白い月の街で手をつないで歩こう
「あのね、あのね。おでね、高校球児になって甲子園出るのが夢なの。それでね、もっとおっきくなったらプロ野球選手になってね、それでゴーソッキュー投げてホームラン打つからね。あ、チームはもちろんライオンズだよ!」
「うんうん。じゃあ、それをいぬまるは、ぼむとぬふぬふママとぷぅとカピと・・・、みーんなで一緒に、テレビで応援するからね。ボブぞくんが活躍するの、楽しみにしてるね。」
「うん!うれしいな!アリガトなの。おで、頑張れる気がしてきたよ!いぬまるくんが応援してくれて、うれしいな!」
「うふふ。うふふふふ。」
「うふふ。うふふふふ。」
(ちゅーぅっ!)
ライオンのボブぞです。
今日はちょっと特別な日。オトモダチとおさんぽ中なんだ。
ここは、チーバは海浜幕張。
広い車線の道路がずばんと真ん中を突き抜ける横に、オフィスビルとホテルが立ち並び、整然と区画整理がされている。まるで木のいっぽんいっぽん、植え込みの花のひと株ひと株にさえ、住所が与えられているかのような、人工的な街並みだ。
幕張メッセを過ぎて、大きな歩道橋の階段をテクテクとのぼる。海浜大通りの上をニンゲンたちが(そしてライオンのおでも)往来するための橋だ。
時刻は午後5時前。夕日が沈む方角に歩いて向かっているものだから、ちょっとまぶしくて、おではシバシバとひとつまばたきをした。
眼下には、でっかい野球場。ZOZOマリンスタジアム、パ・リーグの千葉ロッテマリーンズの本拠地だ。本来、強い海風で有名なスタジアムなのだけれど、おどろくほど今日は凪いでいる。数時間前に対ヤクルトのオープン戦が終わって、すでに駐車場のクルマはまばらだ。
スタジアムの斜向かいには比較的最近できたサッカーコートがあり、学生かな?黄色やむらさきのカラフルなユニフォームでわちゃわちゃとかけまわる姿が目に入る。その先には高層マンション郡が見え、真っ直ぐな大通りではクルマがスピードを上げて駆けていく。
地図上で見ると、いまおでらの立っている歩道橋の上から浜までは300mと離れていない。遠景で海を眺められてもおかしくないかなぁと思うのだけれど、いかんせん背の高い松林にさえぎられて、ここから海面を臨むことはできない。
これだけの防風林があっても、普段は海風がぶぅぶぅ吹くんだけれど。それなのに、なんだか今日は、静かでおだやかだ。
「わぁ!キレイ!」
おでは、巨大な歩道橋の上で立ち止まると、広い広いそれは広い、夕暮れの空を見上げた。
となりには、いぬまるくんがいる。遠くはるばる西の街、北九州からやってきた、おでのオトモダチだ。白いお顔に黒豆みたいなかわいらしいお目め、それから、おちょぼ口がキュートなコだ。
そういえばさ、いぬまるくんって、うさぎなの?いぬなの?それとも・・・?
