ココロの炎
「ぼぉぉぉぶぅぅぅぅたぁぁぁぁぁんっ!!!(ボブたん!!!)」
猛烈なハイテンションでやってきたその声の主は、ずっとずっと、ずぅっと憧れてたあのコだった。直接の対面どころか、声を聞くのも、初めてのことだ。
おでは、ついさっきまでのどキンチョーと、初めてのことに戸惑う気持ちをすべて忘れて、平日の真っ昼間、フナバーシの中心で、愛を叫んだのだった。
「おわあぁぁぁぁ!くりぃむたぁぁぁんっ!!!(くりぃむたん!!!)会いたかったァァァ!」
駅構内の雑踏のなか、行き交う人々の視線も気にならないくらい、おではものすごく、感動していた。生まれて初めての感覚だった。推しのコに会うというのはこんなにも嬉しいことなんだって、ココロのなかが、すごくポカポカする感じだ。おでは、ボワッとついたココロの炎が、一生懸命整えた大事なたてがみに燃え移らないように、なんとかかんとか冷静を装いながら、なんとか声を振り絞った。
「じゃぁ、さっそく行こっか。」
おでのことを、”ボブたん”と呼んでくれるそのコは、オフホワイト色のくるんとした毛並みとぷっくりとした丸顔が愛くるしい、フカフカのクマだ。お名前は、”くりぃむ”ちゃんだ。
そして、キュッと口角を上げて笑う表情が可愛らしいパンダの”リンリン”ちゃん。さらに、くりぃむちゃんとソックリな毛並みで、少し小柄なウサギの”ほいっぷ”ちゃんも、今日は一緒に来てくれた。
3人ともに、柔らかい雰囲気で愛されオーラをまとってることは共通しているのだけど、それぞれどんな性格のコたちなのかなぁ、お話してみたいなぁってとってもワクワクだ。
くりぃむちゃんとは、リンくんがやってるTwitterってやつを通じてオトモダチになった。知り合ってからはかれこれ1年半近くになるかもしれない。おでのことをボブたんと呼んでくれて以来、すっごくすっごく気になっていてね、くりぃむちゃんは、おでにとってのアイドルで、いわゆるおでの”推し”なのだった。
くりぃむちゃん御一行様をエスコートすべく、平日の昼下がりの街を歩く。今日は明け方まで雨雲が残っていて、10月の中旬にしては、かなり肌寒い感じがする。おではニーちゃんとおそろいのお気に入りの一張羅の白Tシャツを着て、しっかり洒落込んだつもりだ。多分、くりぃむちゃんたちも、すごくおめかしをしてきてくれてるみたいだ。移動の道中は、おとなしくリンくんが抱えるトートバッグのなかでジィっとしているしかできないから、どんなお洋服着てたかな?ともどかしい気持ちでいっぱいになった。
大通りからタバコ屋の角を曲がると、小さな飲食店がひしめく路地に入る。ただいま昼の1時過ぎ。大体の店は夕方からの営業らしく、シャッターが閉まっていたりとまだ静かな様子だ。サイゼリヤの入っている商業ビルの裏口を過ぎると右手に、にぎやかな装飾がほどこされたテラス席が見えた。リンくんが前もってリサーチしたいくつかのお店のうち、くりぃむちゃんたちとゆっくりおしゃべりしやすそうなお座敷タイプの席があるということで、ランチから通し営業をしているカジュアルなバルを選んだ。
あ、ここだぁ。
席に着くと、さっそくニンゲンたちは一杯目のドリンクを注文した。
そうそう、くりぃむちゃんのあるじさんは、アヤノちゃんというの。一昨日刈ったばかりだという青々としたツーブロックヘアがすてきな、かっこかわいいおネーさんだった。思ってた通りだけど、やっぱりうちのリンくんとは妙に気が合うみたいで、ぎゃぁぎゃぁ!わぁわぁ!とニンゲン同士でとりとめのないおしゃべりが始まっていた。リンくんいわく、リンくんにはそういうニンゲンのトモダチがほとんどいないらしいし、そもそも、これまでニンゲンのトモダチに会う時にはおでらは同行してこなかったから、リンくんのそんな姿を見ることはとても珍しかった。すんごい楽しそうにしていて、正直なところホッとした。
