早起きのアサガオ一族
その重厚な門をくぐった途端、真っ先に出迎えてくれたのは、赤むらさき色の双子ちゃんだった。
おはーに!
恐る恐る、ごあいさつをしてみる。すると、満面の笑みで、ニコっとこちらに返してくれた。
フクちゃん、おはようさん。よく来てくれたね!まだかまだかと、待っていたよ。
今日は気温が高くて陽射しももう高くなってきたから、そろそろお暇しなくちゃいけないんだ。なんとか間に合って、よかったよ。
エッ。もう?いま来たばっかりなんだけど。
そう、わたしたち、とっても早起きなものだから、もうおネムなんだ。今日、フクちゃんが来てくれるらしいって聞いてね、ジィっと、フクちゃんのこと、待ってたんだ。
!!!そうだったんだ!どうもアリガトなの。じゃあ、一緒に記念撮影、してもいいかな?
もちろんだよ。さぁ、フクちゃん、近くにおいでよ。
私たち一族の名前は、アサガオ。ホラ、ここにいるみんなで、フクちゃんの到着を今か今かと待っていたの。みんなちょっとずつ、色やカタチが違うんだ。ぜひ、みんなにごあいさつしていってね。
フワァーあ。じゃっ、おやすみ。どうぞ楽しんでいってね。
そういって、最初にボクをお出迎えしてくれた双子ちゃんは、ふたり揃って、同時にあくびをして、それっきり黙ってしまった。
ふたつ隣にいた、可憐な白い子。なんだかレースのドレスを着てるみたいだ。ごあいさつ、してみよう。
おはーに。アザラシのフクっていいます。きみは?
あ。ウワサに聞いてたよ。フクちゃんだね。ようこそ。私は、アサガオ。おんなじ白だね。
え、きみもアサガオなんだねぇ。さっき赤むらさき色の双子ちゃんに会ったけど、正直、全然似てないよね?
フフッ。びっくりした?我が一族は、いろーんな子がいるから、みんなに会っていってよね。ホラ、そこかしこで、フクちゃんの到着を待っていたんだから。
そうなんだね!アリガト!
白いレースのドレスの子はそう言い残して、目をこすりながら、行ってしまった。
フゥ。それにしても、暑いなぁ・・・。まだ、朝10時をまわったばかりだというのに、汗だくだ。持参した麦茶をひとくち飲んでほぉっとしていたら、遠くから、ボクを呼ぶ声がした。
・・・おぅいおぅい!フクちゃんだね?フクちゃん!コッチコッチー!
・・・ハァーイ?フクだよぉ。ドコドコ?
呼ばれた方向へ向かうと、東屋があった。東屋というには小さくはないし、障子張りの純和風の建物で中には休憩処や小さな売店もある。その周囲には、ぐるりとさまざまなアサガオ一族が並んでいる。
おぅい。ココだよ!
呼ぶ声が大きくなった。ちがう、ボクが近づいたんだ、声の主は、ずいぶんと近くにいるようだ。
フクちゃん。ようこそ。ここは、わたしたちアサガオ一族のおうちだよ。涼しいよ、おいでませ。
呼んでくれたのは、きみだね。お招きアリガトウ。おはーに!
やぁ。待っていたよ。この東屋にいるメンバーは、フクちゃんのためにお席を用意して待っていたのさ。もうウトウトしはじめてる子もいるから、その子たちのことはそっとしておいてね。さぁ。わたしが案内しよう。
早口でそう言い切った彼の、ボクはようやく、その姿を見つけることができた。白地にピンク色の縞模様が美しく、まだ若い様子だった。
東屋のひと席に腰をおろして、いや、腹ばいに横になって、ボクは周りを見回した。
アレは?
あぁ。よく見つけてくれたね。フクちゃんをおもてなしをするための、アサガオ一族の水盤さ。ホラ、みんな瑞々しいだろ。ヒンヤリと気持ちよく水浴びをしているのさ。
うん、キレイなんだね。ボク、アサガオさんって、こんなに大きな一族で、みーんな違うお花をつけるだなんて、知らなかったな。
そうだろ、そうだろ。エッヘン。わたしたちには、伝統があるのだから。
東屋の案内人は得意そうに笑って、小鼻、いや小花の横をかいた。
そうだった。そういえば、重厚な門の入口には「伝統の朝顔」と書いてあったことを、思い出した。
伝統かぁ。きっと、さぞかし由緒正しき、系譜みたいなのが、あるんでしょうな?
案内人の口調に惑わされて、ボクも変なことば遣いになってしまう。
いんや、それは、違います。由緒の正しい、なんてものはくそくらえです。系譜、っていうのには間違ってはいないかもしれないけれど。みんな、アサガオ一族は、さまざまに変化を続けた結果でしかないんです。ただ、その変化量が多くてね。どんどん種類が増えたから、その歴史みたいなものに敬意を評して、伝統、ってコトバになるわけさ。我々自身も、「珍花奇花」*と呼んでいてね。アサガオってのは、同じでいることを良しとしないんだ。
あ。わかった。アサガオさんたちは、みんなが違うこと、どんどん変わること。その場にとどまらず、どんどん新しいものになっていく。それが好きなんだね。
そ。フクちゃん、我々のことをもう理解してくれたみたいでとっても嬉しいよ。エッヘン。
また案内人は、はにかんで、そのちょっと垂れ気味の目の横をそっとかいたのだった。
あ。ゴメン、もしかして、もう眠いよね?夜分遅くなっちゃってごめんなさいでした。
いやいや、一般社会では朝10時は、朝でしょう?気にしないで。これから、引き継ぎをして、わたしはちょっと休みますから。フクちゃんは、みんなが寝静まるのを眺めていってもいいし、どうぞご自由に過ごしてください。この家は、いつでもあなたに開放していますよ。
うん、どうもアリガトウ。おことばだけいただくよ。ボク、これからちょっとこの街を散策してみるから。また遊びに来るね。
そうですか、それはそれは。道中お気をつけて。フワァ・・・・。
では、アサガオさん、おやすみなさい。
では、フクちゃん、おやすみなさい。
そう言い終えるや否や、さっきの案内人はシュルシュルとしぼんでいった。東屋の他のアサガオ一族のみんなも、歯を磨いたりパジャマに着替えたりと、寝支度に忙しい様子だ。
空を見上げると、うっすらと雲がかかり、強い夏の陽射しを和らげてくれている。ボクはこれ以上の長居は野暮だと重い、そっと門をくぐって、アサガオ一族の家の外に出たのだった。
隣の中学校のグラウンドで、女子野球部が練習試合をしている声が高らかに響いていた。
あぁ。夏も後半なんだな。このまま、城下町を探検してみよう。
いってきます。
フク(鰒太郎)
国立歴史民族博物館 くらしの植物苑(千葉県佐倉市)
https://www.rekihaku.ac.jp/exhibitions/plant/index.html
特別企画「伝統の朝顔」
https://www.rekihaku.ac.jp/exhibitions/plant/project/index.html
一見すると朝顔とは思えないほど多様な珍花奇花をもつ「変化朝顔」は、江戸時代以来いく度かのブームを経て、現代に受け継がれてきました。
*くらしの植物苑特別企画「伝統の朝顔」パンフレットより