本人にすっかり聞くのを忘れていた、というよりも、全然知ろうともしてなかったよ。ま、今も、特に気にしていないんだけれど。
いぬまるくんは、いぬまるくんだもん。いぬまるくんなのだから、いぬまるくんでいい。
おでとオトモダチになってくれるのだったら、おでにとってはオトモダチのいぬまるくんだ。おでみたいなライオンのこと、怖がったり、おそれたり、避けたり、しないんだね。それだけで、うれしいもの。
いぬまるくんとおでは、夕暮れの海浜幕張の街を、とりとめもないおしゃべりをしながら、手をつないで歩くんだ。
そして、顔を寄せ合っては、仲良しの合図のちゅーぅっをして、それから、うふふうふふ、とふたりで笑いあう。
そして、もう一度、肩を並べて、空を見上げる。
「チーバって、お月さまがよく見えるんですかねぇ?ほら、白いお月さまが。」
頭上を指差す、その声の主は、ぼむちゃんだ。ぼむちゃんは、いぬまるくんちのニンゲンの名前で、おでは今日初めて会ったのだけど、活動的でとってもさわやかな人だ。うちのリンくんは、ぼむちゃんと会うのは二度目だという。そうとは思えないほど、普段のリンくんでは考えられないくらいのおしゃべりをしているから、きっとよほど気が合ったんだと思う。
そんなニンゲンふたりが、いぬまるくんとおでの仲良しさんぽをそっと後ろから見守ってくれている。
「エーッ!そんなことあるかなぁ・・・?チーバでは昼間の白い月がよく見えるとか・・・聞いたことないな・・・。海浜幕張は、空が広いからかな?」
「いやーでも、北九州ではそんな見えない気がしますぅ。」
そんなニンゲンたちの会話を聞きながら、おでらもキョロキョロと下をのぞきこんだりビルを眺めたり空を見上げたりと忙しい。
すると、その瞬間。
夜を待つ白いお月さまが見守る、茜がかった空の右方遠く。
すぅっと、ひこうき雲が、ひとすじ流れた。視線をずらすと、その延長線上に、主であるジェット機が、少しずつ、少しずつ、距離をとって飛び去っていくのが見える。まるで、いたずらに白いペンで線を描いて逃げていったかのようだ。
「うわぁ!空!ひこうき雲!飛行機も!お月さま!ひゃぁ!急いで急いで!ほら、いぬまるくんも入ってー!」
リンくんのはしゃぐ声が後ろから聞こえた。おいおい、興奮して、文章になってないよ。
リンくんは首からぶら下げたスマホを急いで手にすると、ハイハイーッ!とおでらのことを呼んだ。
「ハイッ撮るよー!もちょっと頑張ってー!もちょっと寄ってー!」
いぬまるくんとおでは後ろを振り返って、幕張の空をバックに写真に収まった。
あっという間にジェット機はどこか異国へと飛び去っていった。(あ、国内かもしれないけどさっ。)
「フゥ。」
「フゥ。」
一息ついて、ひこうき雲が散りはじめると、海浜幕張の街は、あっという間に夜を迎える準備が整っていた。
「海浜幕張、何もなかったでしょ・・・?」
「あはっ!幕張メッセ、思ってたのよりも何もなかったです。」
「でしょ、幕張メッセ、何もイベントやってないと、ただの箱だよね。」
「だね。」
ニンゲンたちがうふふうふふと笑いあったから、おでらもうふふうふふと笑った。
「ねぇいぬまるくん。でもさぁ、幕張メッセで、ミライトワとソメイティには会えて良かったよね!」
「うん、ミライトワ、カッコいいポーズ決めてたよね!一緒に写真撮れて良かったよね。」
おでらがうふふうふふと笑いあうと、ニンゲンたちもうふふうふふと笑った。
期待するほど何かのある場所じゃなかったかもしれないけど。
それでもさ。
競技ダンス会場へ向かうメイクバリバリのお兄さんお姉さんを眺めたこととか、
ぼむちゃんが幕張メッセに忘れ物をして、取りに戻ったらミライトワがちゃんと見守ってくれてたこととか、
アパホテルの庭で恐竜の親子に出会って、思わず触ったその表面が、思いの他リアルっぽくて鳥肌立ったこととかね。
なんだか、どれもこれも、すごく楽しかったんだ。
それからね。
おでがね、将来の夢は野球選手なんだよ、と話したらね、なんと、いぬまるくんは、おでのこと応援してくれるっていうんだ。おで、そんなことが、とってもうれしい。オトモダチに応援してもらうことって、なんだかこそばゆくて、うれしいのな。ムズムズっとして、なんだかおなかの底から力がわいてくる感じ!
ほら、ニンゲンも、そうなんじゃないのかな?
オトモダチがとなりにいてくれるだけで、こんなに楽しい。
オトモダチと一緒に歩いているだけで、こんなにうれしい。
オトモダチと同じ空を見上げて、同じ景色に笑って。
何もないことを面白がれるなんて、すごいことだなって、思ったよ。
いぬまるくん、アリガトね。
それから、ぼむちゃん、うちのリンくんのこと、アリガトな。
北九州とチーバ、ちょっと離れてるけど、また会おうね。
「またね。」
「またね。」
「うふふうふふ。」
「うふふうふふ。」
おでらは笑い合って、手を振って別れた。
帰りの電車から見た月は、もうすっかり黄色く高く、夜の街を照らしていた。
楽しいうれしいイチニチだったよ。
おで、野球がんばろぉっと!
ボブぞ
ぬふぬふ@ぬおん寮 のぼむちゃん(ニンゲン)、いぬまるくん、アリガトなの!
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