隅田川で点と点を線でつなぐ
もぐもぐもぐもぐ・・・
「おいしー。サンドイッチっておいしー。普段あんまり食べないから、パンっておいしー!ツナと玉子のこのシンプルな三角サンドが妙においしー。」
チュルチュルチュルチュル・・・
「うまぁ!アイスコーヒーうまぁ!最近普段はノンカフェインだから、今日はしれっと飲んでるけどさ、うまぁ。暑いからついついホットじゃなくてアイスにしちゃった。コーヒーって、うまぁ。」
5月の中旬に、2日連続の夏日になったのは観測史上初らしい。
リンくんがうまそうにサンドイッチをほおばってアイスコーヒーで流し込んでいる。
「ボブお、ねぇ。今日33度だって。異常じゃない?」
「うん、あっちぃ。。。おれ、寒いの苦手だけど、あっちぃのも苦手だ。あ、おれにも一口くれよ。」
もぐもぐ、チュルチュル
ライオンのボブおです。
ここは、トーキョー、浅草橋。
エアコンのよく効いた、駅前のベローチェの二階席で腹ごしらえ。隣ではケンイツエンチョーがネクタイ締めて、オシゴトのパソコンしてる。
「ボブお、リンくんのこと、頼んだよ。オシゴト終わったら連絡すっから。おさんぽしてていいけど、怪我すんなよ、横断歩道渡れよ。クルマにひかれるなよ。飲み物飲めよ。シモジマさんで爆買いするなよ。」
「あは、えっとぉ、造花はいらないなぁ・・・。貴和さんでビーズ爆買いしてたらゴメーン。あと吉徳さんは見に行ってくる!」
「リンくんはうるさいよ。エンチョー、おれらが責任持ってショーウィンドウから引きはがすからダイジョブ。オシゴトいってらー!頑張ってねぇ!」
ベローチェの外に出ると、エンチョーとはバイバイして、それぞれ反対方向に歩いた。エンチョーのオシゴトが終わるまで、おれらはリンくんと一緒におさんぽタイムだ。
さてと。
「いざ。隅田川さんぽー!行くよー!」
隅田川テラスっての、行ってみたかったんだよねぇー。まぁ言うなれば川沿いの遊歩道ってことなのかもしれないけれど、あんまりこのエリアに縁がないからね、ちゃんと隅田川を間近で見たことってなかったんだ。
まだ5月だというのにうだる暑さ。ここはやっぱりトーキョー、強い光に照りつけられたアスファルトが熱気を発している。おれらは浅草橋駅前から江戸通りを少し北上して、交番前の交差点で川方面へ逃げた。
ここは東京のど真ん中だけど、ちょっと不思議な街だなと思うんだよね。
真新しいオフィスビルと、薄汚れた外壁が歴史を感じる問屋街。高級外車が停まる高層マンションと、軒先に植木鉢の並ぶ木造建ての民家。Instagramに出てきそうなオシャレなオープンカフェと、赤い暖簾に歴史の染み込んだ町中華。しかも今日は平日だから、いろんなニンゲンが入り乱れてるよね。ヒールをカツカツ鳴らすネェさんと、台車を力強く押す商人たち。
対比するわけじゃないけど、新しいものと古いものが混在する、ニンゲンくささがある生きてる街だなぁと感じる。チーバの団地で暮らすライオンのおれにとっては、裏路地一本を歩く間にも、そんなひとつひとつの景色が、なかなか面白く見えるのだ。
中学校を左手に通り過ぎて突き当たると、”隅田川テラス入口”と書かれた看板が目に入った。この階段を上がるときっと隅田川が見えるんだろう。その手前のフェンスの脇では、缶コーヒー片手に一服するニンゲンたちの姿があった。近所のオフィスビルで働いているのかな。キンヨービの午後3時、あと数時間すれば週末、休憩したらもうひと頑張りしようか、っていう空気感だ。コインパーキングではネェさんたちが3人でおしゃべりしながら、やっぱりタバコを指に挟んでいる。今夜どこ飲みいくー?とか相談してるのかなぁ。
おれはさ、なんだか、ニンゲンたちの当たり前の暮らしを見て、あぁ、そうかぁ、コロナっちゃんが一段落したって、こういうことか、一般的な世の中にはこういう風景が戻ってきてるんだな、と実感した。
うちのリンくんもコロナっちゃんが流行る前は、カイシャインとして毎日平日出社して、毎晩のように残業したり飲みに行ったりしておれらのこと夜遅くまで暗い部屋で留守番させてたわけなんだけど。テレワークってやつになって家でシゴトするようになって、そのうちカイシャインも辞めてさ。今となれば、毎日嫌ってくらい顔を合わせてる。朝も昼も夜も、ずっと一緒だ。オハナ(家族)のおれらのこと、誰もいない暗い部屋で待たせるなんてことはなくなったんだ。
だからってわけじゃないけど、なんだかおれはムズムズっとした。おれがムズムズっとしてると、隣りにいるリンくんもムズムズっとしてた。
