カワセミがいたあの夏の日
カシャカシャカシャカシャカシャ
カシャカシャカシャカシャカシャ
シャシャシャシャシャシャ
シャシャシャシャシャシャ
「フゥ・・・。」
おでは汗をぬぐって、カメラを構え直した。
「あぁーーー、あづい・・・。」
果たして今日は何℃まで上がるのだろう。
連日の35℃超えと言われて、週間天気予報を見るのがいやになるくらい、今年は猛暑だ。
隣にいる、おでのアシスタントを務めるリンくんは、こんな日に明らかに選択ミスの薄グレーの綿Tシャツを着ている。アタマから首をつたっていった汗の粒が、上半身でへんてこな地図を描いていて、皮肉なくらいアーティスティックだ。
カシャカシャカシャカシャカシャ
シャシャシャシャシャシャ
声をあげないように、音を出さないように、柵の手前ギリギリまで近づく。
両足を肩幅よりも広く開いて、ちょっとオナカにチカラを入れて、体制を取り直した。もう一度、シャッターボタンに手を添えてから、フゥっと息をはいて、目の前の”あいつ”を追って押し込む。
おでの小さな手にはちょっと余るくらいのカメラだけれど、おでは、この相棒が気に入ってるんだ。
(おでの相棒”ルミぞう”がやってきた日のお話はコチラ → 「ルミぞうとゆく雨間のバラ園」)
やぁ、こんにちわーに!おで、ライオンカメラマンのボブぞです。
今おでがいるのは、チーバは習志野の実籾っていうところにある、とある公園。
芝生があったり、桜や藤棚があったりして、ちょっとした地元民のための憩いの場のように思えるのだけれど、実はね、奥へ進んでいくと、武器みたいなゴツいレンズをつけたカメラを抱えたオジサマたちが集まっている一角があるんだ。
あからさまに金に物言わせた装備で、池の端に陣取るオジサマたち。黒光りする三脚が強固に地に足をおろし、その上にはまるで砲台のような筒が池に向かって何本も伸びている。
彼らのお目当ては・・・?
ほら!
そこの池の止まり木に、一羽の青い鳥!
スズメさんよりもちょっと大きいくらいのサイズで、顔から背中にかけては鮮やかな青、おなかは茶黄色で、足は赤い。くちばしが長くて目尻に白い毛が見える。
そう、みんな大好き、カワセミさんなの!
まさかこんないいタイミングで会えるとは思っていなかったんだ。おで、今日はロケハンだけど、ホントにラッキー!はやくうちの野鳥レポーターのウサギのすず(鈴之助)に教えてあげなくちゃ!って焦ったけれど、残念、今日はおうちでお留守番中だ。
そんなわけで、たまたま出会えたカワセミさん、おでも撮影にチャレンジしてみるの!
おでの手にあるカメラは、一眼レフタイプではない、レンズ一体型の望遠デジカメだ。3台持っているカメラの中では一番野鳥撮影に向いてるけど、オジサマたちの装備と比べれば、サイズも値段もコドモのオモチャ程度かもしれない。しがない初心者のライオンカメラマンのおでには、あの隊列の横に並ぶ勇気はないの。
でも、おでは堂々とカワセミさんを撮るのだ!だって、おでの相棒だもの。モビルスーツみたいな三脚も、おでの身長より遥かに長い望遠レンズもないけど、自信持って、楽しむんだ。
おでは、おでらしく、ライオンカメラマンとしてフットワークを活かして撮りたいのだ!・・・と意地を張ってるわけじゃないけれど、そう思うことにする。
「おで、三脚はいらね。おで、手持ちで撮るもん。」
リンくんにコソッと耳打ちした。
「うん、でも三脚ってカワセミ撮るには、いいらしいけどね?」
「じゃぁさ、じゃぁさ。リンくん、おでのアシスタントでしょ?荷物、担いでくれる?っていうか、三脚欲しいって言ったら、買ってくれるの?」
「はい、担ぐのも買うのも、無理でぇーす。」
「だよぉねー。はぁ・・・。」
そう、おでのカメラアシスタントのリンくんは、ルミぞう(カメラ)本体を持ち歩くだけで筋肉痛になったニンゲンだ。この上に三脚なんて持ち歩くのなんて無理に決まってるもの。
それでも最近はペットボトルに水を入れたものをダンベルがわりにして、にわか筋トレを始めた。なんでも、野鳥撮影のために体力をつけたいんだそうだ。
朝10時前。ちょうど朝ゴハンどきなんだろうか、カワセミさんは池の周りのいくつかの場所を行ったり来たりを、繰り返しているみたいだ。
アッチの止まり木、コッチの止まり木、それから、池の中にある金属の柵の上。一度場所を変えると、しばらく止まっては、ジィっと水の中をうかがう様子を見せる。
ニンゲンがしゃっくりするときみたいに、カラダをピクッとさせたその瞬間、青い羽根を大きくはばたかせて、水面へと一直線に飛び込むのだ。
パタパタパタパタっ!ピシュゥっ・・・!パタパタパタパタっ!
