はじめての線状降水帯とクナイプの話
昨晩のこと。
リンくん、本を読みながら長風呂をかましてた。
「だって、今日はずっと雨降ってるしなんかカラダだるいからのんびり浸かってくる。」んだそうだ。
手には東野圭吾の『眠りの森』。ケンイツエンチョーがブックオフで買った積ん読のひとつだ。
もう一方の手にはペットボトルに入れたそば茶。ぬるいお風呂に浸かりながら一杯やる(お茶だけど)のがいいらしい。
クンクン・・・クンクン・・・
お風呂場から湯気とともにかいだことのない甘い匂いが漂ってくる。どうやら入浴剤を入れて楽しんでるらしかった。
お外からはごうごうと地響きのような雨の音、そして、ガルルルルっと吠えるカミナリさまの声。
「あぁイヤだイヤだ。おれはカミナリがニガテなんだ。」
おれはできるだけ意識しないようにソファ前の特等席(ニシカワのお昼寝マットレスの上にクッションを立てかけて座るのだ)に陣取り、テレビの画面を眺めながら、ボォっとしていた。
すると。
おわぁ!!!
バスタオル一枚姿のリンくんが飛び出してきた。
「えぇ?!線状降水帯だって?!」
ふと見ると夕方の情報番組では、千葉県北西部に線状降水帯が発生、レベル4の大雨警報が出たとのテロップが流れていた。
リンくん、優雅に風呂に浸かっていたところ、外から防災無線らしきサイレンの音が聞こえたんだそうで、驚いてスマホを確認しに来たのだという
「防災無線、何言ってんのか全然わかんないの。雨の音がすごくて。」
そうか、そういうこともあるのか。むむ、役立たずじゃないか。
リンくんは我が町の防災状況を確認し、それから停電に備えて念のためいくつかのLEDランタンの充電を開始したのち、再度風呂へ戻っていった。
「東野圭吾、めっちゃいいところなのよ。キリのいいところまで読んでくるわ。」
でもその至福の長風呂タイムも、その後ソッコーで切り上げざるを得なくなった。
突如として、真っ暗になったのだ。
停電だ。
ヒッ・・・!という小さな悲鳴が風呂場から聞こえたあと、数十秒。いや、ホントは10秒くらいだったかもしれないけれど、ああいうときは長く感じるものだ。
何事もなかったかのように、再度電気が点灯し、それとともにリンくんが居間へ入ってきた。
「ふぅーホントに停電したぁ・・・!びっくりした!」
おかげさまで我が家は一瞬だけで済んだが、どうやら長いこと・・・未だに停電している地域もあるというから大変だ。
そんなおれは、いま、みどりテラスからお空を眺めている。
積乱雲。空の低いところから高いところに向かってモクモクと作り上げるそれは、まだおれの頭上に広がっている。
予報通り、これからもうひと雨あるのだろうか?でももう青空見えてるしな。
ねぇ、リンくん?どうかな?
「うーん。とりあえず、雲、撮っとこ。」
会話が成り立っていない。
こういうときはこの狭いみどりテラス(あぁ、我が家の団地のベランダのことだ)で同じ空を共有している、そのことだけに意味があり、互いの発話にはほとんど意味はない。
昨晩に話は戻る。
リンくんは風呂からあがったあと、腹が減ったという。
「これから万が一また停電あるといけないしさ、早めにゴハンにしちゃおうよ。」
そう言って、冷蔵庫から一昨日ケンイツエンチョーが作ってくれたチキンカレーの残りを鍋に移し、コンロのとろ火で温め始めた。
おれらはいつもならテーブル脇の定位置について一緒にメシを食うのだが、昨晩ばかりはテレビの前で過ごすことにした。万が一食事中に停電にでもなって、真っ暗ななかおれらが不安定な場所にいると危ないという理由だ。
「ボブお、遠くからだけどあーんしてあげるからね。ハイ、あーん。」
もんぐもんぐ・・・。ケンイツエンチョーの作ったカレーはまじでうまい。なんてことないけど、うまい。なんでだろ?きまぐれにときどき作るからかな?
