「アートは友だち」。アンナさん、また会いましょう – DIC川村記念美術館 佐倉の地での見納め
第一展示室(正式には101室)の手前入口側から見て右奥の壁に、その淑女は真っ直ぐな眼差しで佇んでいた。
わたしの大好きな人、アンナさんだ。
みなさん、こんにちわーに。
ライオンのボブこよ。
今日はね、今月末(2025年3月31日)に休館してしまうDIC川村記念美術館にやってきてるの。
「休館」といっても、このチーバ県(千葉県)佐倉市の土地での営業は終了。一部作品のみをトーキョーの六本木へ移設しての運営に変わるっていうニュースが出たばかりだった。この土地、この庭園、この空間での展示としては、残念ながら最後の見納め・・・ということになりそうなの。
京成佐倉駅からの無料シャトルバスの始発を狙って、朝早起きしたわたしたち。駅につくないなや、バスの時刻までまだ30分近くあるというのに、すでに列ができ始めていた。
「8:25で13人目か…こりゃあうわさには聞いていたけれど、大変ね。」
わたしたちは近くのセブンイレブンであったかいカフェオレをゲットして、そそくさと列についた。
あとからあとから、どんどん行列は伸びてゆく。シャトルバスの行列に対応するスタッフさんが、「朝は大型が2台来ますから乗れますからね。」って何度も説明している声が聞こえた。
「大型だって!いつものあのラッピングバスじゃないんだね。ひゃぁ!」
40名+αの大型バスの席が普通に埋まった。後ろにももう1台いたから、100人ほどの行列に対応できるってことなんだと思う。
補助席まで全部出しきって、満杯満席で定刻前に出発。
ちょっとだけ、なんかオトナの遠足みたいだ。いや、いやいやいや。
50人分のワクワクといろんな想いを乗せて走るバス。
ジェントルな運転手さん。いつもこの美術館シャトルバスの運転手さんは運転も応対も丁寧で、紳士的なのだ。
佐倉の田舎道をぐんぐん進むバス。何度も乗ってるけれど、この景色も今後見ることがないかと思うと少しさみしくなる。隣町に住んでいるとはいえ、正直、佐倉の駅前や観光スポットから離れてしまうこのあたりには、他に用事はまったくないといってもいい。
ガタガタと揺れるたびに、ミラーからぶら下がるネコバスがニィっと笑いかけてくる。よく見るとほかにも数か所、トトロたちがちょこちょことバスの車内で乗客をもてなしてくれていた。
バスが到着すると、すでに自家用車で来場しているひとたちも含めて、庭園には人があふれていた。平日ではあるけれど、金曜日だし、お休みを取って遠方から来ている人もいるに違いない。
「ボコちゃぁん、記念撮影、しとこ!」
ウサギのすずにそう言われて、わたしたちはリンくんのカメラに向かって笑顔を作る。今日のアートさんぽのお供は、すずちゃんこと鈴之助。それから、ニンゲンはリンくんだけ。
ホントはケンイツエンチョーやその他オハナ(家族)のメンバーとも一緒に来たかったけれど、エンチョーは3月は多忙でおシゴトを休んでまで一緒に来るのは難しいってことだった。ニンゲンがひとりしかいないと一緒に来られるオハナの人数もおのずと限られてしまう。オハナ会議を開いた結果、このお庭にハクチョウのお友達がいるから最後にご挨拶したいっていうすずが、わたしと一緒に来てくれることになった。
わたしたちが美術館内に入館したのはオープンからまだ間もない午前9時45分頃のこと。それなのに展示室は、これまでに見たこともないほどの人いきれにあふれていた。
律儀に、左から右へ、左から右へと鑑賞の足を進めるニンゲンたちをかきわけて、わたしたちはまっさきに、この前にやってきた。第一展示室(101室)の前半、ルノアール、モネやマティス、ピカソやブラックをすっ飛ばしてまで、どうしても見たかった・・・いいえ、会いたかった人、それがアンナさん。
藤田嗣治(レオナール・フジタ)『アンナ・ド・ノアイユの肖像』だ。
つい先程売店で買ったばかりの、グリーン色の美術館の収蔵作品集を手にしながら、アンナさんと対峙をする。
すぅっとひとつ息をする。意識していないと、グッとのどのところでつかえてしまいそうだから。
わたしたちの目線に合わせて優しくも強いまなざしで見つめ返してくるアンナさんは、これまではなぜか踊り子なのかと思っていた。実際のところは著名な詩人で、自らのことを「天才」と言って、藤田嗣治に描かせたこの肖像画のことも、いずれルーブル美術館に飾られるでしょう、と話していたというエピソードがあるそうだ。(DIC川村記念美術館 収録作品集より)