飛び込んだかと思うと、コチラが驚いてひと呼吸している間に、小魚をくわえて、同じところへ戻ってくる。
はむっはむっはむっ
小魚を丸呑みしていくその姿は、この間見たばかりのジブリの映画を若干思い起こさせた。あれはアオサギ男だったけれど。
このわかりやすい動きが、野鳥撮影を楽しむカメラマンたちの被写体として人気なんだと理解した。カワセミ撮影には妙なリズムがあると思う。このゴハンタイムのルーチンを理解すれば、きっと上手に撮ることができるようになるんだろうなぁ。
「ボブぞ、また来たよ!」
コソッとリンくんが耳打ちしてくるのだけれど、そんなこと、おでにはもうわかってる。
「・・・見えてるよぉ!」
カシャカシャカシャカシャカシャ
シャシャシャシャシャシャ
おでの小さな手にはカメラはちょっと扱いに困るときがあるけれど、それに、タッチパネルが反応しなくって、そこだけはどうしてもリンくんに手伝ってもらわなくちゃいけないけれど、無我夢中でシャッターを押していたら、カワセミさんのエサを捕る姿を、なんとか収めることができたの。
実はおで、カワセミさんをちゃんとカメラで追えたのは、今日が初めてのことだった。初心者でも、カメラに連写機能があって、操作にちょっと慣れれば、撮れちゃうものなんだなぁって、改めて、おでの相棒ルミぞうの賢さに、感心した。
「あ。。。ボブぞ、そろそろ帰らなくちゃ。今日はあと5分で引き上げよう?」
「エー。うーん、でも今日はロケハンだもんね。次はすず連れて一緒に遊びに来ようっと。」
「そだね、またみんなで来よう。」
おでらは武装集団を横目に足音を立てぬように池から離れた。
公園を出て道路に出ると、ガマンできないほどの灼熱が襲ってきた。
「やっぱり公園ってちょっと涼しかったんだねぇ・・・。おで、無理・・・。」
「ライオンは暑さに弱いのねぇ!アハッ!」
「おで、うまいもの食べたい。」
「ふふっ。あ、ねぇねぇ。じゃぁ、サイゼリヤでランチして帰ろっか。」
「うんっ!やったーぁっ!」
大人気の青い鳥、カワセミさんに会ったあの夏の日。
おではドロンドロンに溶けた世界地図を背中に背負ったリンくんと一緒に、我が家のイタリアを求めて、電車に乗り込んだのだった。
「カワセミさん撮影成功に、カンパーイ!」
「ボブぞカメラマン、おつかれさまでした。カンパーイ!」
冷たい白ワインにさらに氷を入れて、ぐびっとノドを潤すと、すぅっと汗が引いていく気がした。
耳の奥に残る高速シャッター音に重なって、店内にはひっきりなしのピンポンが鳴り響いていた。
「おで、こんな夏のイチニチ、好きだなぁ。」
「ふふっ、わたしとおデートしてくれて、アリガトぉ。」
「デートじゃねっもん!」
「ハイ、アーンして?」
アーン。
おでらは、いつもの青豆の温サラダの温泉卵をスプーンで崩してから、順番に口に運んだ。
もっぐもっぐ・・・うまーいなぁ。
少しずつオナカが満たされていくと、ふと、カワセミさんが食べていた小魚のことを思い出した。
こんな炎天下であっても、活動はするし、当たり前だけど、腹も減る。カワセミさんだって一生懸命ゴハンを探してたんだよね。
カワセミさん、アリガトなの。また会いに行くから、もっと上手に撮れるように、練習するね!
ぐびっ・・・ふはぁー。
おでは、青豆をゴックンしてから、もうひとくちワインを追った。
うん、いい夏の日だな!
ボブぞ
サントリーの愛鳥活動 ホームページ / 日本の鳥百科 「カワセミ」
https://www.suntory.co.jp/eco/birds/encyclopedia/detail/1408.html
サイゼリヤ
https://www.saizeriya.co.jp/
「ロケハン隊長から愛を込めて」
https://bobingreen.com/2023/07/25/5796/
「夏のお日さまにはライオンだってさからえない」
https://bobingreen.com/2023/07/16/5641/