ツーインミッションコンプリート

「あーうー忘れ物した。。。」

んあ?団地の階段を5階から降りきったところで、リンくんがつぶやいた。

「なに忘れた?」

「おくすり手帳。」

ハァー。

「知らない病院行くわけじゃないしさ、シールもらえばいいんじゃね?今から5階まで往復したらバス行っちゃうよ。」

うーん、うん。わかった。

踵を返そうとするリンくんを静止して、おではリュックのなかからリンくんの背中を押した。

ライオンのボブぞです。

バス停に着くと、おばあちゃんがひとり。誰かが待ってるってことはもうすぐバスが来るってことだ。

いつもなら5分や10分平気で遅れるバスが、定刻通りに到着した。

「ほらね?」

コク、とリンくんはうなづく。

ピッ

PASMOをタッチしてバスに乗り込む。今日のおでかけの行き先は、つい先週までリンくんが入院してたビョーイン。だけど、おうちからこうやって行くのは初めてなんだ。

「だってさ、入院した日、別のビョーイン行って、そこで紹介状出されてそのままタクシーで移動したからねぇ。」とのことだそうだ。

そうね。おでがお見舞いで何度か行ったときはケンイツエンチョーの運転で愛車のモビスケで向かったしな。

バス、電車、バスと乗り継いで、隣町のビョーインに着いたのは家を出てからちょうど1時間後だった。おでらが住む町と比べると、数倍の人口と商業規模を誇るチーバ県内第2の都市であるフナバーシ。そのフナバーシ市にあるいくつかの大きなビョーインのひとつなのだそうだ。どおりでイチニチじゅう救急車のサイレンが聞こえてたわけだよね。

「なんか船橋駅が、まぶしい・・・!キラキラして輝いて見えるー!帰り、元気だったら買い物して帰るもん!」

バスに乗る前、まるで初めて来た大都会かのように東武百貨店の建物を見上げ、リンくんはそう宣言した。

「うーん、買い物もいいけどさ、おで、今日はミッションがあるの。」

「アハッ!あれ?今日もイーサン・ハンぞうなの?ミッションはなに?」

「んもう、わかってないなぁ!今日のおでのミッションは、リンくんを無事に通院に連れて行って、連れて帰ることだよ。ツーインミッションだよ。」

「あっそっか。」

「だから、勝手な行動はさせないよ。いーい?おで、見張ってるの。ジーッ!」

おではリンくんのリュックからちょいちょい顔を出しては、リンくんが無駄な動きをしてないか、それから、腕や脚にボツボツが出てないか、顔が赤くなってないか、要するに、体調がおかしくないかを確認している。

「リンぐん、体調へーき?」

「うん。めっちゃ平気。歩く距離いちばん少ないルートで来たから、汗もかかずに済んだしね。」

リンくんは院内のコンビニで買ったホットコーヒーをぺろっとなめながら、そう答えた。そして、そのあと、どーぞ、と言っておでにもひとくちくれた。

「うむうむ。そりゃあ良かった。」

皮膚科の受付まで来ると、外来待ちの患者さんでいっぱいだった。前回このイスに座っていたときのリンくんを、おでは知らない。

あのとき、そう、約3週間前に来たとき、リンくんは40℃の発熱と全身発疹で意識朦朧としていたという。あれやこれやと問診票やら入院関連やらの書類にサインをして、そのあと何本も血を取られたりしたけれど、正直いまでも記憶は曖昧だという。

「そういえばさぁ、リンくんって普段ビョーインにかかるとき、だいたいオハナ(家族)の誰かにおともしてもらってるでしょ?なんであの日に限って、誰も連れていかなかったの?」

そう、あの、リンくんが緊急入院した日は、オハナの誰も、リンくんに付き添ってはいなかったんだ。

「んー。今思えば、だけど。あの日はホンっトに余裕がなかったんだと思うな。オハナのみんなに何かがあったときに、わたしがこんなんじゃ守ってあげられないと思ったから、だからおうちで待っててもらったほうがいいと思ったんじゃないかなぁ。」

「そっか。そういうもんかね?」

「うん、そういうもんだね。」

そんなことを待合スペースでゴニョゴニョしゃべっているうちに、順番がまわってきた。

11時予約に対し受付は10時14分。早く着きすぎたかなーって思ってたけれど、診察室に入ったのは11時5分頃だった。ほぼジャストじゃーん。

「その後どーですか?」

リンくんの外来担当は、ゴレンジャーのセンター、ブルーのスクラブが似合う痩身ロングヘアの女医先生だ。腕にはアップルウォッチ、薬指には控えめにダイヤの入った結婚指輪がキラリしている。口もとはマスクの奥で表情はわからないが、目元はバシッとマスカラが効いていて、まつ毛がファサファサしている。

「あふーん!センセー、美人さん!」

おでは思わず小さくガッツポーズをしてしまった。

あぁ、皮膚科ゴレンジャーの話をしてなかったね。このビョーインでは皮膚科の先生が5人いてね。入院中の回診ではその5人が勢ぞろいで病室まで来てくれてたんだ。その出で立ちが面白くて、リンくんは皮膚科ゴレンジャーと勝手に呼んでたらしい。そして今日外来で見てくれたセンセーが、センターってわけだ。フツーの戦隊モノはセンターは赤かもしれないけど、そのセンセーはいつだって真っ青なスクラブ姿だから青レンジャーだ。

