納している積み荷を移動させて、仕上げに寝床用の断熱シート、緩衝マットと寝袋を引っ張り出して広げれば完成だ。狭くはないけどさして広くもないモビスケ。リンくんは腰をかがめて、車中でうろうろとフォーメーションを変えながらも、ものの15分くらいでサクサクと終わらせた。
その間、おれらは助手席でチューハイをくぴくぴと飲みながら、はしゃぎたい気持ちを抑えて、ジィっとおとなしく待っていた。
はーい、みんなぁ、設営終わったよー!コッチ来ていいよー。
リンくんに呼ばれて後方へ行くと、すでに、晩餐のテーブルと寝床が用意されていた。ニンゲン用の寝床に加えて、おれらオハナ専用の寝床もある。光源はLEDランタンが3つ。LEDといっても暖色の光だから、車内はほの明るい温かい感じの雰囲気で、おれらはまったりとした気持ちになる。
モソモソと手前の方にクッションをしいて、おなかにはモーフをかけて、おれらは食卓についた。
今晩のメニューは、ここへ来る道中にスーパーで仕入れてきた、パックのお寿司と、鶏のからあげ、おつまみにキャンディチーズ。それから、すずの大好物のキューリだ。キューリは、おうちの冷蔵庫にあったものを洗ってビニール袋に入れて持ってきた。
スーパーで夜の割引が始まっている時間帯に、惣菜売り場の残り物のなかからお宝を探すのがモビスケナイトのひとつの楽しみでもある。今夜はかなり良いラインナップで、お寿司もからあげも半額で買えてとてもラッキーだった。ときには運が悪く、棚がすっからかんの夜なんかもあって、そういうときはフジパンのスナックサンドとベビーチーズを交互にかじって、早々に寝袋にくるまることもある。
それくらい、モビスケナイトは自由気ままなのだ。テント設営や火起こしして料理をするいわゆるちゃんとしたキャンプとは雲泥の差だけど、おれらは、この気楽な遊びが大好きだ。
いっただっきまぁーす!
モグモグ、クピクピ。モグモグ、クピクピ。
第一回選択選手ぅー・・・っ!
エンチョーのかけ声で、お寿司ドラフト会議が始まった。
おれ、イカいこうかな?
じゃあ、あたしはアジ、いい?
狭い・・・っていうとモビスケに怒られるけど、決して広くはないモビスケの車中で、折りたたみコンテナをひっくり返したテーブルに乗せたお惣菜の晩餐を、みんなで仲良くつついて分け合う。あれやこれやと何でもない会話をしながら、ユルユルと楽しい夜は更けていくのだった。当然ながら、テレビはないし、動画も見ない。ただ、歌謡曲寄りなゆるいプレイリストが、小さな音で流れている。豪奢な車中ではないし豪華な食事でもないけれど、豊かな夜のひとときだと思う。
食事を終えてペットボトルの赤ワインもほぼ空になったところで、リンくんDJが、最後の曲をかける。柔らかい音のギターでイントロが始まった。
わたし、今日はコレがやりたかったのよー。
吉田拓郎ナイト。引退するらしいでしょ?改めて、聴いてみたくなって。
さ。これ聴き終えたら、消灯ね。
みんなそれぞれ、思い思いの場所を寝床にする。
ニーちゃんとネーちゃんはそれぞれすっぽりとひとり用のハンモックに入っている。フクは遊び疲れた様子で、ネーちゃんのおなかの上にぴっとしくっついて、スゥスゥともう寝息を立てていた。おでは、すずが一緒に寝たいというから、モビスケ内の天井に吊るしてある大きな荷物用のネットを寝床にして、仲良くくっついて眠ろうと思う。ここならリンくんの寝相がどんなに悪くても安全だからだ。
最後の一曲に耳を傾け、ゆるいテンポに合わせてカラダをゆらゆらさせていたら、あっという間に眠気がおそってきた。
かぁわいいきみをぉ さぁそぉってみよぉぉお
ンやみにぃまぎぃれちぃまえぇぇ
ごぜぇんれぇいじのぉまちはぁいかがでぇすかぁ
・・・
カバンにくくりつけられたリンくんのG-SHOCKを見ると、ちょうど日付が変わるところだった。
ランタンの灯りが全て消えて、モビスケの車内に、闇がやってきた。
みんな、おやすみなさい。モビスケ、おやすみなさい。楽しい夜をありがとう。
いい夢、見ようね。
ボブぞ
ガラスのジェネレーション
佐野元春 『ガラスのジェネレーション』
さよならレヴォリューション
見せかけの恋ならいらない
So one more kiss to me
疲れた街並みにお酒を一滴
吉田拓郎『午前0時の街』
胸のかわきがうるおったなら
可愛い君を さそってみよう
闇にまぎれちまえ
午前0時の街はいかがですか
・・・