まぁ、コトバを選ばずに言えば、とんでもない自信家さんだ。その自信に満ち溢れた表情が、このアンナさんのいちばんの魅力なのだと、思う。
「ねぇリンくん・・・?」
わたしがリンくんに話しかけようと思って横に視線をずらすと、あらまぁ、リンくんってば、ボロボロと号泣していた。アンナさんの目の前で、マスクの下で鼻をすんすんとすすりながら、目から涙をこぼしている。
「あら・・・。」
グスッ・・・グスッ・・・うぅ・・・
いつになく混んでいる室内。混雑した美術館特有の、小声で話してるのにそれさえ響き渡るあの独特な音響のなかで、リンくんの涙声はかき消されていた。
ましてや、ちょっと異様にも思える興ざめするような光景が周囲には広がっていた。多くの人がスマホを耳に当てて展示室内を歩いている。実のところは、公式の音声ガイドがアプリで提供されているらしく、本来はイヤホンを使うべきなのだろうけれども、準備をしてこなかった人たちは、まるでスマホで通話をしているかのようなスタイルで、片手でスマホを耳に当てたまま、絵画を見て回っているのだった。
そんな中、リンくんは、グリーンの本を手に持ち、アンナさんの前で、ただただ、ぐすぐすと泣きじゃくっている。
まぁ、しばらくすれば落ち着くだろうと思って見守っていると、一瞬だけ、わたしたちの周りから人だかりがなくなる瞬間があった。自分のお気に入りの絵画が他にあるのか、それとも次室のレンブラントや、このDIC川村記念美術館の代名詞ともいうべき著名なロスコルームへと先を急いだのかもしれない。
理由はわからないけれど、その瞬間だけ、さぁっと人が引き、アンナさんの前には、リンくん(そしてリンくんに抱っこされているわたしとすず)ということになった。
アンナさんと間近にお話をするチャンスだった。
約100年前のフランスで描かれた絵画。それがいまわたしの目の前にある。
腰まである豊かな髪の毛。
乳白色の肌で著名な藤田嗣治だけれど、よく見ると、顔や手の色と足の色は違う。パンプスを履いた足の甲は顔よりも少し濃い色だ。
全体の輪郭はごく細い、黒い線で縁取られている。
目元の陰は赤や青の重なりがうっすら見える気がする。まるで肌に透ける血管を描いているようだ。(ポーラ美術館でのレオナール・フジタの解説でも、科学的に画材を分析して、そのような手法を使っていたようだと論じられていた。)
手足が顔とのバランスに比べて小さいように思えるのは、手足が小さいほうがよいという昔の日本的価値観の影響かもしれないし、実際に手足の小さい女性だったのかもしれない。
パールの飾り、ドレスのレースのひとつひとつまで描き込まれていて、金色の糸が浮かびあがって見えるような気もする。ドレスは当時のアール・デコ調の最先端のデザインだったらしい(とは、さきほど隣で音声ガイドを流していた人の説明が漏れ聞こえたのを覚えていた。)
「アンナさん、どこ行っちゃうの。」
リンくんの涙は自然と止まっていたけれど、その代わりに話しかけていた、実際には声には出していないけれど、わたしにはわかった。
「アンナさん、どこ行っちゃうのかな。」
アンナさんに話しかけているのか、それともわたしに話しかけているのか、ただ独りごとをつぶやいているだけなのか、それはわからない。わたしのココロには、リンくんの気持ちがはっきりと届いている。
佐倉の地に何十年も(おそらく20年以上は)いてくれた、この『アンナ・ド・ノアイユの肖像』が、来月以降どこへ行ってしまうのかは、とても心配だし不安でもあった。
あとからわかったことだけれど、リンくんがこの美術館に初めてやってきたのは、2001年のことだったようだ。「忘れもしない、ゲルハルト・リヒターの企画展だった。」とのことだ。今から・・・なんと24年前。そのときから、アンナさん・・・いえ、『アンナ・ド・ノアイユの肖像』は展示されていて、気に入ったリンくんは、アンナさんのポストカードをずっと部屋に飾り続けていたそうだ。
(なお、六本木に移設されるという収蔵作品は主に現代アメリカ作品だという報道だったので、20世紀初頭のフランスで活躍をしていた藤田嗣治作品を今後もDICが保有し続けるとは考えにくいのでは・・・とリンくんは懸念しているのです。)
24年の時を経て、なお、いまだに好きだと思える、ココロ惹かれるアートがある、というのは、ニンゲンの人生にとってはそう多くないことなのではないかと思う。わたしはライオンだし、まだ9年ちょっとしか生きていないけれど、リンくんのことだって若い頃のことは知らないけれど、それでも、リンくんがここまで思い入れのある作品・・・アンナさんを、一緒に間近で見て、あぁ、良かった、となんだかホッとした気持ちにもなった。