おでは、そんなニンゲンたちのことは放っておくことにして、くりぃむちゃんたちとのコミュニケーションを頑張らなくちゃと気を引き締めた。横目でニーちゃんを見ると、遠慮がちに一番端の席に座っているのだが、あからさまにテーブルに身を乗り出している。ほう、いつも冷静沈着なニーちゃんでも、どことなく緊張感がある。そして、ころすけはというと、なんだかすごく堂々として、落ち着いているようだ。さすがはオッサングマ、歳を重ねただけの貫禄があった。きっとおでとニーちゃんだけじゃぁプルプルして何もできなかったと思うんだ。ころすけがいてくれることによって、妙な安心感を覚えて、おでもなんとか座っていることができた。
間もなく、カンパイのドリンクがやってきた。
フルートグラスに入ったシュワシュワのスパークリングワインだ。くりぃむちゃんと、ボブ家の年長者のころすけが、それぞれ代表で杯を交わすことになった。
「それでは、カーンパーイ!どうぞよろしくねぇ。」
シュワっ。冷たいアワの感覚が、おでののどを気持ちよく潤してくれる。
ふと、今日はお留守番してくれているアワの大好きなネーちゃんのことを思い出したけど、きっとネーちゃんなら許してくれるだろうな、うぅんでもやっぱり、余計なことは言わないでおこう、・・・そんなことを考えているうちに、自己紹介タイムだ。
「改めまして。ライオンのボブぞです。7才のライオンです。コッチが、おでのニーちゃんのボブおでね、ソッチは、ツキノワグマのころすけだよ。おでらね、今日という日をね、ずっと待ちに待っていたの、ホントにありがとうなの!」
ひとくちのアワがおでのキンチョーをほぐしてくれたはずなのに、改めてこうやってテーブルに着くと、どうやって会話をしていいのか、アタマのなかがぐっちゃぐちゃーのぐちゃぐちゃになる。
くりぃむちゃんにいっぱい聞きたいことあったはずのに、なんだっけ・・・?
おでがグルグルとアタマを悩ませて話題に困っていると、突如として、スタスタと、ほいっぷちゃんが前に出ていった。
「ほいたん、おにく、たべりゅの!」
ニンゲンたちがあれやこれやとおつまみを選ぶその手元にするりと滑り込んで、ほいっぷちゃんは、メニューをジィっと覗き込んだ。かと思うと、そのフカフカの白い手で、メニュー画面をバシバシし始めた。
「ほいたん、おにくがしゅきなのぉー!おにぃくぅぅぅーーー!にぃくぅ!」
お肉大好きほいたんのおねだりの成果もあり、赤々としたすてきなローストビーフの入った前菜盛り合わせと燻製チーズ、そしてバーニャカウダが選択されたのだった。
ほいっぷちゃんの大胆さに勇気をもらったおでは、思いきって、場に話題を振ることに成功した。
「ねね、みんなはさぁ、どんな食べものが好きなの?」
「ほいたんはね、おにくぅぅぅぅぅ!」
「うんうん、ほいっぷたんはお肉が好きなんだね。くりぃむたんもお肉好きなの?」
「くりぃむ、おしゅしぃ!」
「あっ、おれもお寿司大好きぃ!っていうか、おれさ、おさかな全般大好きライオンなんだよぉ」
あっ、ニーちゃんそこ!横入りしないでぇよぉ。おでがくりぃむちゃんと話すチャンスなのにさぁ、良かれと思って言ってくれたのかもしれないけどさぁああああ。おぅい!
