チーバくんのお”ひざ”もと、保田の色
ここはチーバくんのおひざもと。
文字通りのお”ひざ”もと。横向きのチーバくんのひざのあたりに位置する町、保田(ほた)。
いま、おれらは、今日の目的地、保田に到着した。
こんにちわーに。ボブおだよ。
我が家の愛車モビスケで、チーバをドライブしてるんだ!
鋸南町(きょなんまち)という場所にある、保田。ここは、鋸山のふもとだ。
おれらは近くの道の駅でモビスケを待たせたまま、夕方の保田の町まで歩いてみる。
ぴぃーぴょろろろろろろ・・・
かすかに聴こえる、声。
夕暮れの空の色に似合う、水色の瓦の駅舎が見えたところで、ちょうど列車が停車し、数人の高校生をはきだしていった。
閉鎖されたきっぷうりばを横目に、無人の駅の改札をくぐる。ポツンとICカードの機械だけがあるアレだ。ホームの渡り階段の上から眼下を見下ろすと、少し離れたところに海が見えた。トンビがぐるりぐるりと、春を待つ空を旋回する。
当然といえば当然かもしれないが、鋸山以上に目立つ高い建物はなく、オレンジ色の光に照らされたのんびりとした里山の景色が広がっている。早咲きの頼朝桜の濃いピンク色が目に入った。
「なぁ。この春が入り混じった、空の色さ。おれの目の青と似てない?」
リンくんに話しかけてみる。リンくんは、おれを抱っこしたまま、頼朝桜を撮影するのに夢中だ。
「あぁ、ウン?そうかもね?」
これ以上の気のない返事はないんじゃないだろうか。リンくんと話していると、しばしばこういうことが起きる。
初めて来る町、初めて見る景色に初めて吸うニオイ、初めて感じるさまざまなものを、おれはおれなりに表現したいだけなんだけどな。
「うん、そうだよ。この保田って町の、夕暮れの色は、おれに似合う。幻想的だろ。」
「ふふ。気に入ったんだ?」
「そう。そうさ。チーバくんのおひざもとだしね。」
またしても、リンくんと意味のない会話をしてしまった。
「さぶっ・・・!」
内房の春は早い、はずだけれど、まだまだ風は冷たい。このまま日が暮れてしまったら、ライオンのおれは風邪を引いてしまうかもしれない。
「なぁなぁ。モビスケのもとに帰ろ?保田小学校、戻ろ。」
保田小学校、というのは、この鋸南町にある、道の駅の名前だ。廃校になった小学校の建物や敷地を利用していて、テレビやなんかでも取り上げられたりしていて、ちょっと人気の道の駅だ。
駅から保田小学校までは歩いて15分程度の道のりだ。大きな寿司屋、廃業した銀行を活用したレストラン、赤い看板のスナック、天然記念物レベルの美容院。昔のフジカラーの看板を残して営業を続ける写真店。のぼり旗の立つ貫禄漂う蕎麦屋は、行きにはなかったのれんが出て夕方の営業がはじまったらしい。干物屋の前にはクルマが停まり、ちょうど客が入っていった。すでに人の住んでいない古いボロ家、頼朝桜で有名な寺を通過して進むと、「道の駅 保田小学校」、そこにはモビスケの待つ、保田小学校への案内看板があった。
おれは7才のライオン。ニンゲンであれば小学1年生だ。小学校ってのがどんなものか、ちょっと見学してみたいと思ってたところなんだよね。
「なぁなぁリンくん、小学校の中、見学できるかな?おれ、小学生だし!」
「ふふ。ちょっと見学させてもらおっか!」
「わーい!やったー!」
チーバくんのお”ひざ”もと保田。いい町じゃないか。
おれ、言っただろ。
初めて来る町、初めて見る景色や初めて聞く音、初めて食べるもの。おれなりに、ちゃんと体感して、覚えておきたいんだ。
この風の冷たさだって、この里山の色だって、全部、ね。
「ギーンゴーンガーンゴーン・・・」
リンくんが口でチャイムの音を真似してる。
おれは、ホンモノの小学校のチャイムとはどんなものだろう、と想像しながら、空を見上げた。
「今夜はお星さま、見えるのかなぁ。」
あいにく、強い風が雲を連れてきて、夜の始まりの空は、むしろ雨粒が落ちてきそうな色をしていた。
モビスケが、小学校の駐車場の端でジィっとおれらのことを待っているのが見えて、おれは歩みを早めた。
さぁ。保田の夜がこれから始まるね。
ボブお