「だって私が玉ねぎ切ったんだもの。」
リンくん、それはケンイツエンチョーに失礼だ。
とろみの強いカレーをまったく焦がさずに常にかき混ぜていたのはケンイツエンチョーなのだからね。
「ルーはドロドロ、お肉はホロリでうまいぜ。」
おれは3mほど離れた食卓から運ばれるスプーンをはむっとくわえ、カレーをしっかりと味わった。
もんぐもんぐ・・・。
こういうときはちゃんと食っておかないとな。
そうこうしているうちにもニンゲンたちのスマホはぶぃぶぃとアラートが鳴りまくる。リンくんの1台と、ケンイツエンチョーは3台(会社スマホ1台に個人で2台持っているのだ)、計4台が同時に危険を知らせてくる。
「え?レベル5に上がったって。」
夜7時過ぎ。おれらが呑気にカレーを食べていたら、チーバ北西部はヤバイことになり始めていた。
おれらが暮らす町とその周辺市町、結構広範囲に警戒レベル5、避難勧告が出てしまった。線状降水帯とは恐ろしいもので、この令和の現代においても、予測をすることが難しいのだという。
幸いなことにおれらオハナは全員自宅にいることができたから良かったものの、外出中だったら帰宅困難になっていたかもしれないんだ。あぁ、ホント、良かった。
市からの防災メールがバンバン来るなか、とりあえず安全と生活インフラは確保できているおれらは早めに床についてしまうことにした。
グゥ・・・おにゃすみ・・・と。
そうして今朝。
目が覚めてみたら、お外は明るかった。雨は止んでいるし、風も強くない。いつもの朝のようだった。今朝はゴミ回収の日だけど、どうなんだろ?と窓から階下を眺めやると、いつも通り、ゴミステーションには袋がいくつも積んであった。
ふぅん。
でもテレビをつけてみて、その惨事に驚いた。
我が町を含む近隣市で死者が3人も出たというのだ。
エ?
本当に線状降水帯は怖い。
おれはオハナ全員が無事であったことにホッと胸をなでおろした。
すると、むにゃむにゃと起きてきたリンくんが言う。
「ねぇ大多喜ガスの設備がやられて、ガス使えないらしいよ。」
大多喜ガス、とはおれらが暮らすチーバで使用している都市ガスのことで、今回の大雨によって被害があったらしかった。
「まぁ、ガスなくてもレンチンとかでゴハンはできるし、どうしても必要ならカセットコンロで。」
「あ。それから、下水は必要最小限にしてくださいって。洗濯とか風呂場の水とかは流さないようにって。」
そりゃぁ考えてみれば、そうだなぁ。あんだけの雨水、処理するの大変だもんな。
もうひとつ思い出してみれば、昨日、早めにゴハンを食べておいて正解だったのだ。その後22時にはガスの異常が判明して使えなくなっていたのだから。
そんなわけで、復旧するまで流すことのできない湯船からは、いまだに甘い香りが漂ってくる。
「ねぇ、昨日のあの入浴剤、何?」
ケンイツエンチョーがリンくんに質問している。
「あれねぇ、随分前に買ったクナイプのやつ。あ、匂いキライだった?」
「いんやぁ・・・それがさぁ、めっちゃ眠れたの。」
アハッ!明け方までお外を騒がせていた暴れん坊雷雨の騒音に負けないほどのクナイプ。
「そりゃぁ良かった!さすがクナイプ。実はわたしもめっちゃぐっすりだった!」
線状降水帯の災害の中、我が家をほんわかと甘い匂いに包み、ニンゲンふたりをぐっすりと眠らせてくれたお助け入浴剤クナイプ。
もし今夜までにガスが復旧したら、うちのニンゲンたちは追い焚きしてもう一回入るだろう。
あぁ、そもそも下水が復旧しないとシャワーさえ浴びれないけどなぁ。
ありがとうクナイプ。
おれはクナイプのあの匂いを思い出しながら、いまこの夏空を眺めている。
今回の線状降水帯によってお亡くなりになってしまった方、怪我や被害のあった方々に哀悼の意を表します。
そしてインフラの復旧に向けて活動してくださっているみなさんに感謝します。
初めての線状降水帯、災害は他人事じゃない、をホントに痛感したできごとでした。
ボブお
※その後、1時間ちょっとして、また豪雨がやってきた!恐ろしい・・・
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