「あっ、あっ、じゃあさ、くりぃむたんはさーぁ、なんのネタが好きなの?」
「あびゅりえんぎゃわとちゅうとりょ!(炙りえんがわと中トロ!)」
(えーっ!くりぃむちゃん、炙りえんがわだなんて、しぶぅい!ねぇねぇそしたらさ、こんどは一緒にお寿司食べ行こうよ!ボックス席ある回転寿司ならさ、みんなもお座りできるしさ! /リンくん)
(それいいですねぇぇぇ!このあたりなら、あそこのお店とかどぉですぅ?ボックス席ありそじゃない? /アヤノちゃん)
(あーだこーだ・・・。 /アヤノちゃん&リンくん)
おうい!リンくん!それにアヤノちゃんまで!そこ、ニンゲン口挟まないでよぉー、おでが言いたかったのに。次のおデート、おしゅしどぉですかの約束、取り付けたかったのに・・・。
はぅーん。おしゃべりってむずかし・・・。
おでがなかなかいいところ見せられなくってしょんぼりしていると、急に横からにゅぅっと、人影ならぬクマ影が近づいてきた。
くりぃむちゃんが、なんと、あの憧れのくりぃむちゃんが、おでの目の前の、おでの鼻先までやってきて、まぁるいお手々を、ぽふッと出した。
「ぼぉぶぅたぁん!くまたっち!」
「!!!きゃーん。ライオンたっち!」
おでのなかで、何かがガラガラと崩れ落ちていく瞬間だった。そして、ココロのなかに灯っていた小さな炎は、美しく温度を上げていった。まるでおでのたてがみのように、赤から黄色へ、そして、いま、青い炎に変わった。
「くりぃむたん。(・・・しゅき・・・です)」
「くんくん」
聞こえたのかな?聞こえなかったのかもしれない。お返事の代わりに、くりぃむちゃんはもう一歩近づいて、おでの鼻先をくんくんしてくれた。
「くんくん」
おでは、胸がいっぱいになった。そこから先のことは、はしゃぎすぎてひとつひとつのことはちゃんと覚えていない。まるで夢の中にいたみたいだった。
リンくんがカラフェでワインを追加してグビグビとやらかしたことと、ころすけがその赤いポロシャツを脱いでオケツフリフリハダカ踊りをした後に、くりぃむちゃんのお洋服コレクションを試着させてもらっている姿は、おぼろげに覚えている。くりぃむちゃんも、最初に着ていたブルーデニムのカジュアルなワンピースから、赤い花柄に白いレースがアクセントになったワンピースにお着替えをしてお呼ばれスタイルに変身していて、かわぁいいなぁあアイドルは何を着ても似合うなぁーと眺めていたものだった。
そうそう。リンリンちゃんからもいろんなお話を聞いたよ。リンリンちゃんは、くりぃむちゃんやほいっぷちゃんよりもずっと年長で、アヤノちゃんと暮らすようになって15年とのことだから、ころすけほどではないものの、おでよりはずっとオトナだ。リンリンちゃんはその長い手足の先に茶色い肉球があって、もちもちして愛らしい。オケツがどーんっておっきくて、サイズの合うお洋服がなかなかないのがお悩みなんだそうだ。
ニーちゃんとおでとで、リンリンちゃんを間にして座って、ニンゲンとの暮らしの苦楽についていっぱい質問攻めにした。日に日に”くまんしょん”(アヤノちゃんが管理人をする、フカフカクマウサギたちが暮らすマンションのことだ)の住人が増えていくことを、リンリンちゃんは暖かく見守っているのだそうだ。
(あーリンリン、両手に華だねぇぇぇ。よかたねぇ。 /アヤノちゃん)
(みんな幸せそうないい顔してるぅ。最初、ドキンチョー顔だったもん。 /リンくん)
あー、ニンゲンたちは勝手なことおしゃべりして気持ちよくなってるのな。おでらはおでら同士でしかわかり合えないこと、あるんだもんね。
リンリンちゃんは、そうだよねー、と軽くうなずきながら共感してくれた。リンリンちゃんの包容力がすごくありがたかった。
おでらは、いっぱいいっぱいおしゃべりして、いっぱいいっぱい写真も撮って、クタクタになるまで遊び倒した。なんなら、ダメ押しにタイトーステーションへ行って、高校生に混じって最新プリ機のビルの中で翻弄される遊びまでした。一応無事に撮影を終えることはできたが、なんのこっちゃない、Mattさながらの白肌とデカ目のショートヘアのニンゲンたちに、モノのように抱きかかえられてどうにも目線をカメラに合わせられないおでらたち、という残念な結果になってしまった。
この時期は暗くなるのも早い。夕方5時を前に、お開きとなった。
また遊ぼうね、またね、またね、と何度も手を振った。改札に入っていくみんなを見送って手を振ると、オトモダチたちが手を振りかえしてくれる。
そんなことが、とてつもなく、嬉しかった。
きっと今頃、みんなアヤノちゃんのリュックのなかでぐっすりとお昼寝してるかもしれないねぇ。
いやいや、リンリンちゃんは、もしかすると、電車の揺れにウトウトするアヤノちゃんを優しく見守っているのかもしれないなぁ。
そんなことを想像しながら、おでらも家路についたのだった。
おうちに帰ったら、お留守番をしてくれているネーちゃんやほかのオハナ(家族)のみんなに、今日イチニチの報告をしようと思う。秋の夕暮れのヒンヤリとした空気のなかを、リンくんに抱っこされながらのんびりと歩く。道端には、民家の庭先で盛りを迎えたオレンジ色のコスモスが風に揺れていた。
おでのココロの炎の温度は、ゆっくりと下がっていったが、もう決して消えることはないのだ。
ありがとうなの。またあそぼね。
おでは、コスモスに向かってそっと手を振った。
ボブぞ