診察はさくさくっと10分もかからず終了した。採血くらいはするのかと思ってたらそれもなくって、問診して肌の症状確認して、あとはおクスリの飲み方について指示を受けたのだった。

「うんうん、いいですね。症状ぶり返してないですね。次回は2週間後でいかがですか?」

「あ、そんな先でいいんですね。ハイ。ダイジョブです。」

「アリガトございましたぁー。」

診察室を出て看護師さんから再度受付票を受け取ると、おではリンくんと一緒に会計の窓口までテクテクと歩いた。院内の外来エリアの地図はあまり把握してなかったけれど、今日来てみてだいたいわかった。おで、イーサン・ハンぞうが次にまた潜入するミッションがあるかどうか、ま、ないに越したことはないけど、そのときの参考にさせていただこう。でへっ。

おでがそんなモーソー(妄想)していると、リンくんは受け取った処方箋をスマホで撮影しているんだ。

「何してるの?」

「ん。処方箋撮ってるの。」

「いや、それはわかるけど?」

「処方薬の予約ってのやってみよーかと。こないだおくすり手帳アプリをスマホにインストールしたんだ。そこから、提携してる処方箋薬局に事前に情報を送るとおクスリを現地で待たずに受け取れるらしいよ。」

「なるほど、そーゆー仕組みがあるんだね。」

「うん、存在は知ってたけど使ったことはなくって。これから定期的におクスリを出してもらうならさ、便利そうじゃない?」

リンくん、いろいろ調べてやってるらしいな。
「おくすり手帳忘れたって朝言ってたけど、アプリ入れたんならいらないんじゃないの?ホントに必要だったの?」と、不思議に思って聞くと、過去飲んでた分のクスリの履歴はアプリには同期してないから、とのことだった。うん、なるほど。

「エイッと送信。でけた。これで1時間後くらいに駅前のドラッグストアチェーンの薬局で受け取れるっぽいよ。」

このビョーインの周りには何軒もの調剤薬局があるみたいだけど、どこもチェーン感はないし、サービスや待ち時間の具合も外からじゃ様子がわからない。
でもドラッグストアチェーンの処方箋コーナーなら、ポイントとかもつくしなにかと良さそうなのでは、ってことだな。

おでらはビョーイン前のバス停からバスに乗って、大都市フナバーシ駅前まで戻ってきた。
リンくん、意外とまだ元気。そりゃそうか、診察もスムーズに終わったしね。

クスリ受け取りの前にちょいと本屋へ、とか、物産展見ちゃう?とか、そんなこといいながらフラフラと東武百貨店をうろつくリンくん。顔がワクワクしちゃってるよ。

「リンぐーん!先におクスリ受け取りにいこーよ。なぁ、そんなんじゃ疲れちゃうよ!おで、ツーインミッション見守り係なの。」

「アハッ。ごめんごめん。うん、行こう。」

駅向こうのドラッグストアまで行って無事におクスリを受け取りーの、その後は今夜の晩ごはん用にちょこちょこ食料品街にも寄ったりして、リンくんはつかの間のショッピング散歩を堪能したのだった。

もう昼の1時をとうに過ぎていた。リンくんはまだ外食する気力がないといっているから、家に帰るまでお昼ごはんはお預けだ。
ンーハラへったなー、ガマンガマン、とおでがおなかをさすっていたら、リンくんが唐突に腕をブンブンし出した。

「ボ、ボブぞ?」

「あー?うん?どした?」

「あのね。急に、荷物が…重いよ。」

「ハテ?今夜の晩ごはん用に買ったお弁当とお惣菜くらいでしょ?1kgとかそれくらいじゃないの?なんでそれが重いの?」

リンくんの左腕には、くっきりとナイロンのエコバッグのあとがついてる。

「あー!コレじんましんのもとになるやつだよ!リンくん、ダメなやつ!オバサン持ちダメ!ちゃんと手で持って!」

「筋力が落ちまくってる。。。ちかれたよー。ひー!おうち帰るー!」

ショッピングに満足したと思ったら今度は泣き言だ。ホント世話が焼けるヤツだ。

「んもー!やっぱりおでがいないとダメだったな。」

「うん。ボブぞ、ありがと。」

えっへん!

「んで、荷物持ってくれるの?」

「持ちません。おでは荷物は持たないよ。ツーインミッションだもん、荷物持ちはミッションに含まれてません。」

フハッ!

帰りのバスのなかで、おでらはユルユルと心地よい疲れを感じていた。あともうちょっとでおうちに帰れるよ。

リンくん、頑張ったな。

多分、2週間後の次の通院日は、もっと元気になってるな。

おで、ちゃんと見守って・・・あいや、見張ってるからな!

でへっ!

本日のツーインミッション、コンプリート!

ボブぞ

“本日のツーインミッション、コンプリート!”
“バスの後輪の真上の席でガタガタするおで”

「イーサン・ハンぞうのミッション –  リンくんが入院した その8」https://bobingreen.com/2024/06/23/9569/

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Rin(リン)

ぬいぐるみブロガー、Rin(リン)です。 ライオンのボブ家と愉快な仲間たち、そしてニンゲンのケンイツ園長と一緒に、みどりキャンプ場で暮らしています。 ボブ家の日常を、彼らの視点でつづっていきます。

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