「アンナさん、いまはここにいるよ。24年以上もずっとここにいたんだよ。」
「うん。また、会えるかな。」
「きっと、会えるよ。居場所がわかったら、会いに行こうね。」
どのくらいの時間、アンナさんの目の前にいたのだろう。10分でも20分でもない、多分、もっと。
周囲の来場客の気配を感じなかったのはほんの一瞬だけの話で、その後は入れ代わり立ち代わり、スマホを耳に当ててゴニョゴニョと解説音の漏れる音をさせながら近づいては去っていくニンゲンたちに取り囲まれていた。(ずぅっとアンナさんの前にいたから、それはそれでもし迷惑なヤツだと思われていたら、ホント・・・ごめんなさい。端に寄ったり、後ろに下がったり、譲ったりしてはいたつもりです。)
「アートは友だち。素晴らしいコトバだよね。今日はね、ホントにココロから共感しちゃった。」
リンくんはくぴ、とひとくち飲み物を口に含んで、ほうけた顔をしている。
アンナさんに後ろ髪を惹かれつつも、すべての展示室を2時間半ほどで見て回って、美術館の建物を出たのは昼過ぎ、12時半頃のことだった。
館内の人いきれを脱出して、美しく手入れのされた春目前の庭園を散策する。できるだけ混雑していなさそうな庭の奥、テニスコート近くのベンチを確保して、わたしたちはようやく足を休めることができた。
「アートは友だち。なぁにそれ?」
わたしが聞き返すと、リンくんは、一冊のごく薄い文庫本を取り出してみせた。
「昨日ね、読んできたの。ケンイツエンチョーにすすめられてさ、原田マハさんの『デトロイト美術館の奇跡』。閉館が決まった美術館の話なんだ。」
「わぁ。なんて奇遇な。」
「うん。そう。このお話のなかでは、『マダム・セザンヌ』という一枚の女性の肖像画が中心に話が展開していくんだけれど、それがまるで、わたしにとってのアンナさんみたいだったんだ。」
「うん、それで?」
「『マダム・セザンヌ』に会いに行く、それは友だちに会いに行くことなのだ、と。アートは友だち、ってそういうこと。」
「へぇ・・・!いいコトバね。」
「そうでしょ?ボブこも共感してくれたなら、うれしい。」
「すずも、わかるよ!アートは友だち、鳥さんも友だち!」
庭園内の鳥たちのさえずりを楽しんでいたウサギのすずも会話に加わった。
春本番を間近に迎えた庭園内では、ホケキョ練習中のウグイスさんのさえずりが響き渡る。
それから、ギーギーと鳴き飛び回るコゲラさんに、ガサガサガサガサと羽根を震わせるシジュウカラさん。
ジュルルジュルルと地鳴きするエナガちゃん。
それから、ニンゲンたちにまったく驚かないコブハクチョウたちは優雅に池で水草をついばんでいた。
すずが続ける。
「あのねーさっきね、あのハウルの動く城みたいなでっかいメタルのオブジェあるじゃない?あそこの近くの木で、ヤマガラさんがめっちゃ鳴いてたのね!ニーィニーィニーィって!だけど、いつもの知ってるヤマガラさんの声よりも、なんだか金属音みたいに聴こえたの!まるで、エフェクトかけてるみたいな。ほんっと、不思議だよねぇ!アハッ!」
美術館の建物脇にある、フランク・ステラのメタルモニュメント(『リュネヴィル』)。その奥の雑木林の間をオレンジ色の小鳥ヤマガラさんたちが飛び回っていたのは気づいていた。けれど、ウサギのすずの大きな長いお耳には、それが、アート作品と共鳴して聴こえたんだって。
「さぁすが、すずはお耳がいいのね。」
「そうだよぉボコちゃん。だって、すずはウサギさんだし、ゲージュツガクブでもあるもんねっ!えっへん!」
我が家のオハナ芸術学部には、ひとつだけルールがあって、楽しむってこと。これまでにもたくさんの美術館や博物館に行ったけれど、やっぱりこのDIC川村記念美術館は特別な場所なんだと、我が家にとっても特別な場所なんだと、思う。
自由にアートを楽しむ、この広くて美しい自然豊かな庭園の中で、まさに、マハさん流に言えば、「アートと友だちになる」。こんな素敵な場所が、もうあと数日で失われてしまうのは、とても悲しい。さみしい。くやしい。・・・でも仕方ない。
なんて心地の良い日、心地の良い空間だろう。
できることなら、このままここに泊まりたいくらい。
風もなく、日差しはふんわりと柔らかい。ほんのりと影を映し出す太陽の光は…まるでマティスかと。
ふふ、でもここは南仏ではない、ニッポンのサークラ。佐倉市の外れの田園地帯だ。
ここじゃなきゃ、だめなんだよなぁー・・・、と改めて感じる。
お昼ごはんを何も持ってきていないわたしたちは、大好きなガルボ(チョコレート)をかじりながら、この庭園での最後の日なたぼっこを満喫した。
