団地とライオン
広場に出ると、奥のベンチでじいさんとじいさんがふたり、向かい合って座っているのが見えた。
4人じゃなくてふたりだから、たぶん、将棋だろうか。麻雀だったら、教えてもらおうかと思ったんだけどな。
ライオンのボブぞです。日暮れの団地の中を、リンくんとおさんぽ中なの。
夕方5時過ぎ。これくらいの季節になると、日が暮れるのも早くなって、しかも今日は少し雲が多いものだから、あと30分もすれば手元が暗くなってしまうだろう。それに、ここは巨大な団地の中の、ちっぽけな公園とも呼べないような広場だ。コンクリートで舗装されているから、子どもたちがゴムボールを弾ませて遊ぶのにはちょうどいいだろうと思う。もしくは、ローラースケートとか、スケートボードとか、そういったローラーのついた類の遊具にもいいと思うけど、残念ながら、そういった遊びをするニンゲンたちは、この団地にはほとんどいない。
じいさん、ばあさん。ばあさん、じいさん。じいさん、ばあさん。あとは、おじさん、おばさん。おばさん、おじさん。小学生や中学生の通学路にはなってるし、中には住んでる子供たちももちろんいるにはいるはずなのだけれど、総じて、子育て世帯は珍しい。おでらの暮らしてるうちの棟には20部屋あるけど、知る限り、子供はいない。でも隣の棟には3才くらいの女の子がいて、棟全体みんなの孫でもあるかのように可愛がられている。だいたい、そんな感じの珍しさだ。
犬も、猫も、いない。正しくは、いないことになってて、団地内は、飼育どころか散歩でさえ禁止になってる。だけど、犬を散歩する人、ひなたぼっこする猫、普通にいっぱいいるんだよね。
ん?おで?おではね、ライオンだよ。
ん?リンくん?リンくんはね、おじさんっぽいおばさんだけど、実際のところ、おばさんかおじさんか、決めてない。なんなら、ライオンにあこがれているし、ニンゲンの前にどうぶつなんだと言い張っている。つまり、どっちでもいいって。
そんなわけで、つまり、ライオンと、おじさんかおばさんかわからないニンゲンの形したどうぶつとが、ふたりで団地をさんぽしてるんだ。
「犬の散歩お断り」?
しーらねっ。
おで、ライオンだもん。
しかも、ライオンが、ニンゲンの形したどうぶつをさんぽさせてやってるんだから、全然ヘーキ。ルール違反じゃないよね。
ほわーぁん。
広場の横にあるベンチにおれらも座って、ちょっとひとやすみ。休憩したくなるほどいっぱい歩いたわけでもなければ疲れているわけでもないけれど、なんとなく、ちょっとやってみたかった。団地のベンチで、ぼーんやり。
目の前を、ジャージ姿の中学生のグループが通り過ぎていった。膝丈の短パンだ。
この時間だし、部活帰りかねぇ。何部かなぁ?しっかりしたふくらはぎ!陸上部とかかな?
リンくんが答えのないクイズを繰り広げている。ニンゲン観察をする、ライオンとニンゲンの形をしたどうぶつが、団地のベンチでぐぅたらしているの。
アハッ、ダンス部とかだったらかっこよくね?チーバの団地から、K-POPアイドル目指してますぅとか、どぉ?
おでも妄想に乗っかってみるが、結局答えはないので、あまり盛り上がらないで会話が止まった。
気がつくと、じいさんとじいさんの将棋の勝負に決着がついたのか、お開きとなっていた。周囲には、人気が一気に無くなっていた。
薄暗くなり始めた団地の広場というのは、若干居心地が悪い。
ボブぞ、スーパー行こ。そろそろ見切り品の値引シール貼り始めてるかも!
おうよ。行こ行こ。今日の晩メシは何かなぁー?
戦利品次第でメニュー変わるよ。もし何もなかったら、鶏むね肉ね。
おで、鶏も大好きだよ。
よっし。じゃ、行こ。
普段暮らしてる団地なんだけど、ベンチに座ってみただけで、ほんのちょっとだけ別の景色が見られた気がした。
バーイバイ。また来るね。
この後、満タンの買い物袋を下げて帰ってくるはずの団地に、なぜか、おでは手を振った。
ボブぞ