「なにさ。ボブお。」
「ン?なんでもないけどさ。リンくんはもうカイシャインとかできなさそうだもんな。フハッ!」
「失礼な。いつだってカイシャインに戻れますぅ。ヒールだって履けますぅ。」
「よく言うわ。またシクシク泣くことになるぜ?やめとけって。」
「うぅ・・・。」
まぁおれは、今の生活が幸せだけどな。それは言わないでおいた。リンくんも同じことを思ってるに違いない。
クンクン。クンクン。
水辺のニオイがする。海と川と、混じったような感じ。決して臭くはなくて、なんだかなつかしいニオイだ。おれの暮らすみどりキャンプ場の近くの川では、こういったニオイはしないんだ。やっぱり、ここは東京湾が近いんだろうなぁ。
階段を上がると、川の水面が見えた。隅田川だ。
「おぉー!こういう感じ―!」
リンくんが思わず口を開いた。
「ン?お、おぉー!こういう感じ―!ていうか、スカイツリー!うぉぉぉ!」
「アハッ!ボブお、やったねぇ。」
「何がやったねぇなのか、わからんけど。まぁ、天気もいいし、いいじゃん?歩こうぜ。」
川の向こう岸には首都高がズバンと走っていて、その奥に見えるのはオフィスビルやホテル、病院、商業施設なんかの大小の建物。背中側は両国だから、えーと、あれだ、いつもおれらがクルマで首都高を使うときの、”行かない方の分岐”だってことを思い出す。(一応解説すると、うちはチーバだから両国ジャンクションで京葉道路方面に入るのだ。)
それから、隅田川といえば、JR総武線の車窓から一瞬見えるよね。いつもなら両国ー浅草橋間の橋を渡るだけだ。
あぁ去年の今頃でっかいスカイツリーを足元から見上げたのは、錦糸町だったよなぁ。隅田川を挟んで浅草橋側から見ると、そこまでは大きく見えないってことを知った。
(2022年に行ったスカイツリーのお話 → 「お空に向かってシャキーン!」)
そうやっておれは知ってることをたぐりよせながら、アタマの中で地図を描いてみる。いわゆる、点と点を線でつなぐってやつだ、今日はのんびりと隅田川沿いを歩いてみて、少しだけ線を書くことにした。
ポトッ
大きくて黒いカワウが川の上で、ひとつ、落とし物をしていった。
川の水面をのぞき込むと、白っぽいまぁるい物体がプカプカ浮いているのが見える。クラゲだ。
風が心地よい。
日なたは暑くて汗が止まらないけど、日陰に入った途端にすぅと汗がひいてゆく。押したり引いたり、綱引きみたいな汗だ。
「あ!ライオーン!」
「ホントだ。歯が命の、ライオン!」
おれとリンくんは連れ立って、川沿いを浅草方面へ歩く。白い直方体のずんぐりしたビルに”LION”の緑色の文字が見える。ライオンの本社ビルの奥手にスカイツリーを眺めて、さらに奥には筋斗雲(アサヒビールの金色のうこだ)が小さく見えている。すぐそこの橋は蔵前橋だ。
隅田川テラスには、ちらりほらりとニンゲンたちの姿がある。ワンちゃんの散歩、ジョギングする人、ぼんやりを川を眺める人、それから、パソコンを開いてベンチに座るワイシャツ&スラックスのオフィスワーカー(リバーオフィス?)。のんびりとした川の流れを眺めて、心地よい風に吹かれて、ちょっとだけホッとできる、きっとそんな場所なんだろうなぁと思う。時折、でっかい観光船がやってくる。川向こうに発着所があるらしく、メタリックシルバーのサイバーなデザインの船や、いかにもっぽい赤い観光船、いくつかの種類が通り過ぎていく。その度に、観光客たちが船の上からカメラを構えたり手を振っているのが見える。
「あっちは、両国だね。訪日外国人かねぇー。ニッポン観光、きっと楽しいだろうねぇ!」
もしかしたら蔵前橋の橋桁をくぐって超えたらスカイツリーがもっとよく見えるんじゃないかなって期待をしていたんだけど、あれまぁ、不思議なことに、スカイツリーはライオンのビルに見事にかぶってしまった。
「ありゃぁー。もっと向こうまで行かないと、スカイツリーの足元は見えないのかも?」
ライオン本社ビルからスカイツリーを引き離すべく、さらにしばらくテラスを歩いていく。遠近感や前後感がブレてくるけど、さっきは手前に見えたスカイツリーが、今度は奥に見える位置までやってきた。
「ボブお、ここ立ってごらん。」
「右手にライオン本社、左手にスカイツリー!そして、おれはライオーン!わうわうわうー!」
ライオンとスカイツリーの間にニューンと登場するおれ、ライオンのボブお!