「ね。もう一回、アンナさん見に行こう。」
「え?もう一回入れるの?」
「うん、さっき出る前に、再入場の券もらっておいた。えへへ。」
リンくんに誘われ、もう一度美術館の館内へ向かう。
午前中にも増して賑わいを見せている。エントランスを入ってすぐ、朝イチでわたしたちが収蔵作品集を買ったショップだけでも30人以上の大行列をなしていた。
いまのリンくんの気持ち・・・、アンナさんにもう一度、最後にお目にかかってから、このDIC川村記念美術館の休館(佐倉の地での営業終了)を受け入れたい、という気持ちがわたしにはよくわかった。
第一展示室(101室)はやはり同じくらいの混み具合だった。けれど、空気感は少し異なっていて、朝からすでにたくさんのニンゲンたちの相手をしてきたアンナさんは、少しだけ苦笑いをしているようにも思えた。
だからってわけじゃないけれど。引いて、見てみることにした。
展示室の真ん中には、数人が腰掛けられる大きなローチェアが置いてある。こんなに混雑していても誰も座る者がいなかったので、あえて、座って見てみることにした。
『アンナ・ド・ノアイユの肖像』は約160cmほどの高さのキャンバスに描かれている。アンナさんの等身大とまでは言わないものの、遠目に見たって十分なインパクトのあるサイズだ。
そのキャンバスのなかで、人だかりの奥に、孤高な雰囲気を漂わせくっきりと美しく浮かび上がる彼女がいる。まるでスポットライトを浴びているかのような存在感があり、絵画の白い背景は、展示室の白い壁面と同化し、あたかもそこにいるかのようだ。
「アンナさん、いるね。」
「うん、いるわね。」
わたしたちは、互いに顔を見合わせて確認した。
ローソファからしばし眺めたのちに、リンくんはスッと立ち上がると、アンナさんの前に近づいた。
「アンナさん、また会いましょう。」
アンナさんにはまたどこかで会えるはず。
そう期待をして、わたしたちはアンナさんの姿をもう一度、惜しむように目に焼き付けた。これだけ凝視されていたら、きっとアンナさんもわたしたちのことを忘れはしないと思う。
そのことをココロの支えにして、わたしたちは、展示室を順路とは逆方向に戻り、そしてそのまま美術館をあとにした。伏し目がちだったのは、他の作品に目を奪われて記憶が薄れないようにするためだ。
「ふぅ。さすがに疲れたねぇ。」
帰りのバスに揺られながら、リンくんはぐったりと、そして満足気につぶやいた。
「できれば国内の美術館がいいなぁ・・・。海外の美術館に売られちゃうのはなかなか会いに行けないから・・・。それに、個人蔵で公開してくれないのもさみしいしな。あ、でも前澤さんが買ってくれて、ちゃんと個人像でもどこかの美術館で公開展示してくれたらそれがいいな、できたらチーバ県内で。」
「アンナさんのこと?」
「うん、アンナさんだけじゃなくて、六本木に行けない『友だち』たちのこと。」
「そうね、アートは友だち、ね。」
「うん、友だちは引っ越しても友だちだからね。友だち同士がバラバラになるのもさみしいしさ。あの第一展示室の仲間だけでもまとめてどこかの美術館に収蔵されたらいいなぁ、ってね。」
「アートは友だち」。アンナさん、『アンナ・ド・ノアイユの肖像』は、わたしたちの友だちなの。
アンナさん、また会いましょう。
その日まで、どうか、お元気で。
ボブこ
DIC川村記念美術館
https://kawamura-museum.dic.co.jp/
※2025年3月31日で休館
「DIC株式会社と国際文化会館が アート・建築分野での協業に合意」DIC川村記念美術館 公式ホームページより
https://kawamura-museum.dic.co.jp/news/10-notice
原田マハ『デトロイト美術館の奇跡』、新潮社、2019年
https://www.shinchosha.co.jp/book/125963/
「前澤友作、DIC川村記念美術館休館に「できることがあれば協力したい」」 2024年9月2日 美術手帖
https://bijutsutecho.com/magazine/news/headline/29472
▼これまでにDIC川村記念美術館へ訪問したときのお話はコチラ▼
【2024年10月】
「パブロヲご一行様、DIC川村記念美術館で秋のゲージュツさんぽ」
https://bobingreen.com/2024/10/28/11020/
【2023年8月】
「ゲージュツガクブ 夏の遠足」
https://bobingreen.com/2023/08/16/6075/