なんだか結構観光客っぽいこと、してるよな、おれら?
「おれ、なんだかちょっとワクワクしちゃった!」
「でしょ。来てよかったでしょ?隅田川テラス。」
「そうだなぁ。フハッ!」
お掃除船の第二みどり丸とゆっくりすれ違う。みどり丸の名の通り、青緑っぽい船体は、今日の暑すぎるくらいの初夏の青空によく映えているなぁと思った。
帰り際、傾きはじめたお日さまをおなかに受けて、のんびりと浅草橋駅の方面に戻っていたら、ふと、足元に青が現れた。
「なぁ、リンくん。足元、見て。」
「ン?何?」
「青いタイル。」
おそらく、隅田川の水面を模したモザイクタイルなんだと思う。もしくは青空でもあるのかなぁ。
オレンジがかった光の中で少しすすけた青のグラデーションが扇形のモチーフを創り上げている。
「なんだか、妙に、キレイだなぁ。」
「ボブおもそう思うんだね。わたしも好きだな、この色。行きにはまったく目に入らなかったけどね、帰りに気がついてよかったね。」
「おれとリンくんって、ときどき、気が合うよな。」
「そりゃ、毎日一緒にいるからそうなるでしょ。ボブおの好きなものを好きだと思う。ボブおはわたしの好きなものを好きだと思う、そういうことでしょ?」
「言い過ぎ。たまたまだって。」
浅草橋、首都高、総武線、スカイツリー。
川、空、船、それから、モザイクタイル。
点と点を線でつないで歩いてみたら、最後に、いちばん好きな青が現れた。
「あ。ケンイツエンチョーから連絡きた。オシゴト終わったらしいよ。」
「お、じゃ、合流だな!」
「うん。冷たいおビーと、おいしいもの、食べにいこう。」
なんてことのない、隅田川さんぽ。
おれらはさ、風がひとつ吹いたよ、とか、船が1艘通ったよ、とか、鳥がうこした、とかさ。そんなことが楽しくて嬉しいんだよ。だから。
ありがとう。ありがとう。
隅田川、アリガトなの。
今度はまた別のところから歩いてみたら新しい発見があるかもしれないね。
「ボブお、また一緒におさんぽしに来ようね。」
そうだな、リンくんひとりじゃ心配だし、付き合ってやらないとなぁ。
あ、エンチョーに会ったら、おれ、頑張ってリンくんの面倒見たぞって報告しなくっちゃ。エンチョー、きっとホメてくれるかな!
フハッ!
ボブお
隅田川情報はコチラ 集まれ!東京の水辺 公式ホームページ
https://www.tokyo-park.or.jp/mizube/
※隅田川テラスのおさんぽの前に寄った、吉徳さんのお話はコチラ↓↓↓
「みぃてぇるぅだぁけぇー」
https://bobingreen.com/2023/05/19/4976/
※そして、冷たいおビーとおいしいもののお話はコチラ↓↓↓
「蕎麦を食らうアザラシ」
https://bobingreen.com/2023/05/26/5047/